5-3 お約束的なヤラレキャラ

 イリスさんと最初の個室で契約の確認事項を行っている。


「ガラ氏から許可が出ているので、狼と虎の分は先に支払うわね。今日の依頼分は剥ぎ取り後の魔石の状態を見て査定するからもう少し待っててね。あと、バナムの報酬もこっちで受け取るんだったわね」


「それはやっぱりいいです。向こうで受け取ります。どっちにしろ行かないといけないので向こうの分はあっちで処理してもらいます」


「了解、他に何か聞きたいことはある?」

「バナム行きの護衛依頼を見繕ってください」


「実は3日後出発予定の護衛依頼をリョウマ君用に確保していたんだけどね……」

「ダメになったのですか?」


「いえ違うわ、ニコラス商会のガラ氏が指名依頼をしてきたの。2人に護衛をしてほしいそうよ。そっちの方が凄く条件が良いし、指名依頼で高評価がもらえると、ランクアップ時の査定ポイントがいいのよ」


「でも確か『灼熱の戦姫』が帰りも護衛するはずですよ? 彼女たちは解雇ですか?」

「勿論彼女たちも一緒よ」


「兄様! フェイはそれ受けたいです」

「フェイはソシアさんと仲良くなっていたからな。依頼料はどうなってます」


「それがね、1日1人5万ジェニーだそうよ」

「それって破格じゃないです? マチルダさんのところでも2万ジェニーとか言ってましたよ」


「実はこの依頼には条件があるのよ。よく分かんないのだけど、移動中の5日分の料理を頼みたいそうよ。料理人でもないリョウマ君になんでこんな依頼なのか不思議だけど、指名依頼は高ポイントなので、王狼の件と合わせてバナムに戻って依頼達成報告をした時点でシルバーランクに成れると思うわ。食事の提供対象は商人2名、御者2名『灼熱の戦姫』6名とあなたたちの分だそうよ」


「商人は4人と思っていましたが、2名は御者だったんですね」

「え? 5日も一緒に居て会話とかしてないの?」


「商人の方はガラさんとしか話してない気が……してないですね」

「御者は使用人だったり、奴隷だったりして基本的に身分が低いの。用がない限りは御者の方から話し掛けたりはしないのよ。そう躾けられているから、リョウマ君の方から話しを振ってあげるぐらいの配慮はしようね」


「分かりました。アドバイスありがとうございます。旅の間、御者の人も商人と思ってましたよ」


「フェイは知ってたか?」

「フェイも商人の人と思ってました」


「だよな、フェイの狩った虎をじっと見て査定してたよな?」


「あの2人の御者はガラさんのところの見習なので、一応駆け出し商人かな。御者として連れ回しているぐらいなので、弟子としても優秀なんだと思う。いずれはどこかに支店を構えるようになる人たちかもね」



 個室に行き、フェイとギルドカードを提示して、書類にサインをしたら、368万ジェニーも手渡された。

 戦闘時フェイと俺との距離があったため、カードの判定ではどっちも個人討伐扱いになっていた。狼は俺の単独討伐、虎はフェイの単独討伐だ。配当は狼が100万から1割ギルドに支払い90万、虎が300万から1割引いて270万、計360万の計算だ。ちなみに8万はサクエラさんの5日分の護衛報酬ね。ヒャホー俺たち超リッチ。


 しかもこれはあくまで依頼料であって、実際はこれから現物査定をし、その分の差額分がさらに入る。仮に虎が依頼時より暴落していて価格が300万より下だった場合でも先に受け取った270万の報酬は満額貰えるそうだ。もし、400万で売れたなら差額の100万程が更に手に入る。ガラさんが欲張って収益の半分とか言ってきたら貰える額は少なくなるのだが。今回魔石は売らないので、虎に関しては逆に返さないといけないかもしれないと思っている。


「イリスさん、さっきのガラさんの指名依頼、受けようと思いますので手配お願いします」


「了解したわ、この契約書にサインお願い。ガラさんの方は後日来るそうよ、それでいいかしら?」

「信用してますので、後日のサインで結構ですよ」


「一応言っておくけど、初の人とか知らない人間との契約は絶対その場で当人同士でやるのよ。そして契約書は必ず3枚作り、1枚はギルドに預け、契約終了でお金を受け取るまでは1枚は自分で保管することを忘れないでね。人任せに先にサインして後で見たら色々追加されていて中身が全然違ってたという話もあるのですからね」


「はい、気を付けます。ちょっと尋ねますが、北の湿地帯にいる水牛って、いまの1頭当たり相場はどのくらいしてますか?」


「ここ1年狩られてないので、相当値上がりしてるわ。オークは常に供給されてるので屋台で串焼きで出されるほどなのに、牛肉は全く売りに出てないわね。ちょっと待ってね……討伐依頼が8件も出てるわね、10万~70万よ。10万は古い依頼だし安すぎるから却下ね。次が40万ね、この依頼もちょっと古いかな。要交渉だね、次が50万、大体この辺が妥当かな50万~65万が相場ね。70万のは期日指定の依頼なのでちょい高めなのね。誕生祝に欲しいからその3日前までの期日に持っていけばこの値段だそうよ」


「3日前というのは、熟成期間が要るからですね。でも50万以上が6件あるんですね。それとワニはどれくらいでしょうか」


「ワニって、キラークロコダイルのことかな? あれは言い値で売れるわ。魔石も大きいし相場は150~200万ほどしているわね。お肉も牙も魔石も何より皮が高値で取引されてるわ。あの湿地帯の中の魔獣では単体価格で言ったら一番ね。でもリョウマ君こんなこと聞いてどうするの?」


「狩りですよ、肉狩りイベント発生です!」

「何言ってるの! 無茶よ、そんな無謀な依頼受けさせないわよ!」


「そう言われると思って『灼熱の戦姫』とレイドを組んで行きます」

「それでも無茶よ! あそこはゴールドランク者20人規模で行くような所よ」


「正直に言いますと、俺一人で余裕なんですが、折角なので小遣い稼ぎにどうかと彼女らを誘っただけです。別に断られていたとしても、フェイと2人で行ってました。ほんとに余裕ですからイリスさん、変に気を使ってレイドPTを20人以上にしようとか考えて、他の冒険者に声掛けしたりしないでくださいね。超有難迷惑なので、もし余計な事をされたら2度とギルドを通して仕事をしませんよ」


「うっ、でも若い冒険者が無茶して死なないように配慮するのも受付嬢の大事な仕事なのよ?」

「キングと王狼を単独で瞬殺できるのですよ? フェイだってほらこの通り」


 俺はフェイのサーベルタイガーの狩りシーンの動画を見せた。


「フェイちゃん強い! って言うかなにこれ! 素手で倒したの? 格闘家でもあるまいし! その細い足で信じられない!」


「言っておきますが、俺たち兄妹のメインはあくまで魔法ですからね。イリスさんが余計な事して、むさい冒険者が寄ってくるようになったら、もうここには来ないで、直接商人ギルドの方に狩った獲物を持込みしますからね」


「分かったわよ、でも十分気を付けてね」

「『命大事に!』が俺たち兄妹の方針なので安心してください」


 契約も済み、小部屋を出て2階のラウンジに行ったら『灼熱の戦姫』が沢山の冒険者に囲まれていた。あの中に入って行きたくなかったが1時間程待たせてしまっている。知らん顔して逃げるのもないだろうと思い声を掛けた。


「すみませんお待たせしました。ところで、この騒ぎはどうしたのですか?」


 まさか、ガラさんに秘密にしてほしいと言われたのに王狼のことをしゃべったんじゃないだろうな。


「ん! いつもこんな感じ! ウザい!」

「いつもなら報告とギルドカードの更新を済ませたらさっさとギルドを出るんだけど、今日はラウンジに腰を掛けたので私たちとお近づきになりたい人たちが声を掛けてきてるのよ」


 疑ってごめんなさい! 俺たちが遅くなったせいですね。ほんとすいませんです。


「まぁ、綺麗な人が揃ってますから……気持ちは分かりますが、逆効果でしょうね」


「何が逆効果なんだよ兄ちゃん……めちゃくちゃ良い女侍らせて、イイ気になってんのか! あぁ?」


 うわー、アホが絡んできたよ。この手の奴はどこにでもいるんだな。しかも大抵ランクが低いやられキャラなんだよね。


 やられキャラ、可哀想なので、今回は見逃してあげるよ。大金貰っておじさん機嫌がいいのだよ、良かったね。


「何、無視してんだ! それにしても嬢ちゃんの方は綺麗だな! この髪なんかサラサラしてシルクみたいだ! どれどれ―――


 『あっ!』と思ったのだが時既に遅し……5mほど先の壁に激突してそのままうずくまって吐血。

 あれ、なんかヤバくね! いやマジでヤバいって! 瀕死じゃん! ほっといたら死ぬよあれ……内臓破裂ってやつでしょ! 俺は慌てて上級魔法の【アクアガヒール】をかけた。ふぅ、どうやら間に合ったようだ。後ろを見たら『やってしまった』という顔をして泣きそうなフェイがいた。


 恐らく前回同様、蹴ったことへの後悔はないだろう。いつものことだ……泣きそうな顔をしているのは俺に怒られると思ってのことだ。勿論怒りますよ……実際かなり怒ってます。人ひとり殺しかけたんですからね。


「フェイ! お前何てことするんだ! 死ぬとこだったぞ! 殺人者になりたいのか!」

「兄様ごめんなさい!」


 騒ぎを聞きつけたイリスさんが来てくれたのだが、今回の場合フェイが圧倒的に悪い。殺す気はないだろうが、髪を触ろうとしたぐらいで殺しかけたんだ。フェイが繰り出した蹴り足が霞んで見えないほどだった。


「この騒ぎは何ですか!? 何があったんです! ギルド内の喧嘩はご法度ですよ!」


「ん! こいつがフェイちゃんの美しい髪を無断で触ろうとした! 死んで当然!」


 サリエさん、庇ってくれるのはいいのですが、発言が物騒ですよ。


「それは万死に値しますね! なんで此奴はまだ生きているのですか?」

「イリスさんまで何言ってるんですか!? フェイ、きちんと謝れ!」


「嫌です! 兄様がドライヤーしてくれた髪を汚い手で触ろうとしました! 謝りません!」


 またそっちかよ! なんで俺を話に絡めるんだ!


「触ろうとしたことに対して蹴ったのを謝れって言うんじゃない。蹴って殺しかけたことを謝れって言ってるんだ。殺すほどのことじゃないだろう!」


 フェイは少しだけ考えた後、冒険者の側に行くとこう言い放った。


「蹴ったことは謝りません。ですが力を入れすぎて殺し掛けちゃったことは謝ります。ごめんなさい」

「ふざけるな! 殺しかけておいて『ごめんなさい』で済むと思ってんのか!」


「あなたが悪いのでしょう? 自覚がないのですか? 美少女の髪に触れていいのは、同じく美少年だけなのですよ」


「はぁ? 何言ってんだ? イリスさんもちょっと可愛いからっていい気になってると路地裏へ連れ込まれるぜ? 夜道には気を付けるんだな!」


 アイツバカだとか、誰か止めてやれとか聞こえてくるが誰も止めようとしない。ソロなのかなこいつ。


「へー、この私を脅すのですか。いいでしょう」


 イリスさんは、なにか黒い手帳のような物を出して、何か2、3行書き込んでから【亜空間倉庫】に戻した。なんだろうあれ、なにか恐怖を感じたのだが。周りの冒険者は、あいつ終わったーとか囁いてる。


「あの、イリスさん? そのさっきの黒い不気味な手帳は何なのでしょう? なにか只ならぬ気配がしたのですが?」


「何でもないですよ、只のメモ書きです」


 ちゃんと答えてくれたのは、イリスさんではなくマチルダさんだった。そっと耳元で囁いてくれたのだがその内容は恐ろしいものだった。


「あれは、噂のブラックリストですね。あれに名が乗ってしまうと、受付嬢一同から冷たくあしらわれるようになるそうです。良い依頼は来なくなり、買取査定も厳しくなるそうです。評価以上に下げることはないのですが、これまで大目に見てくれていた多少の傷でも見つけて指摘されるそうです」


 なにそれ怖い、美人の受付嬢たちに冷たくされるだけでもう泣いちゃいそうだよ。


「それからリョウマ君たちもギルド内は喧嘩はご法度です。やるなら外に出てからやりなさい」

「外だといいのですか?」


「ええ、ギルドは冒険者同士の諍いには関与しません。仲裁を依頼されれば別ですが、それ以外は自己責任です。但し、外での諍いは憲兵の管轄です。殺せば正当性がなければ当然殺人罪が記録され連行されます」


「了解しました。と言う訳であんた、謝罪はするけどこれ以上は俺も面倒です。一方的に因縁を付けてきて髪に触れようとしたのは事実ですので、まだ文句があるなら外へ行きましょう。ここからは俺が相手をします」


「それからイリスさん、お手間をおかけしてすみませんでした。他の冒険者の方もお騒がせしました」

「イリスさんごめんなさい。兄様も、恥を掻かせてしまいごめんなさい」


「イリスさん、その、さっきのあれ許してください! 本気じゃないのです! ちょっと粋がってしまっただけです、許してください! それと嬢ちゃんも絡んで悪かった! 酒を飲み過ぎて、気がデカくなっていたんだ! すまなかった!」


 イリスさんは、無言で手帳を取出し。シャシャット2重線を引いていた。どうやら許されたらしい。

 フェイに絡んだ冒険者も、それを見て安堵の顔をしていた。よほどの危機感を抱いたのだろう。



 俺は、冒険者と血だまりができていた床に【クリーン】をかけ、もう一度フェイと皆に謝ってから『灼熱の戦姫』とギルドを出るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る