8-9 フェンリルの赤ちゃん
フィンリルの発言を疑問に思った俺は訪ねてみた。
「なぁ、さっきの残念ですってのはどういうことだ?」
『自分でミルクを飲めない子が育つはずがありません。残念ですがその子の命は持って数時間程度でしょう。怪我や病気なら回復魔法が使えますが……衰弱して食事を摂らないのでは、手の施しようがないのです』
「なっ!? 見捨てるのか?」
『あるじさま、神獣と言えども動物の理で生きているのです。自分で食事すらできない者を養えるほど自然界は甘くないのですよ?』
「だけどなベルル、こんな可愛い子狼を見殺しにするのは可哀想じゃないか?」
ベルルの言っていることが正しくて、俺のは只の感情論なのは分かっているのだが……う~む。
『……マスターがお育てになられたらいいではないですか?』
「ナビー、犬猫じゃないんだ、神獣の仔をそう簡単に拾えるかよ!」
『……マスターからすれば狼も犬と一緒じゃないですか。それにフェイ同様に主従契約を交わせば、その子も食事の心配がなくなって死なずに済みますよ? なにせマスターの魔力が食事になるのですからね』
『創主様ならその子を救うことができるのですか?』
『……できますね』
『あるじさまなら容易いことです。なにせ既に神竜をペットにして飼い慣らしているほどです』
ペットって……フェイのことだよな? べルルの奴、フェイを俺のペット扱いしてやがるのか。
「お前たち、何勝手なことを!」
『創主様! 是非、我が子をお救いください! 私ではその子を救えません。生まれたての子の授乳は2時間置きなのです。今のままではそう何時間もその子が持つとは思えません』
俺の手の中でフルフル震える真っ白いモフモフのフェンリルの子を見る。
うっ……超可愛い! 竜化したフェイに劣らぬ可愛さだ。
「分かった、この子は俺が育てる。ある程度育って、俺の手に余るようなら返しにくるかもしれないが、その時はちゃんと引き取ってくれるか?」
『勿論でございます! 死なない程度に育ててくれれば、それだけで構いません!』
「分かった。じゃあ、フェンリル、お前の母乳を少しもらうがいいか?」
『私の母乳ですか?』
「ああ、初乳は大事なことなんだ。母乳には色々な抗体が入っている。それを飲ませることによって、赤ちゃんに病気に対する抵抗ができて、ある程度の病気を防げるようになるんだ。免疫ができると言ったら解るかな」
『そうなのですか? ではどうぞ好きなだけお採りください』
俺は回復剤の蒸留用のちょっと大きめのフラスコを消毒して、フェンリルの母乳を絞って真空保存にしてインベントリに保管した。
フェンリルの子とはベルルが強制的に俺と主従契約をさせたようで、いつの間にかステータス画面に仔狼のステータスバーが表示されていた。だがよく見れば本来名前があるところが空白になっている。
俺が面倒を見ることになったんだ。今、できることをやっておこう。
【エアーコンディショナー】【ボディースキャン】【アクアフロー】体温確保と生命維持の処置だ。ヒールを練りこみマッサージし終えるころには震えも止まって落ち着いた。
『流石ですあるじさま!』
『創主様、我が子をお救いくださりありがとうございます!』
『あるじさま、強制的に主従契約をしてありますが、あくまでも仮契約です。その子に名を与えて、正式に契約してあげてくださいね』
「名の部分が空欄なのは仮だったからなのか。分かった」
『ナビー、食事は要らないのだろうけど、念のためにこの子の哺乳瓶を作ってくれないか?』
『……了解しました。30分ほどお待ちください。吸い口の調整に少し手間取りそうです』
「フェンリル、大事に預かるが、もし死なせてしまっても恨まないでくれよ?」
『何をおっしゃいますか。私ではその子は救えないのです。生を諦めていた我が子に生きられる可能性があるのです。もし亡くなったとしても恨むことなどございません』
「ならいい。今、水神殿に向かっているから当分先になるが、帰りに近くを通ることがあれば会いにくるがいいか?」
『はい、こちらからも是非お会いしたいと思います』
今度近くにきたときは念話を送って知らせると約束し、フェンリルと別れた。
震えも止まったのでエアコン魔法を解除したのだが、切った途端フルフルと震えだした。
だが、あまりエアコン魔法は赤ちゃんにはよくない。俺の服の中に入れ、首元から顔が出るように革紐で服の上を縛って調整する。俺の個人香が気になったのか、やたらと服の中で匂いを嗅いでぺろぺろ体を舐めまわしていたが、すぐにスヤスヤ眠りに落ちた。俺の個人香の特性であるリラックス効果と睡眠導入効果が効いたようだ。
ログハウスまでやってくると、家の前でサリエさん、パエルさん、サーシャさんが待っていた。
「ん、何かあった?」
「皆こそどうしたのです?」
「ん、リョウマが出て行く気配を感じたので、慌てて追ったけど間に合わなかった」
「私たちはサリエの出て行くのに気付いたので出てみたの。そしたら、リョウマ君がなにやらこんな時間に慌てて出て行ったって言うから心配して待ってたのよ」
「そうでしたか、ご心配をおかけしました。実は白王狼の奥さんが襲撃してきましてね。もう少しで噛み殺されるところでした」
「ん! 白王狼また倒したの?」
「最近この辺で狼が出るけど人は襲ってないって話聞いたでしょ。あいつの奥さんが俺の匂いを覚えてる狼たちを使って待ち構えていたんだよ。ターゲットは俺だったってわけなんだけど、それだけじゃなくてね……詳しくは中のリビングで話そうか」
少し長くなりそうなのでリビングに行き、皆に冷えたレモン水とプリンを出してあげる。
「ん! 『早起きは何かと得をする』格言どおり……」
「「ほんと! ラッキーです!」」
プリンが嬉しかったようだ。『早起きは三文の得をする』じゃないんだね。通貨単位はジェニーだし当然か。
「さっきの続きなんだけどね。襲ってきたのはあいつの奥さんだったんだけど、白王狼じゃなくて神獣フェンリルだったんだよ」
「「フェンリルだったのですか!」」
「ん! びっくり!」
「奥さんだって分かったのも、会話ができるほど知能があるフェンリルから聞いたからなんだけど、フェンリルを殺すわけにもいかず、シールドがガリガリ削られて結構ヤバかったんだけど、女神様が急きょ仲裁に入ってくれてね。事情を説明して事なきを得たんだ」
「大変だったんですね……」
「そうなんだけど……大変だったのはここからなんだよ」
「ん!? まだ何かあったの?」
「フェンリルが彼の子を宿してて、俺に対して暴れたから急に産気づいちゃったんだよ」
「「あらら……」」
「子供は4匹生まれたんだけど、最後の1匹がへその緒が首に巻きついていて中々出てこなくてね。このままだと母子ともにヤバかったからお腹を裂いて取り出したんだ」
「で、どうなったの?」
皆、この話に興味津々で、次を急かしてくる。
「フェンリルは俺のヒールで全快して何事もなかったんだけど、最後のその子がへその緒を首に巻いていたせいで未成熟で産まれてきたんだ。かなり小さく、お乳にも向かえないほど弱っていて……食事もできない子は生き残れないと、フェンリルはその子を見捨ててしまってね……」
「ん、仕方がないことだけど……可哀想」
「リョウマ君でもどうにもならなかったの?」
「それが……あまりにも可愛かったので、フェンリルにくれって言って連れてきちゃった。俺もフェイの事言えないな」
「エエッ!? フェンリルの子供をですか!」
声で起きてしまったのか、服の中でもぞもぞし始めたので、中から出す。
「この子なんだけど、可愛いでしょ?」
「ん! 可愛い!」
「キャー! 何その子! 可愛い!」
「リョウマ君、ちょっとだけ抱っこさせて!」
「パエルさん、首がまだ座ってないので慎重に抱っこしてあげてくださいね」
「うん、こんな感じでいい?」
「ええ、それでいいですよ」
「ん、あまり泣かないね?」
「他の兄弟たちはミャーミャー元気に泣いてたけどね。この子はちょっと元気がないです」
「狼なのに猫みたいにミャーミャーなの?」
「ん、生まれたばかりの子犬はそんな感じで鳴く」
『……マスター、その子用の哺乳瓶が完成しました。インベントリに『わんこ』というフォルダを作ったのでそこに入れておきますね。人肌に温めていますので、そのまま飲ませてあげてください。1~順番にナンバリングしてあるので、その順番に飲ませてあげてくれればいいです』
『ん? ナンバリングに何か意味があるのか?』
『……はい。数字が大きくなるほど、フェンリルの母乳の濃度が薄くなっていきます。10番以降はほぼ牛乳ですね。最初の5番目までは回復剤も混ぜていますので弱っているその子に良いでしょう』
『与える頻度はどれくらいだ?』
『……主従契約をしていますので、本来マスターの魔力で食事は要りません。なので、嗜好品としてフェイと同じように朝昼晩の3食時に与えてあげれば良いと思います。15本用意していますのでとりあえず5日分ですね。成長を見ながら食事形態を変えていきましょう』
『そうだな、分かった。そうするよ。初回は母乳がたっぷりなんだよな?』
『……はい、マスターが抗体がどうのとか言ってましたのでそのように致しています』
パエルさんから受け取り、さっそく初めての授乳をしてみることにした。
いきなり吸い口を持って行っても吸わなかったので、少しミルクを出して吸い口に塗って匂いを付ける。少し強引に口を開かせ数滴強制的に流し込んだらぺろぺろと口を舐めまわして、もっとというような催促をした。
吸い口を口にねじ込んだら、弱弱しいがちゃんと吸い始めた。
「リョウマ君、ちょっと変わって!」
「いいですよ、パエルさんは子犬とか好きなんですね」
「そんなことないけど、この子は特別可愛いじゃない」
「確かに……そのへんの子犬と比べたらめちゃくちゃ可愛いですよね」
「ん、ヤバいくらい可愛い。フェイが大騒ぎしそう」
「フェイちゃんだけじゃないわよ。ソシアもだよ、コリンもね」
「違う意味でガラさんが一番騒いだりしてね」
「「間違いないですね」」
「売ったりしたら、フェンリルが怒り狂って街ごと消しにくると脅せば大丈夫かな?」
「あはは、そう言ったら流石のガラさんでも怖くて何も言わないでしょうね」
愛らしいフェンリルの赤ちゃんは、ゆっくりとだがお乳を飲みきった。
これなら無事に育ちそうだ。
暫く手はかかるだろうが、フェイやナシル親子も協力してくれるだろう。
犬は何度か飼ったことがあるし、何とかなるだろう。新たな仲間が加わったのだった。
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