5-4 鬱陶しい奴らへの対処法講座

 ギルドで一騒動を起こしてしまい、逃げるように外に出てきた。日暮れまで少し時間はあるが、今日はもう宿屋に行くことにした。


 フェイはかなり反省しているようで、さっきから俯いて元気がない。

 流石に今回は俺も怒っているので、もう少し反省させるつもりだ。なにせ人一人殺しかけたのだから当然だ。

 神竜にあるまじき行為だ。本来なら串焼きを食べた時のように、新しい街でウキウキ楽しめたのだろうが甘やかす気はない。


 だがお仕置きは夕飯までにしといてやろうと思ってる時点で、甘いのかもしれないけどね。

 ちょっかい出してきたのは向こうなんだし。折角の夕飯時まで俺が威圧して、美味しく頂けないのは流石に可哀想かな。


「皆さん今晩の宿はどうされるのですか? 俺たちは風呂付の宿にするつもりなのですが」


「私たちはいつも利用してるとこよ。お風呂も一応あるし、リョウマ君たちも一緒の宿にしない? なんか噂だとハーレンの一番良いと言われてた宿は最近代替わりして、その時に先代と一緒に料理長も引退したんだって。それから部屋の質やサービスはいいのだけど、料理の味がかなり落ちたって噂だよ。一泊2食付いて2万4千ジェニーだったかな、この値段であの味はないだろうって言われてるみたい」


「美味しくないのでしょうかね?」

「美味しいのは美味しいらしいのだけど、1万ジェニーで風呂付宿に泊まって、5千ジェニー出して外の高級料理屋で食べた方が良いそうよ。安全性を重視した貴族はそれでもそこに泊まるようだけど、商人離れが凄くて以前と比べたら空き部屋が一杯なんですって」


「そうですか、じゃあ俺たちもマチルダさんたちの泊まる宿にします。フェイもそれでいいか?」


 フェイはただこくっと首で頷いて返答しただけだった。ふふふ、しょげてるな、その調子で夕飯までちゃんと反省しろ。だが夕飯時もそんな感じで場を白けさせるのは許さないからな。


「フェイちゃん、そんなに落ち込まなくてもいいのよ。あの人が悪いんだから、そんなに気にしなくていいのよ」

「ん、フェイは悪くない。ちょっとだけやり過ぎただけ」


「あまり甘やかさないでくださいね。同じような感じで人を蹴ったのは今月で2回目なんです。3回目は即死する力で蹴るかも知れない。生きてさえいれば何とかしますが、殺してしまっては流石に庇い切れません。そもそも髪を触ろうとしただけで蹴り殺すとか、狂犬病にかかった犬じゃないんですから」


「確かに……殺してしまったら捕まるのはフェイちゃんだね。相手に家族がいれば、その人たちからも凄く恨まれるでしょう……。じゃあ、リョウマ君ならあの場はどういう対応をするのが正解だったと思う?」


「そうですね、あの時は俺がすぐ横に居ました。1回目にフェイがバナムの冒険者ギルド前で蹴った時にも注意したのですが、フェイの実力なら髪に手を伸ばしてきたとしても簡単に躱せるはずです。まずは俺の後ろに隠れろと教えています。しつこいようなら俺が対処するからと」


「確かに、それが一番良いかもしれないけど、でも相手がリョウマ君だと本当の喧嘩になっちゃうかもだよ? 可愛い女の子のフェイちゃんだから、からかう程度で済んでるのもあると思うわ」


「それはあると思いますが、そういうのはどうでもいいのです。絡んできて俺の時間が削られた時点でそれ相当の代償は払ってもらいます。自覚のないしつこい勧誘なんかも同罪ですね。こっちに組む気がないのを伝えてもしつこい人はいます。俺の【亜空間倉庫】やログハウスが有ると便利ですから、情報が広まるとそういう輩が今後どんどん増えると思います。その度にフェイが暴れたらと思うと……今のうちに矯正しないととんでもないことになりそうで怖いです」


 フェイは終始聞き耳を立てて黙って聞いていた。

 フェイにも思うところもあるだろうが、ちゃんと考えてほしい。




 宿屋に到着し、俺たちは2人部屋、『灼熱の戦姫』のメンバーは大部屋が空いていたのでそっちを借りるようだ。大部屋の方が一人当たり2千ジェニーほど安く済むようだ。気心の知れた者同士ならそっちの方が安くていい。


 部屋に着き、ベッドの硬さや部屋の汚れなどを確認する。

 うん、悪くない。1泊1万2千ジェニーなら良いのではないだろうか。ハーレンの街での宿屋事情だと風呂なし、飯無しの素泊まりなら3千ジェニーで有るそうだが、俺たちはそこそこ稼いでいるので、良い部屋に泊まり食事も楽しみたい。


 今回の報酬を考えたら『灼熱の戦姫』の人には高いんじゃないかと思ったのだが、普段ダンジョンなどに定期的に潜り、そこそこ稼いでいるのだそうだ。安くても護衛依頼を受けるのは、クランに加入したソシアさん個人のゴールドランク昇格の為に定期的に受ているそうだ。


 美人揃いの『灼熱の戦姫』なので、貴族の護衛とか、嫌らしい奴とかに目を付けられたりしないのか心配だが、イリスさんやニリスさんがその辺上手くやってくれるのだそうだ。



 小姑のように部屋チェックをしているとフェイが話しかけてきた。


「兄様、さっきはすみませんでした」


 反省してるようだし、何時までもネチネチと引っ張るものじゃない。


「ちゃんと反省できているか? 今回何が悪かったのか言ってみろ」

「前に注意されてたのに、また蹴ってしまいました」


「反省はしてるようだが、理解はしていないようだな」

「違うのですか?」


「違ってはいないが、俺が一番怒ってるのは対話もしないでいきなり蹴ったお前のその態度だ。物事には段階というものがある。おそらく心が読めるお前は、さっきの男が心の中でエッチな事とか卑猥な事を想像していて、それを感じ取ったお前は思わず蹴ったんだろう? 違うか?」


「そうです! フェイの髪を撫でながら裸にしてエッチな想像をしていました! 我慢できなかったのです!」

「皆の前で心が覗けるとか言えないしな……でもなフェイ、あの場にいた者からすれば髪を触ろうとしただけであの男は殺されかけたように見えるんだよ。周りからすれば、ちょっと触ろうとしただけで殺そうとしてくるキチガイ女だ」


「理不尽です、凄くエッチだったんですよ!」

「多かれ少なかれ男は皆エッチだ。理性や羞恥心があるから人前では我慢したり、できるだけごまかしてエッチなのをバレないようにしている。そういう男はムッツリスケベと言われて嫌われるが、すぐ触ってくるセクハラスケベより害がない分まだ良い。俺だって『灼熱の戦姫』の綺麗処を見たらドキドキするし、ソシアさんのおっぱいとかも揺れると目が行ってしまう。男の性なのだからある程度は仕方ないんだよ」


「じゃあ、フェイは触られたりするのを我慢しないといけないのですか!?」

「違うよ……いきなり話を飛ばすな。さっきも言っただろ、段階を飛ばしちゃいけない。前にも言ったが、あの場はまず俺の後ろに隠れろ。もしくは躱して、ちゃんと自分の意思をまず相手に伝えろ。『次、勝手に触ろうとしたら蹴りますよ』と言うだけでもいい。その後何かしてきたら怪我させない程度になら痛めつけてもいい。向こうが剣を抜いたのなら、それこそ殺しても正当防衛だ。ちゃんと段階を踏めばやりようはあるんだ」


「兄様は頭が良いですね……フェイはすぐカッとなって暴力に走ってしまいました。はぁ……竜神なのにこれじゃあ獣と一緒です」


「経験の差と育った環境のせいもあるからな。俺のいた世界では下手したら被害者が加害者にされることもあるんだよ。だから良く考えて慎重に行動するようになる。例えばフェイが強姦されそうになって相手の男を蹴り殺したとする。こっちの世界では正当防衛でも、俺の世界じゃ過剰防衛とかで殺人罪で裁かれる」


「そうなのですか? 兄様の世界も理不尽なのですね……」

「そうだな……フェイは慎重さと思慮深さが今後の課題だな。次からはカッとしてもまずは一旦間を置くようにしろ。俺もよくカッとなって暴言気味に言ってしまうが、言葉で言うだけなら貴族が相手でもないかぎり罪にはならない」


「分かりました。気を付けるように努力します」

「ああ、それでいい。もう少ししたらお楽しみの夕飯だ。俺はもう怒っていないから『灼熱の戦姫』の前でいつまでも沈んだ顔をするんじゃないぞ。折角の楽しい夕飯なのに雰囲気が悪くなってしまうからな。足らなかったら追加で肉でも冷たい飲み物でも頼んで良いぞ」


「はい、でしたらフェイは兄様のミックスジュースが飲みたいです!」

「お前ほんと果物好きだよな。よし、ご飯の時に店の許可が出たら付けてあげるよ」




 この宿屋の夕飯は美味しかった。

 インベントリには大量にできあがった食材があるのだから、本当は街の外にログハウスを出して生活すれば一切費用は掛からないのだが、俺はこちらの世界の食事も楽しみにしている。日本にはない全く知らない未知の味は、海外旅行をしたような気分が味わえて凄く楽しいのだ。


 夕飯の献立

 ・シープネズミの黒胡椒ステーキ

 ・シープネズミのトマトシチュー

 ・生野菜のサラダ

 ・野菜の塩スープ

 ・パン



 ネズミと聞いて躊躇したのだが、ナビーが見せてくれた画像では1mほどもあるウサギのような生き物だった。臭みもなく軟らかく煮こんだトマト風味のシチューは最高に旨かった。それから驚いたのは、薄く塩だけで味付けされたシンプルだが野菜の素材だけで旨味を引き出してあるスープだ。実にコクがあってお替りを頼んだほどだ。


 それと、黒胡椒があるのも分かったので是非手に入れたい。残ってるクイーンを是非黒胡椒ステーキにして食いたいものだ。フェイには店の許可が出たのでミックスジュースを出してあげたのだが、当然のようにソシアさんとサリエさんが要求してきた。他の人?ジュースじゃなくてお酒を飲んでたね。無事にハーレンに到着できた打ち上げだそうだ。



「皆さんが酔っぱらう前に、今後の予定を先に話し合いましょうか」

「そうですね、リョウマ君も帰りの護衛依頼を受けると言っていたよね?」


「そうです、どうやらギルドに先回りで指名依頼をしていたようで。イリスさんがキープしていた依頼よりかなり条件が良いから、ガラさんの指名依頼を受けろと勧められました。依頼内容は護衛と言うより、料理人ですね。商人2人、御者2名、『灼熱の戦姫』の6名の5日分の食事担当がメインです」


「「「ヤッター!」」」

「ガラさん、奮発してくれたわね」


「フェイとも話したのですが、知らない人よりずっといいし、サリエさんの罠の修行も受けられるから良いかなと思い受けることにしました。ただ、食事の指定がありまして、来る時に食べてたのと同じようなメニューにしてくれとの指定なので、サリエさんとソシアさんからして見れば、同じ内容になってしまいますね。それとジェネラルの肉はもう出せないです」


「ん! 全然問題ない! むしろ大歓迎! 全部美味しかった、また食べられる!」

「そうよ、またあの味が食べられるなら嬉しいわ。しかも今度はガラさんの奢り!」


「まぁ全く同じものを出す気はありませんけどね。その為に湿原に行くのですから」

「その事なのですが、リョウマ君ちょっと質問していい?」


 なんだろう?

 マチルダさんが質問してきた。 

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