第11話

 目を閉じて道徳に悖ることを想像していると、嫌悪感を含ませた女性の声がした、


「なにあんた。まだいたの」

「筋金入りの追っかけだな」

「きもい」

「迷惑を考えてほしいものですわ」


 顔を上げると、女性の小団体が侮蔑の視線を向けていた。落ち着いてきていた心がまたしても荒ぶる。


 うざいめんどくさい。さっさと消えろ。女のいざこざには巻き込まれたくねぇ。


「バスケットなんかもってきて、その年で料理上手のアピールでもしてるつもり?」

「ははっ。だとしても、おまえのようなガキにカルロ様がなびくわけがない」

「カルロ様はみんなのカルロ様。抜け駆け厳禁」

「皆様のいうとおり。どうか、お引き取りくださいませ」


 気の強そうな剣士。落ちついた物腰の盾師。ローブを着た魔術師のような根暗な感じの女性。おっとりした僧侶。無口な斥候と思しき女性。女ばかりの冒険者パーティーのようだが、それよりも気になることがあった。


 私、カルロのストーカーじゃない。確かに追いかけては来たけど、それだけでストーカーと呼ばれるのは不本意だし。以前にそういう面倒事があったからあの塩対応なのだろうとは思うけど、それはそれとしてそれでもあの対応はない。

 どれもこれもカルロのせいだ。……と言っても、自身の浅はかさも要因ではあるから、結局の所、自分が馬鹿だって話だ。ほんとに嫌になる。もう帰ろう。


 頬の奥をかみしめて無言で立ち上がる。


「調子にのらないで!!」


 突然の怒声を不思議に思う間もなく、頬に衝撃が走る。尻餅をついた横で何かが落ちる音がした。視線を滑らせて目を見開く。


「あ…」


 バスケットは横に倒れ、中に入っていた朝食が道ばたに散乱していた。丁寧に切られていたパンと添えられていたであろう野菜の見るも無惨な姿に、がりっと口腔の粘膜を傷つける。

 百歩譲って平手打ちはまだいいが、おかげで食べ物を粗末にする羽目になったことは悔しくてならない。じわりとにじむ視界。鼻の奥がつんと痛くなる。息を詰め唇をひくつかせながら彼女たちを一瞥することなく、料理の残骸に手を伸ばす。

 転げ落ちただけの料理はしかし、視界の隅から生えた足に踏みにじられた。


「こんなもの、差し入れされる方も溜まったものじゃないわ。金輪際、カルロ様には近づかないで」


 うるさい。うるさいうるさいうるさい。うるさい……!


 行き場のない感情が、自分の体の中でうごめく。当たり散らしてわめき散らしたい衝動をのみ込んで、握りしめた拳を一度地面に強くたたきつけた。


 腹が立つ。腹が立つ。自分の愚かさが嘆かわしい。人間の醜さが恨めしい。憎たらしい。

 だから嫌いなんだ。相手を見下し尊厳を踏み躙り嘲笑い、傷つけて貶め卑しく罵ることをよしとする。そんな輩がいることが腹立たしく、程度の差こそあれそういう者はどこにでもいて関わることを逃れられない。なにより、そんな人間の性質を自分自身も持っていることが最も許しがたい。


 消えればいい。消えればいい。消えればいい。

 誰かの記憶にも残らず、誰かの役にも立てず、価値のないものとして静かに消え去ればいい。死んでいけばいい。そう思いながらも、必要として欲しいという思いはあって、そのどうしようもない矛盾が呪わしい。


 唇をかみしめて、ひとつひとつ丁寧に料理を集め、バスケットにしまう。流石に踏み潰されたあげくに踏みにじられて地面とくっついた物までは取り切れないので、とれるまで汚れを取って立ち上がった。


 二度とこんな所くるもんかばーか。


 いびつな形のバスケットを、来たときと同じように抱えて帰路についた。






「まったく…なんなのさ、あのざまは」


 街中に入って、パーティーリーダー紅一点の容赦ない指摘にマーヴィンたちは肩を落とした。


「面目ない…」

「…こればかりは、言い訳のしようが無いな」

「すみません、マリアさん。僕がもっとサポートできていれば…」

「エル坊。あんたはよくやったよ。問題なのは、戦闘中にも関わらず、目の前の事に集中し切れていないそこの馬鹿二人だ」


 冒険者には個々人にランク付けがされている。S~Gランクの八段階で、Gが駆け出しの冒険者に与えられる最初のランク、Sは世界に片手で収まる数しかいない最高ランクである。ランク付けは受けられる依頼の難易度の目安となっていて、それにより一昔前に比べて冒険者の生存率は格段に上がっている。


 また、冒険者といっても職種や得手とするものもは各々で異なるため、二人から数人で集まりお互いの不得意分野を補う、パーティー体勢をとる者がおおい。多くは固定化されたパーティーで、それぞれのパーティーはギルドに名称とともに登録されている。パーティーにも八段階の同様のランク付けがされており、パーティーランクはメンバーの冒険者ランクに左右される。


 マーヴィン、ゴズス、エリオネル、そしてマリアと呼ばれた女性は"軍神の右手アレウス・ヒェイル"というパーティー名で活動していた。先日、ゴズスとマーヴィンの冒険者ランクがCランクへ上がるとともに、パーティーランクもDランクからCランクへと格上げとなった。

 Cランクパーティーとして初の討伐クエストの為、街道沿いの雑木林の奥へと出かけたものの、戦場において重要な役割を持つ前衛組がなぜか今日に限って連携がとれなかった。戦闘中に前衛二人がぶつかって倒れるという隙が出来た時点で、マリアは周りへの被害を考慮する余裕もなく高火力の魔法を放ち、事なきを得た。


 運良く討伐証明部位も確保できたのでクエストはクリアということにはなるが、全滅の危機を招いたこと、また消化不良な結果であったことにマリアはご立腹だ。


「あとで覚えてなさい。みっちりしごいてやるわ」

「はい……」

「すみません……」


 どんよりとした空気の中、ギルドへ向かう。リーダーがクエストクリアの報告に行っている間、マーヴィンたちはギルド内に置かれている椅子に腰掛けた。


「やっちまった……」

「……だな」


 ギルド内にしけたため息が響く。それをきき止めた一人の男が一つ余っていた席へと腰掛け、にやついた笑みを浮かべた。


「何あったかしらねぇが、まぁひとつ聞けや小僧ども」

「また昼間から飲んだくれてたんですか、パズのおやっさん」


 ゴズスが呆れたようにため息をついた。


 パズと呼ばれた壮年の男性は冒険者の一人だった。三ヶ月ほど前、腰を痛めてから冒険者を引退し、今まで貯めた金で飲んだくれている親父だ。引退する前は名の知れた盾師だったのだが、現状が現状故に誰もが遠巻きにしている。


 冒険者ギルドは冒険者じゃなければ入れない、ということはない。一応日中は一般開放はしているものの、一年ほど前のとある出来事から、ギルドが許した者、という暗黙の了解が出来ている。それ故に、帰れあるいは来るなと言われたものは寄りついたら最後、容赦なく追い出される。


「かてぇこというな。今日はな、久しぶりにあれがあったんだよ」

「あれ?」

「ほら、あれよ。えぇっと…"閃光の狼王フォストローグ"事件」


 閃光の狼王。冒険者になってから一年という短期間で瞬く間にBランクまで上り詰めた者の通り名だ。狼王はまだ若く、幼さはあるものの将来有望ということで人気を博した。少しでもお近づきになろうとした女性がギルドへ押しかけ、営業妨害、果ては乱闘騒ぎにまで発展。

 それ以後、狼王目当てでギルドへ来る者は問答無用でたたき出される運命が確定された珍事件である。


「それが、どうかしたのか?」

「昼過ぎにな、来たんだよ。こんなちっけぇ嬢ちゃんがバスケットかかえて、狼王に会いに」

「へー」


 マーヴィンは椅子に座る自分の腰より少ししたくらいを片手で示し、もう片方の手で持っていた酒瓶をあおる。


「いやぁ、狼王も隅におけねぇな。あんなちっこい嬢ちゃんまで誑かして。あのプラチナブロンドの髪に幼いながらも整った顔立ち、ありゃあ将来有望だぞ」

「ふぅん」

「なんだよ、反応薄いな」


 不服そうなパズの様子に、マーヴィンは肩をすくめて見せた。


「俺達はその子のこと見てねぇし。それよりかは昨日宿であったカルロさんの妹さんの方が断然上だろ」

「なんだお前ら。"幻の妹"にあったのか?」


 疑わしげな目を向けられて、マーヴィンはむっと顔をしかめた。


「幻なんかじゃねーよ。カルロさんも美形だけど、妹さんも美形だ。なんたってあの――」


 マーヴィンは何かに気づいたように、ふと口を噤んだ。しばし考え込んだ後、恐る恐ると言った体で口を開く。


「パズの親父さん。今日カルロさんを訪ねてきた子の名前って、わかります?」

「あ? 知る分けねぇだろ」

「…ですよね。……手、出したりしてませんよね?」


 パズだけでなくゴズスたちも訝しげな顔をした。マーヴィンは真剣な表情でパズを見つめる。


「ギルド内ではな」

「ギルド外で誰かが出したと?」

「そのあとギルドの外で狼王待ってたみてぇで、"茨の乙女アンガスィーメイデン"が絡んでたようだからな」


 マーヴィンはひくりと頬を引きつらせた。

 彼女らはカルロの狂信的な信者だ。もともと実力はあった冒険者なのだが、どういう訳かカルロにぞっこんでカルロの周りから女っ気を排除している兵たちだ。

 脅しの一つや二つしていてもおかしくはない。


「すみません、ちょっと用事思い出したんで失礼します」


 マーヴィンは困惑する二人の襟首をつかむ。


「リーダー! ちょっと用事思い出したんで、泊まり木行ってきます!」

「は!? おいこら、お前ら……っ!」


 ギルドを出て、マーヴィンは走り出す。訳がわからず、ひとまずマーヴィンの奇行を止めるべくゴズスとエリオネルもその後を追った。


「マーヴィン、なんなんだいきなり」

「まだ気づいてねぇのかよ。俺達が昨日会った妹さん、今日ギルドに来たって子と同じプラチナブロンドの髪だ」

「――あ」


 マーヴィンが言わんとすることを察した二人は、さぁっと顔を青くする。


 昨日の様子からして、妹に寄りつく虫や危険からは遠ざけているのだろう。それなのに、カルロに会いに行ったのに乱雑に扱われたと知ったら、その怒りは想像に難くない。


「まずいな」

「その推測が当たっていればな」

「急ぎましょう」


 推測が当たらないことを祈る。

 三人はそう強く念じながら泊まり木への道を駆けた。







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