002 高校生のうちは恋愛しない
目の前の女子高生がいったい何を考えてそんな発言をしたのか?
そもそも普段から僕は、同年代の女の子たちが何を考えているのか、さっぱりわかっていない。
まともに女の子と会話したのなんて、いつが最後?
これまでの人生で恋人ができたことなんてなかったし、女の子と手を握ったことすら小学生時代が最後で、遠い昔の出来事だ。
女の子にモテた経験はない。
バレンタインデーなんて自分には関係ない日。
クリスマスは毎年、自宅で両親とおだやかにチキンを食べる。
高校生のうちに恋人どころか女友達を一人作ることすら諦めている。
恋人作りに励むのは、大学生になって都会で一人暮らしをはじめてから――そう決めているからこそ、高校時代に3度ずつ訪れるクリスマスとバレンタインデーに恋愛イベントが一切発生しなくったって、僕はきっとノーダメージの青春を送ることができる。
そして、恋愛にかまけることなく、大学進学にそなえ日々の勉強をしっかりしていた。
県内でそこそこの進学校に通いながら、テストの順位は上位をキープし続けている。
「あの? わたしといっしょに眠るって話、どうですか?」
動揺した僕が、まともな返事をせずに黙ってしまったせいで、女子高生があらためて尋ねてきた。
「ほ、ほ、本当に、ぼ、僕といっしょに眠るんですか? こ、この僕と?」
「はい。今夜、お願いできませんか?」
おい、こりゃどういう状況なんだ?
もしかしてこれが逆ナンってやつなのだろうか?
あの伝説の『女性のほうから男に声をかけてナンパする』ってやつ?
こんな僕にも、ついにそんな機会がっ!?
いやいや。絶対に違う。
どこの世界に田舎のバス停でずぶ濡れになりながら、やって来る男を物色してナンパする女子高生がいるんだ?
たとえ晴れの日でも効率最悪の逆ナンだぞ?
ましてや今夜は、この横殴りの強い雨だ。
「き、き、記憶がないのでしたら病院に行ったほうが……そ、それとも警察か? い、いや、その前に自分の持ち物に名前とか住所とか書いてないスか? か、か、家族に連絡する手がかりを、さ、探すのがいいと思うッス。うッス」
僕はそう言い終わると、メガネを一度だけくいっと上げた。
我ながら冷静な回答である。
けれど、ずぶ濡れの女子高生は、こちらのアドバイスに対して首を横に振った。
はっ? なんでっ!?
濡れた黒髪のポニーテールが左右に揺れていた。
「わたし、何も持っていないんですよ。財布もスマホもカバンもないです」
「えっ、て、て、手ぶらスか?」
「はい。家族がいるのかもわかりません。家族の記憶はないです。それと、病院も警察も無駄だと思います」
「どっ、どっ、どうして? 病院、無駄? 警察、無駄? どうして? 病院と警察ッスよ?」
「だって……たぶんわたし、幽霊だと思うから」
「はっ? ゆう……れい……? 幽霊? 幽霊! はっ?」
「はい。幽霊です」
ずぶ濡れの女子高生は、ベンチから立ち上がった。
僕の身長が175センチだから、比べると彼女は155センチ前後といったところだろうか。
雨に濡れた黒髪も、ブラジャーの緑色がうっすら透けているセーラー服も妙にエロくて、僕には刺激が強すぎる。
唇は少し青いし、どこか地味めな顔立ちの女の子だけれど……というか実は、こういう顔の女の子はモロに僕の好みだった。
眉毛は細すぎず、太すぎず。
大人っぽいところはなくて、
『田舎の女子高生っぽい』と表現したら悪口になってしまうのだろうか。
そのうえ、黒髪のポニーテールは僕が一番好きな女の子の髪型である。
自分のことを『幽霊』と言っているところは、さすがに警戒すべき部分だ。
加えて『自称・記憶喪失』である。
でも……それでも彼女はとても可愛い――。
それが、僕が彼女に対して抱いてしまった第一印象だった。
願わくば、彼女とはもっと普通の状況で出会いたかったものである。
「とにかく、わたしをあなたの家に連れて行ってくれませんか?」
「い、家? 僕の家? はっ? やっぱり僕の家ですよね?」
「はい。そして、わたしといっしょにすぐに眠ってください」
そう口にしながら彼女は、僕の顔を下から見上げた。
黒い瞳がくりくりと大きくて……どうしよう。可愛い。
『高校生のうちは恋愛をしない』
『恋は大学生になってから』
そうやって自主的に封印していたはずの女の子に対する好奇心と性欲。
それが、僕の中で暴れはじめた。
何よりタイミングがよかったのは、両親が親戚の法事で家にいないことだ。
『ラッキーデー』である。
邪魔者たちは、明日の夜まで家に帰ってこない。
これは、人生のチャンスなんだろうか?
それとも、人生のデンジャラスなんだろうか?
両親がいない自宅に、知らない女の子を連れていくのか?
うん。そうだね……。
つ、つ、連れて行くよ!
恋愛と性欲の神様、ありがとう。
封印を解かれし女の子に対する好奇心と性欲。
僕は今夜、ベストをつくします! うッス!
一度だけ大きく深呼吸をしてから、僕は彼女に言った。
「わ、わ、わかりました。ぼ、僕の家に行きましょう」
「やった。いいんですか?」
「は、はい。く、詳しい話は家で聞きます」
「助かります。本当にありがとうございます」
女子高生は濡れた頭をぺこりと下げる。
それから、こう尋ねてきた。
「その、あなたの家はどこですか? ここから近いですか?」
「あ、歩いて、10分くらいッス」
「お願いがあるんですが、傘にいっしょに入ってもいいですか? 幽霊でも、雨に濡れるみたいなので」
「う、う、うッス! ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
そんなわけで僕は、バス停で出会ったずぶ濡れの女子高生と
女の子と相合傘をするなんて、もちろんはじめての経験だ。
そして、横殴りの強い雨の日に相合傘をすると、二人ともバカみたいにずぶ濡れになることを経験として学んだ。
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