4-7 シルバーランク冒険者の不満

 無事今晩の野営地に到着し、まずはテント設営を全員で行った。


 魔獣からの素材の剥ぎ取りは、すぐ近くの小川で行うのだと思っていたのだが、1km程離れた対岸を少し下った先で行うのだそうだ。


 理由を聞けば納得だ。『すぐ近くだと、血の臭いで他の魔獣が寄ってくるだろう?』と。

 対岸にするのも、小川を挟むことによって匂いを追尾させないためなのだと聞けば、俺の経験のなさが浮き彫りになる。


 剥ぎ取りも全員で行うのではなく『灼熱の戦姫』は護衛として野営地に残るのだそうだ。

 面倒な剥ぎ取りに駆り出されるのに、ブロンズとシルバーランクのPTは誰一人その事に文句はないようで、下位のランクの追尾組がそうするのが暗黙のルールになっているのだとブロンズ組のヒーラーが教えてくれた。


 俺とフェイは素材の権利を放棄しているので参加しなくていいと言われたのだが、剥ぎ取りそのものに経験が少ないため、見学させてくれと着いて行った。その際、いつもフードを被っているマントを邪魔にならないよう脱いだのだが、フェイの美しさと装備のかっこ良さに男どもが騒いでいた。


 全体として黒をメインに白のアクセントが入っている防具なのだが、兄妹でお揃いにしている為、依頼で特注したかのようにカッコいいのだ。事実はシルバーランク相応の装備品なのだが、あまりにもカッコいいので『灼熱の戦姫』のメンバーの装備より良く見えるそうだ。


 買った金額を教えてあげたら、頑張れば俺たちでも買える金額だと興奮し、買った防具屋を教えてほしいとせっつかれた。防具屋の店主にも宣伝してやると言って値引いてもらっていたので、宣伝がてら皆に教えてあげた。



 その後の剥ぎ取り作業中、シルバーランクのパーティー2組で一悶着あったのだが、理由がやっぱりかと思えることだった。昨日狩ったキラーマンティスの魔石の分配で揉めていたのだ。鎌は2本あるので2PTで1個ずつ分配したのだが、魔石は1個しかない。盾とアタッカーがいる組とアタッカーと回復のいるPTとでどっちの方がより活躍し、権利があるとかで揉めているのだ。


「俺たちの攻撃力がなかったら倒せてないだろう?」


「何言ってるんだ、俺たちの氷の魔法支援がなかったら、そもそもお前たちじゃキラーマンティスは相手できてないだろう? 回復魔法だってこれまでに10回は掛けてあげている。今後は回復してあげないし、これまでの分の請求をしてもいいのだぞ!」


 聞いている限りどっちの言い分も分かるのだが、魔石1個でこの後の3日間が気まずくなるのにと思ってしまう。見かねた商人のリーダーが適正価格でその場で魔石を買い上げ、お金を半分ずつに分ける事で納得したようだ。最初から町に行ってからそうすればいいのにと思ったのだが、彼らもあまりそういう交渉に慣れていないようだった。


 今後の回復を、回復役無しのパーティーがどうするのかが気になってしまう。

 今の相場は、初級の回復剤が1本1万ジェニーもしているのだ。怪我する度に飲んでいては大赤字だろう。

 回復持ちのパーティーが権利を主張するのも納得だな……怪我の回復は命に係わることだからね。


 『灼熱の戦姫』のパーティーが、ヒーラーのソシアさんをやっと手に入れたというだけあって、回復職は貴重なのだ。上級の水魔法が使えても、初級の【アクアヒール】が使えないという人は多いのだそうだ。レベルが上がるだけで全属性の基本魔法が習得できる俺とフェイがいかに異質な存在なのかが良く解る。


 ちなみに、ブロンズ組が狩ったキラーマンティスの素材は『灼熱の戦姫』が鎌1個と魔石を取り分にするそうだが、ブロンズ組は鎌1個だけでも貰えたことを喜んでいた。ひょっとしたらなにも貰えないかもと思っていたようだ。確かに戦力としては役に立っていなかったが『灼熱の戦姫』のお姉様たちは、彼らに対して努力賞というより、装備品の修理代としてあげたようだった。彼らは優しいお姉様たちに感謝だな。


 素材の剥ぎ取りを終え、野営地に戻ったのだが『灼熱の戦姫』のお姉様たちの視線が熱い。舐め回すように俺たち2人を見ている。野郎たちと違って、見ているのは俺たち兄妹の体そのもののようだ。無駄な脂肪のない引き締まった体、筋肉の動きや身長・体重などから色々分析している気がする。これまでローブで隠れていた武器や防具なども分析対象になっているみたいだ。


「お姉様たちの視線がえっちーです。恥ずかしいのであまりジロジロ見ないでください」


 おちゃらけて言いながらマントを羽織ったのだが意外に受けたようで、装備や体を隠したことを突っ込んで聞いてこなかった。


「リョウマ君たちのそのマントは、うちのコリンの羽織ってるマントと同じような特殊な効果が有るのかな?」

「特殊な効果とはどんなものですか?」


 マチルダさんがずっと気になっていたと聞いてきたのだが、他の皆もこの暑いのに頭からフードまで被っているのだから当然そうなんだろうと思っているようだ。


 俺の質問にはコリンさんが答えてくれた。

 コリンさんは『灼熱の戦姫』の魔法使いで、火と土魔法が使えると教えてくれた。


「マント内を一定の温度に保つ効果がある、付与魔法の効果が付いているのです」


 なんとエアコン魔法に似たエンチャントがあるようだ。詳しく聞けば凄く便利だというほどの物でもなかったのだが、暑い夏場にはとても重宝されるものだといっている。しかも家が買えるほど高い物のようだ。

 『灼熱の戦姫』のメンバー内でもコリンさんしか持っていないそうで、なんでも有り金全部使って砂漠の方から来た旅商人が持ってたマントをしつこく粘って売ってもらったのだそうだ。


「そんなエンチャント付与の装備もあるのですね。でも俺たちのはガストの村の雑貨屋で買った普通のマントですよ」


「「「「エッ!?」」」」


「嘘でしょ! この暑いのにそんな訳ないわ! リョウマ君ちょっとそのマント脱ぎなさい!」


 ソシアさんに速攻でマントを脱がされた。

 なぜかソシアさんは俺のマントをクンクン匂いを嗅いだ後に羽織った―――


「暑い!! 信じられない! こんな暑いのに汗ひとつかかないでよく平気でいられるわね?」

「あはは、俺たち兄妹の体質ですかね」


 なんかサリエさんとソシアさんの視線が痛い……なにか疑ってるようだが聞いてこないのでこのままごまかそう。説明が面倒だし、知り合ってまだ2日目の人たちにエアコン魔法を教えてやる気はない。


「ほら、俺たち兄妹は肌の色が白いでしょ? 体質で夏場の強い直射日光は肌が軽い火傷みたいになってしまうので、肌を隠さないといけないのですよ」


「ん、私も色白いので同じ。軽い火傷になる」


 どうやらサリエさんも色白なので、同じような悩みを持っているようだ。

 エアコン魔法教えてあげようかな……ついさっきの知り合って2日目どうたら思ってたことは俺の頭からすっかり消えてしまってた。




「皆、ちょっと聞いてくれ!」


 どうやら夕食前に商隊のリーダーのガラさんから、恒例の明日の予定説明があるようだ。


「明日はいよいよソシリアの森を掠めて通る。森の中心ではAランクの4級の魔獣が確認されている。明日通る街道でもAランクの9級の魔獣が何度か確認され討伐されているが、もし明日Aランクの魔獣が現れたら速攻逃げる。『灼熱の戦姫』のメンバーで対応できるのはBランクまでだそうだ。Aランク魔獣が出たら殿を『灼熱の戦姫』が受け持ってくれるので、商隊を守りながら速やかに撤退するように。それ以外はマチルダさんの判断に任せるとする。何か質問は?」


 ここでシルバーランクのアタッカーの手が挙がった。


「質問ではないのですが、双子の兄妹に少しだけ不満があるので良いですか?」

「それは皆の前で話す必要がある事かね? もし個人的なことなら後で兄妹に話せばいいと思うのだが?」


「護衛に関することなので、皆にも意見を聞きたいと思っています」


 俺たち兄妹に対する不満なら聞かないわけにもいかないだろう。なにせ今回が初の参加なのだから、不満に思うようなことを知らない間にやっているという話になる。これは今後の冒険者をやって行く上で問題なことなので、自分から聞いた方が良いと判断した。


「あの、今回俺たち兄妹は護衛依頼を初めて受けました。なにか暗黙のルールとかあるのを知らない内に破っていたり、おかしなことをしているのかもしれないので、是非聞かせてください」


「リョウマ君、謙虚なのは良いことだ。じゃあ遠慮なく言わせてもらう。護衛任務なのに君たちは一切魔獣の討伐に参加していないだろう? それで護衛任務と言えるのか? おかしいだろ? 俺たちもブロンズ組のPTも怪我や装備品の消耗で赤字に近い。君たちは一切無傷で護衛報酬だけを得ている」


 なんだかずれた不満のようだ……ここにいる野郎どもは、最初はともかく特に嫌な奴はいない。フェイに対する嫌な視線もすぐに改善してきたし、それなりに常識のある奴ばかりだ。


 どう言えば角が立たないか考えたが、そもそも不満の原因がちょっとずれているのだから上手く言えるはずもない。ストレートに返すしか思いつかなかった。


「うーん、角が立たない言い方が思いつかないのでストレートに俺の考えを言いますね」

「ああ、是非君のそのストレートな考えとやらを聞かせてくれ」


「俺たち兄妹が戦闘に参加しないのは『灼熱の戦姫』のメンバーと同じ気持ちです。上から目線で悪いのですが、今更小銭を稼がなくても、この護衛依頼が終えてバナムの町に帰ればオークキングの討伐報酬と誘拐盗賊犯を奴隷商に売ったお金と討伐報酬やら領主からの特別報酬とかで億近いお金が入ってきます。オークとか、食べて美味しい食材になる肉などなら参加したいですが、虫等はいくら美味しくても、俺は食べる気にはならないので、あなたたちが魔石や素材で稼ぎたいと言うから俺たちは別に要らないと判断したのです……」


「お前の言う通り、随分上から目線な考えだな」

「もっとぶっちゃけて言わせてもらえば、怪我や赤字云々も俺からしてみれば『はぁ?』ってな気分です。だってあなたたちが弱いから怪我をしたり装備品が損耗するのでしょう? 俺ならキラーマンティスじゃ掠り傷すら負いませんよ? フェイでも視界に入った時点で倒してしまいます」


「君たちはそこまで強いと言うのか?」

「伊達に2人で500頭以上からなるオークキングの集落を落としていないですよ。戦闘に参加しないのに不満があるのでしたら今後参加しますが、共闘はしません。ソロで余裕で倒せるのに共闘する意味がないですからね。それに魔石1個で揉めるのも嫌ですし」


「兄様! 最後の一言は余計です!」

「うっ……確かに。ごめんなさい、最後のは余計な一言でした。それで、どうします? 俺たちも戦闘に参加します? あなたたちは一切魔獣に触れることさえできなくなって、利益は今後無くなりますよ」


 ここで口を挟んできたのが他のPTの男たちだった。


「俺たちブロンズ組はできるだけ沢山自分たちで狩りたい。俺はリョウマ君の言う通り、怪我や装備に関しては自己責任だと思っている。その為に前衛2名、回復を含めた後衛2名のパーティーをブロンズランクにも拘らず早期で結成しているんだ。俺たちに足りないのは経験とレベルだと思っている。リョウマ君から見て俺たちのPTはどう見える?」


「凄くバランスの良いパーティーだと思います。足りないのはあなたの言う通り経験ですね。カマキリの鎌にビビってましたし……あの時、冷静に対処してればあなたたちだけで狩れていたと思いますよ。他にメンバーを集めるなら、『灼熱の戦姫』のサリエさんのように遊撃や罠解除ができる斥候役と、支援系の魔法使いがほしいところですね。マジックバリアがあれば怪我もなく安定した狩りができるようになりますよ。それとヒーラーさんはレベル上げとMP量の増加が必要ですね」


「反省会で君と同じ意見が出たよ。なにかMP量を増やすコツとか知ってるか?」

「ええ、毎日地道にコツコツと、しかもかなりきついですがありますよ」


 この発言には『灼熱の戦姫』の魔法使いも参加してきた。


「量を増やすコツとかあるのですか?」

「皆も知っているはずですよ? 寝る前にぎりぎりまで魔力を消費するんですよ。毎日繰り返せば少しずつ増えていきます。1年もやれば実感できるのですが、それまでにきついから皆、止めちゃうらしいですけど。吐き気や目眩は当たり前ですからね。やり過ぎると気絶しちゃいますし。安全な町中でしかできないです。その辺は上手くやってみてください」


「それって都市伝説的な噂じゃないのか?」

「いえ、事実ですよ。確実に増えていきます。幼年期の頃の方が伸び率は断然良いのですが、死ぬまで容量は増えるので場所的に安全な町中なら日課にした方が良いです」


「そうなのか……頑張ってみるよ。貴重な情報をありがとう」

「話がずれちゃいましたが、他の人はどうなんでしょう? 俺たちは戦闘に参加した方が良いです?」


「俺たちのパーティーもできれば譲ってほしい。経験値も素材も沢山欲しいからな。でも、危なそうな時に助けてくれたら有難い」


「勿論ヤバそうなら、すぐに手は貸します」


 その後の話し合いで、結局戦闘には参加しないでくれとの意見が多かったので不参加になった。ヤバそうなら助けるという条件を付けられたのだが、勿論最初からそのつもりだった。同じ旅仲間が死ぬところなんか見たくないしな。


 ガラさんの話も終え、各パーティーごとの食事の時間になった。


 今日の夕飯のメニュー

  ・オークのトンカツ

  ・オークの生姜焼き

  ・生野菜のマヨネーズサラダ

  ・コンソメスープ

  ・米飯もしくはパン

  ・バナナオレ

  ・苺のショートケーキ



「ん! うまうま♪」

「ふぁー、幸せー♡」


 皆、美味しく食べてくれた。


「さっきのトンカツなんですが、パンにも良く合うんですよ。キャベツやレタスを一緒に挟んでソースをかけて食べると中の肉汁がでて最高に美味しいですよ」


「ん! いますぐ食べたい!」

「エッ!? さっき夕飯食べたばかりじゃないですか!」 


「ん……でも、食べたい……」


「今日はもう、お終いです。食べ過ぎは良くないと言ってるでしょ? 明日のお昼はそれにしますか? オークジェネラルの方がパンに合うので在庫から出してあげますよ」


「「「ジェネラル!?」」」

「ん! ジェネラル食べたい!」


「皆も明日のお昼はカツサンドで良いですね?」



 夕飯も終え、いよいよサリエさんへの個人授業を始めるのだったが、ログハウスの中に招待したサリエさんは授業どころではなかった。

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