第4話

 アンジェリカじゃないと嫌だと駄々をこねる第二王子。

 諭すようにクラリア王妃だが、やだと言ってくっついてきた王子。無下にすることも出来ず、アンジェリカはようようと口を開いた。


「こくおうへいか、はつげんをおゆるしいただきたくぞんじます」

「なんだ、アンジェリカ嬢。申してみよ」

「こうおうへかのちょくめいとあらば、それにしたがうのがしんかのつとめのひとつにございます。このくにのみらいにさちあるごけつだんをなされますよう、おそれおおくもなにとぞおねがいもうしあげます」

「あいわかった」

「おゆるしいただけるのですね、ちちうえ!」


 誰も婚約をゆるすとは言っていないのだが、だれも突っ込むことはしない。


「フィリクス、王家にふさわしい者となれ。欲しいものを手に入れたいと願うならば、まずは努力して見せよ」

「はい!」


 第二王子は元気よく返事をするけれど、離れる様子がないのを見ると国王陛下が本当にいいたい意味をわかっていない。

 これが王位継承権暫定第一位ときたものだから、これではこの国の先が憂える。


「アンジェリカ嬢、面をあげよ」


 その言葉に従い、ゆっくりと顔を上げる。

 この一瞬で、どこかやつれたように見えた。クラリア王妃もまた頭を痛めている様子で、教えが悪いと言うより第二王子のもとのできが悪いのかと、口にすれば極刑ものの感想を抱く。


「此度は大人にも劣らぬ淑女の礼、見事であった。気苦労をかけたが、是非パーティーは楽しんでくれ」

「もったいなきおことば。ごぜんをしつれいいたします」


 ここにいなよ、と馬鹿なことを宣う子どもの言など無視して、侍従に引き剥がされ国王に叱責されるのを聞きながら、会場に紛れ込む。

 野次馬と化していた、挨拶の順を待っていた人の中に、第二王子と同様に馬鹿を晒していた侯爵家の少年を見つけ、微笑み掛ける。

 びくりと体を震わせて顔色を変える少年に溜飲を下げ、静かに会場を後にした。




 迎えの馬車をまち、早々に邸に帰宅して、アンジェリカは息をついた。

 着替えて使用人を追い出して、ベッドに寝転がる。


 めんどくさい。めんどくさい。いろいろめんどくさい。やだひきこもりたい。


 どーしよう。これからどーしよう。

 公式の場という手前、あんなこと言ったけど、本音を言えばやだ。ぐうたらできる保証があるならいいけど、現実そう甘くないことは重々承知している。


 やだなー。ひまだなー、パソコンしたいなー。

 隠してはないけど結果的に隠す形になってるマニアだったからなー。

 自分の妄想の産物で鬼畜ゲーム作るのに最高の時間じゃないか、今の時間。


 妄想に浸れる至福の時じゃないか、パソコンさえあれば。

 紙とペンでもいいけど。学生の頃はアナログでもかいてたからなぁ。

 あぁ、データが欲しい。妄想をメモ書きしたデータの数々が欲しい。


「はぁ……はらへった……あたまつかった…チョコレート……ない…」


 甘いものといえば今の時代、蜂蜜とか砂糖とか。いや、甘いだけのは無理だな。それに今欲しいのはやっぱチョコレートだな。苦い分。

 でもないんだよな。チョコレート。作る? …いや、作るのは好きだけど、原材料探して集めるところから。めんどくせぇ。でも食べたい。

 だけど動く気力はまったくない。よし、あきらめよう。


 急に眠気が襲ってきて、くわりと大きなあくびを一つこぼした。目をこすって、這いずるように布団に潜り込み目を閉じる。 


 さぁ、なにを思い描こうか。楽しい冒険譚か。それとも悲劇の主人公か。あぁそうだ。完結していない、大好きなラノベにしよう。ストーリーを忘れる前に。ずっと前に考えた二次創作を、あの子を――。








 どたんばたんと騒がしい物音に、意識が浮上する。

 鳴り響く金属音。激しい恫喝。人が寝てるときに随分とやかましい。


 眉間にしわを寄せながらもう一度眠ろうと頑張るも、寝よう寝ようと思うほど意識は冴えていく。

 布団を跳ね飛ばしてむくりと起き上がる。


 喧騒がやんだ。暗闇で判別はつかないけれど、二つほど人影が見える。

 アンジェリカはふん、と鼻をひとつならして、目を閉じながら体を横に傾けた。柔らかいベッドが衝撃を吸収して柔らかく受け止めてくれる。


 肌触りのよい布団に埋もれれば、冴えている意識は一瞬にして刈り取られた。








「ようこそ…我がベル○ット○ームへ…」


 しゃがれた声にアンジェリカはふと我に返った。視界には青い空間が広がっている。声がする方を振り向けば、机に肘をついて手を組み、口元を覆い隠している鼻の長い老人がいた。

 ゆっくりと目を瞬かせて、当たりを見渡して、ついっと老人を指さす。


「ダウト」

「…申し遅れましたな。私の名」

「ダウト」


 老人の言葉を遮り、アンジェリカは腕を組む。


「なんだこれは。夢と現実、精神と物質の狭間の場所、と言いたいんだろうが…話にならない。ただ青い空間を作っただけ。まがい物にも程がある。バーの中とかエレベーターの中とかリムジンの中とかやるなら徹底的にやれ。愛がない。顔洗って出直せ。あと、私はベル○ット○ームより邪○の館がいい」

「……はぁ。君、図々しいってよく言われない? あと、邪○の館ってなに?」


 しゃがれた声は子ども特有の甲高い声へと変わり、それに伴い姿も幼子へと変わる。

 白いという印象を受けた。顔は整っているのだろうが、残念ながら記憶には残らないのだろう。


 心の内で謝罪をしながら、アンジェリカは気まずさに視線をそらした。


「……つい思わず思った事が口からぽろっとこぼれただけだ気にするなごめん」

「辛辣なの謝りたいのどっちなの」

「つかよ、むしろパクってる方が図々しい。○ト○スに謝れ。邪○の館を知らないとは、ペル○ナから入ったやつか。無論、女○転○まで遡ってるんだろうな?」

「えぇ……なにその上から…。遡るって、あれ、パクりでしょ」

「違う」


 ドスのきいた声で、アンジェリカは否定する。

 目を据わらせて、ふざけたことを宣う幼児を睨みつけた。


「いいか、そもそも最初のペル○ナの正式なタイトルは女○異○録ペル○ナ。真女○転○シリーズの外伝として、ペル○ナが出る二年くらい前に出た真女○転○ifという作品、それが後のペル○ナの原型となったといわれている」

「え、そうなの?」

「そうだ。もともとナ○コが女○転○としてだしたのが大人の事情で真女○転○として新たに発売され、そこから派生作品が生まれた。今となっては独立化したが、ペル○ナもその一つ。他にもデ○ルサ○イバーとかデビ○サ○ナーとか魔○転○とかデビ○チル○レンもそうだな。これらはあくまで派生作品であって、パクりじゃない! ○ガ○ンをパクリと言うやつが、ベル○ット○ームを模して遊ぶなおこがましい!」


 おぉ、と感嘆の声をあげて手を打ち鳴らす少年に、アンジェリカは少しばかり溜飲を下げる。

 同じようなことを以前ネトゲ上で宣っている知人がいた。同じように懇切丁寧に説明したにもかかわらず、でもやっぱりパクりだよねと言われたときの虚しさと呆れと怒りを思えば、素直に受け入れる少年の姿勢は好ましいものだ。


「へー、似た作品だとは思ってたけど、そういう流れだったんだね。数年の違いも数十年の違いも僕にとっては誤差の範囲内だから、気にも留めてなかった」

「ペル○ナはペル○ナで楽しむのは良いが、○ガ○ンはペル○ナのパクりだというのはゆるさん」

「よほどそのシリーズが好きなんだねぇ」

「サ○ナーから遡って制覇した。リメイク前後含めてな。無論、そのあとは年代及びゲーム機ごとに作品はすべて追った。当たり前だろう」


 アンジェリカは胸を張る。

 少年はきらきらと目を輝かせて、時代劇で見るような土下座をした。


「師匠と呼ばせてください! 地球のゲーム面白い物がたくさんあるのに、語らえる人がいなくって…」


 その感覚をアンジェリカは知っている。

 少年の場合とは少し違うけれど、アンジェリカも前世でまた、語らえるものの範囲が狭く、なかなか語らえない状況にあった。それゆえに、より自分の世界にのめり込むようになった。それが楽しかったから後悔はないけれど、でも確かに一抹の寂しさを抱え続けていたのも事実だった。


「師匠呼びは断る。私は好きなものはとことん追求するが、それ以外はそれ以外だから限定でしか語らえない。ゲーマーではないからな」

「構いません! もっと楽しめば良いのに、みんな堅物で堅物で…息が詰まるんです。だからせめて、異世界へ渡った人に会うときは、ゲームネタ引っ張り出して遊ぶんですけど…まさかあんなにダメだし食らうとは…イ○ールは結構力作だったのに、そこについては一切触れてくれないし」

「みてくれが良すぎて声違うのが違和感しかなくて個人的には無理。従者がいないのも減点」

「厳しいっ、けど俄然やる気が出る。今度会うときまでにはもっと頑張る」

「それは楽しみだ」


 嬉々として空間の題材となったゲームについて語らう二人。

 ストーリー評価から各キャラの評価、そして使用する技、敵との相性などからコスプレや内装について事細かに延々と話し合う。

 一度話し出せば止まることを知らず、連想ゲームのように様々なゲームあるいは小説へと話しは飛び、収束のつけられない事態になっていた。


 それが収束出来たのは、幸か不幸かアンジェリカに限界が来たからである。

 どんどん体が透けて存在が希薄になっていくアンジェリカに気づいた少年がようやく我に返った。

 アンジェリカが透けているという事実に、顔色を変えて慌てふためく。


「あ、やばっ…き、君っ、早く戻らなきゃ死んじゃうっ」

「あ? あー……ここで語らえるなら別に死んでも」

「だめっ、死んだらここに来られない、二度と語らえない!」

「じゃあ帰る。…つっても、どうやって帰るんだ?」

「送るから!」


 その言葉とともにアンジェリカの姿はその場からかき消えた。

 危なかった、と安堵の息をついた少年は力が抜けてその場にへたり込む。


「ひえぇぇ、間一髪……。といっても、心配だし、また語らいたいし、加護の一つや二ついいよね。彼女の行いでこの世界がどんな道を歩むか、ちゃんと心しておいて貰わな、い……と…………、………。……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 再び絶叫を青い空間にとどろかせ、頭を抱えた。


「当初の目的忘れてた……!」


 少年は地面に両手をついてがくりと項垂れた。








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