8-10 従魔契約と真名

 もうすぐ4時になろうとしているが、二度寝するにはあまり時間がない。

 俺には朝食の準備があるし、体を動かしたせいもあって眠気もあまりない。


「パエルさんたちはもう一眠りした方がいいですよ」

「ん、リョウマはどうするの?」


「俺は朝食の準備もありますしね。それに今はちょっと体を動かしたせいもあってあまり眠くないのですよ。俺は移動中の馬車の中で少し眠らせてもらいますので、気にせず寝ちゃってください。俺と違って皆さんは馬での移動ですからね」


「ならそうさせてもらいますね」


「心配して起きてきてくれてありがとうでした」

「いえいえ、一人で対処させてしまって申し訳ないくらいです」


 5時ごろにはぼつぼつと人がリビングに起きてきはじめた。

 起きてきた者の順に朝食を出してあげる。


 例のフェンリルの赤ちゃんはお腹一杯になって今は俺の服の中で熟睡中だ。

 音で起きないように【音波遮断】を発動させている。起きてしまうような大きな音はカットしてあるので暫くは起きないだろう。


 起床時間の6時になってもフェイだけ起きてこない。


 あの駄竜、俺が起こさないと何もできないのか?

 あれほど自分が世話をすると言いきったくせに、クロの世話をしないなら約束どおりバナムで売ってやる。


 『灼熱の戦姫』の面々はすでに起きて馬の世話も終えている。うちのクロの世話は助言以外一切しないように言ってある。ついでだからと餌やりや馬糞掃除なんかもっての外だ。それはフェイの仕事だ。


 俺の不穏な空気をいち早く察したサリエさんとソシアさんがフェイを起こしに行ったようだ。


「兄様おはようございます。あの、今日はどうして起こしてくれなかったのですか?」 


「昨夜、狼の襲撃があった。俺はその対処に向かってそれからずっと起きてたから、フェイのことまで面倒見切れん。それに、出発までにお前にはやっておかなきゃならない馬の世話があるのではないのか? 1回でも他人の手を借りるような事態になったら、約束通りクロはバナムで売却するからな」


「また、兄様はなんでそんな意地悪を言うのですか!」


 クロは生き物だ。一度でも食事を忘れたとかあってはならない。

 フェイの都合で食事が有ったり無かったりとか、そんな甘い考えなら生き物を飼う資格はない。


「意地悪ではないだろう? そういう約束じゃなかったか? 人に起こされるまでぐーすか寝て、何も役に立たない役立たずが! 俺は朝食の準備まで一人でしているのにお前という奴は……せめて食器を並べるぐらいできるだろ! お前にもガラさんから仕事として依頼料が払われているんだぞ! ハーレンからこの3日間でお前がやったのは、うり坊を攫ってきて皆に迷惑をかけただけだろうが! この穀潰し!」


「フェイちゃん、分が悪いからここはさっさと謝って退散しましょ。ほら、出発前までにクロちゃんの世話をしてなかったら、本当に売られちゃうよ? 朝の世話の仕方を教えてあげるから、付いておいで」


「でもまだご飯食べてない……ヒッ」

「他の馬たちの食事は済んでるのに、お前のせいで、クロは腹を空かせて待っているんだぞ!」


 俺が睨むとそそくさとソシアさんに連れられて馬の世話に向かった。


 『リョーマ、睡眠不足でイラついてるから下手に逆らっちゃダメよ』という風なことをソシアがフェイに言っているのがボソッと聞こえてきた。確かにその通りなのだが、フェイが自分の仕事もせず呆けているのが悪いのに、何て理不尽な……。 


 馬の世話が終わり、戻ってきたフェイは言い出しにくそうにモジモジしているので、黙って朝食を出してあげた。本来こいつは俺の魔力を食ってるのだから、別に食べる必要はない。


「兄様、まだ怒っています? ごめんなさい、明日からちゃんと自分で起きて世話しますので、クロちゃん売らないでください。ご飯の準備のお手伝いもちゃんとしますから」


「約束だぞ。できなかったらクロはバナムで売るからな。自分の面倒すら見れない奴が、生き物を飼う資格はない。今回、クロだけ朝食が遅れたのはフェイのせいだからな。皆が美味しそうに飼葉を食べてる横で、自分だけ餌が無いのはつらい事なんだぞ。俺の言ってる事が分からないのなら、今晩の夕飯はフェイだけ皆の食べた後に出してやるから、皆が食べ終えるまでじっと我慢して見てろ」


「う~ごめんなさい。それは絶対嫌です」

「自分がされて嫌な事をするんじゃない!」



 7時の出発の時間にガラさんから出発前の恒例の挨拶がある。 


「昨日の夕飯はリョウマ君の好意で君たちも旨いものを食えたと思う。どうやら二日酔いで動けない輩もいないようで何よりだ。強い魔獣の出るソシリアの森も抜けている事だし、後は下級魔獣ぐらいと思うが、だからといって気を抜かずに護衛をしてくれ。早く着けばそこで狩った魔獣の剥ぎ取りを行うからそのつもりで。特に何か質問がなければこのまま出発する」


「あ、俺の方から少し報告がある。少し時間をもらうけどいいかな?」

「ああ、なんだい?」


「実は昨晩、狼たちの襲撃が2:30頃にあってね」

「なっ! リョウマ君、なんでもっと早く言わないんだ」


「あ~、実は狼たちの狙いが俺だったんだよね。ここ最近のこの周辺の狼たちの目撃情報は全部俺を探してたからだったんだ。で、俺を狙ってた理由なんだけど、その狼の群れのリーダーが例の白王狼の奥さんという落ちだった」


「あの王狼に番いがいたのか? で、それでどうなったんだ?」

「ガラさん、なんか期待が駄々漏れてるよ……先に言っておくけど狩ってないからね」


「なんだ……狩らなかったのか。でもなんで狩らなかったんだ? 奥さんの方は見逃してくれたのか? それともリョウマ君の方で脅すだけに留めて追い払ったのか?」


「どっちも外れですね。奥さんというのが実は白王狼ではなくてフェンリルだったのです。流石に神獣を殺しちゃまずいと思って、必死でシールドを張って耐えていたんですけど、見兼ねた獣神ベルル様が介入してくれて事なきを得たのです」


「フェンリルが実在していたのか!? ここ数百年この周辺では噂すらなかったのに……」


「ベルル様の話では、この一帯の悪い魔素だまりをフェンリルが浄化してくれているそうです。俺はその彼女の旦那さんを殺しちゃったわけなんですけど、ベルル様の事情説明で何とか許してもらえました」


「そうか、昨夜は大変だったのだな……」

「いや~大変だったのはその後でしてね。彼女身籠っていて出産予定日が近かったらしく、急に動いたものですから昨晩俺の前で破水してそのまま出産しちゃったのですよ。4匹産んだのですが最後の一匹がへその緒を首に巻いていてそのままでは危険だったので、俺が腹を裂いて取り出したのですよ」


「フェンリルの腹を裂いたのか! よくそんな真似、旦那の敵に許してくれたな?」


 皆、黙って聞いていたが、もうこの時点で追尾組はあきれ返っている。

 まぁ、にわかに信じられるような事じゃないよな。フェンリルや女神ベルルの名が出た時点で胡散臭い。


「ベルル様の説得があったからなんですけどね。まだ続きがあるんですけど、聞きますか? なんか追尾組の方たちが何言ってんだこいつみたいな顔をしているので、聞きたい方たちだけでいいですよ」


「リョウマ君、君の事を知らない奴らのことはどうでもいい! 早く続きがあるなら話してくれ。気になってしょうがない」


「そうですか、じゃあ続けますね。その最後の1匹は、へその緒の影響か未熟児で育ったようで、産まれたけど瀕死の状態だったのです。大きさも先に生まれた兄姉の半分もなく、お乳も自分で探せないその様子を見ていたフェンリルにその場で見捨てられちゃいましてね。どうせ数時間で死ぬ運命だと言って放置しようとしたので、俺が育てるという条件で、その子を貰ってきちゃいました。で、この子がその赤ちゃんです」


 俺はそういいながら、服の中からそっと眠っているフェンリルの赤ちゃんを取り出した。


「なっ! フェンリルの赤ちゃんだと! リョウマ君、ちょっとそれ見せてくれないか!」

「ガラさん、言っておきますが、売ってくれとか言ってもダメですよ。お母さんフェンリルですから、そんな真似したら彼女に街を襲撃されますからね」


「うっ……見るだけ見せてくれないか?」


「兄様! その子可愛いです! 飼いたいです!」

「フェイはクロちゃんを飼うのだろう? それともクロは諦めてこの子にするか?」


「う~っ、クロちゃんはフェイが大事に飼ってあげるって約束しちゃってますから、もう手放せません」


「そうか、それを聞いて安心した。もしこの子の方が可愛いとか言ってクロを見捨てたら二度とフェイに生き物を飼う事を許さないつもりだったが合格だ。この子は俺と既に従魔契約を結んであるから、俺の従魔ということになる」


「それじゃあ、その子も飼うんですね! やったー! その子凄く可愛いです!」

「リョウマお兄ちゃん、メリルにも触らせてください!」


「ああ、いいぞ。でも今朝生まれたばかりだから、まだ首も座ってないし目も開いてない。優しく扱わないといけないぞ」


 当然のように俺の周りには女性陣が群がってフェンリルの赤ちゃんを愛でている。



「あの、リョウマ君、私には見せてくれないのかな?」


 追尾組の方からは、神獣の子を従魔にした事に驚いてる奴や、現物のフェンリルの赤ちゃんを見て俺の話が全部事実だった事に驚いてる奴とかでちょっとしたカオス状態になっている。



 女性陣が落ち着いた頃、やっとガラさんに順番が回ってきた。


「俺の鑑定魔法で調べたんだけど、フェンリルの子供はホワイトウルフなんだな。でも初期スペックが、普通に生まれたホワイトウルフの子供よりかなり高いようだ」


 皆が触りたがっているが、まだ産まれたてなのでさっさと俺の服の中に回収した。



「今回、死にかけているこの子を従魔にして救ってやるという条件もあって、フェンリルの旦那の件はチャラにしてもらえましたけどね」


「成程、それでリョウマ君は許してもらえたんだな。君は本当に面白いな……神々に愛されてるように幸運が訪れるようだ」


「え~? フェンリルに頭から齧られて殺されそうになる事が幸運ですか?」

「エッ!? そんな事されたのか?」


 ナビーが編集した動画を皆に見せてあげた。


「「「でかっ! フェンリルでかっ!」」」 「「「うわ~~! マジで齧ってるよ! 怖っ!」」」



 他の冒険者たちはフェンリルにガジガジされるのは絶対嫌だと呆れていた。




「それよりそろそろ出発しましょう。ちょっと出遅れましたよ。次の野営地で剥ぎ取りを行うのでしょう?」

「ああ、そうだな。では出発する!」



 出発後、俺は馬車の中で少し眠らせてもらった。

 その間、フェイは素材集めに向かわせた。木材と、きのこと、糸集めだ。


 最初の休憩地点の目前で目覚めた俺は、ナシル親子を馬車から放り出してランニングをさせる。


『ナビー、フェイの素材集めは順調か?』

『……はいマスター。兎や猪も手に入りましたし、蜘蛛も5匹、芋虫も4匹狩れたので当分服の材料には困らないでしょう。きのこ類も十分確保できました。木材がもう少し欲しいので、お昼まで帰らせないつもりです。フェイを借りててもよろしいですか?』


『ああ、ナビーの気の済むまで採取するといい。でもそんなに木材がいるのか?』

『……どんな木でもいいってわけじゃないですからね。材質によって用途が違うのです。この辺に多く生えている木材を余分に伐採しているのです。それと水神殿に向かう前に、フェイの神殿付近に一度立ち寄ってほしいのですがいいでしょうか?』


『そういえば、神竜の森でオークのコロニーを狩ったところに地点登録してあったな。バナムから一気にそこまで【テレポート】で飛ぶかな』


『……ナシル親子の体力作りとレベル上げのために徒歩の移動の方がいいのではないですか? ナナに早く会いたいでしょうけど、メリルにとっては今が一番大事な時ではないですか?』


『うっ、事実なので言い返せない。そうだよな、あまりに体力がなさ過ぎて、まだ一度も戦闘させてないしな』


『……ところでその赤ちゃんの名前は決めましたか? 真名を授けない事にはちゃんとした主従関係は成立しませんよ。せっかくフェイが魔獣を狩ってるのにその子に経験値が入らないのは勿体ないです』


『そう言えば、同じPTなのにレベルアップしていない。あ! しまった。ナシル親子をPTに入れておけば良かった!』


『……パワーレベリングは嫌いではなかったのですか?』

『そうだが、あまりにもレベルが低いとMP量も少ないし、レベル規制で魔法も教えられないからな。せめてレベル20までは上げるつもりだ』


『……まぁ、もう今回は手遅れですね。今、フェイを向かわせている場所は少し離れていて10kmを越えてしまっています。PTリンクが解除されてしまうので、今からだとあまり意味がないです』


『そりゃ残念だ』


『……で、その子の名前は決めましたか?』

『フェイに考えさせると『シロ』になりそうだしな。『ハティ』にしようと思う』


『……北欧神話ですか? 「憎しみ」「敵」を意味する狼の名ですね……あまり良い名ではないと思います。フェンリルの息子とされている諸説もありますね。その子、女の子ですしね。フェイの言いそうなシロちゃんの方がまだ良いのではないですか?』


『「憎しみ」や「敵」を意味する狼の名ってのが良いんだよ。いずれこの狼には俺がお前の親の仇だと打ち明けるつもりだ。その時、この子が俺の事を憎んだり敵視するかもしれないからな。まさにこの子には『ハティ』と言う名が相応しい。響き的には可愛いしね』


『……ナビーの名の時もそうでしたが、マスターは言葉遊びが好きですね。神話でフェンリルの子という説があり、古ノルド語で「憎しみ」「敵」を意味するハティですか。月を食べるという説もありますね』


『まぁ、憎んでもらいたいわけじゃなくて。そうなって欲しくないって意味なんだけどな。憎まれないように大事に育てようという俺の気構えだ』


『……あらら? その子の名前が勝手に「ハティ」に決定しちゃっていますよ? マスター何かしましたか?』

『俺は何もしてないぞ?』


『……女神様たちの仕業のようですね。御三方の加護と祝福がその子に付いちゃってます。マスターも付けてあげてはどうですか?』


『そうだな。もうこの名で決定みたいだし。俺の加護も授けるか、よろしくなハティ』



 子狼の真名は『ハティ』という名に決めた。


 もうすぐ休憩地点だ。フェイが居ないので俺がクロの世話をしなくちゃいけないな。生き物を飼うと、こうやって世話する事が発生して、家族は関わっていくんだよね。


 特に子供の『全部自分が世話をするから!』ほど当てにできない……一番面倒見のいい者に必ずしわ寄せがくるのだ。

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