4-8 シルバーウルフ

 ログハウスに招待したサリエさんのはしゃぎっぷりがヤバかった。

 サリエさんの靴を脱がし、ログハウスの中に招き入れた。日本人の俺からすれば当然のようにログハウス内は土足厳禁だ。


 この世界では危険が多い為、すぐに行動ができるようにと当然靴なんか悠長に脱いで素足でいることは殆んどない。例え街中でも、せいぜい風呂と寝る時ぐらいだ。


 清潔で綺麗な部屋にまず感動し、台所に行き現代風のシステムキッチンを見て口をあんぐり開いていた。更にベッドの快適さにこっちを見て、ベッドを欲しそうにしている。トイレの扉を開いてこれは何だと質問攻めにあい、風呂を見て「入る!」と服を脱ぎ騒ぎだす始末。


 仕方がないのでとりあえずフェイと風呂に入ってもらうことにしたのだが、シャンプー・コンディショナーをして出てきた時には「ん! リョウマと結婚する!」と言って収拾がつかなくなっていた。結界の外ではソシアさんが「サリエさんだけずるい! 私も中を見たい!」と騒いでいるのが聞こえてくる……カオスだ。


「兄様……こうなるのは分かっていたでしょう。だから最初にログハウスのことは秘密にしようと話し合ったのではないのですか? 何故、今更サリエさんだけ教えちゃうのですか? フェイにはさっぱり解りません!」


 フェイはご機嫌斜めだ。確かに護衛任務前に、騒ぎになって説明するのも面倒だから、任務期間中の野営ではテントを使うようにしようとフェイと話していたのだ。


「とりあえずソシアさんどうしようか? あのままほっとくのもどうかと思うのだが?」

「知りません。兄様の好きなようにすればいいじゃないですか。どうせ話し合っても無駄なんですし」


 フェイは相談なしで他人をログハウスに招き入れたことが許せないようだ。フェイからしてみれば、ログハウスは持ち家と同じレベルで大事な場所なのだろう。俺的にはテント代わりの物なのだが、フェイにとっては神竜の森の神殿以外ではここが全てなのだ。


 ちょっと悪い事したなと思ってフェイを見ていたのだが……【周辺探索】の魔法に反応が出た……魔獣だ。

 フェイも同じくキャッチしたようで、どうするの?という顔でこっちを見てる。


「とりあえず、マチルダさんに報告するか。サリエさん、魔獣です。シルバーウルフ3匹とシルバードック10匹の群れです」




 皆を広場に集め、詳しく報告した。


「魔獣は現在8キロ先から剥ぎ取りを行った場所に向かっているようです。この場所に気付いてこっちに来るかは未定です」


「早期に分かって対処できるのは有難いな。こっちに来なければ来ないで良いに越したことはない。でも、シルバーウルフか……毛皮が良い値で売れるんだよな。できればうちの商会で売り捌きたいな」


 商隊リーダーのガラさんの意見である。マチルダさんはと言うと。


「シルバーウルフだとブロンズ組には少し荷が重いかな。こっちに来たら我々『灼熱の戦姫』で狩りますね。シルバー組はどうしますか? 無理そうなら私たちだけで対処しますが?」


 そもそも追尾組は無理なら戦闘に参加しなくていい……お姉様たち頼もしい。


「できれば一匹まわしてもらえれば有難いですが、シルバードックが10匹もいるなら手一杯になりそうです」

「俺たちブロンズ組もシルバードックだけでギリギリです」


「ちょっと『灼熱の戦姫』の皆さんに相談良いですか?」

「何ですリョウマ君?」


「報酬は護衛全員で均等割り、毛皮はこの商隊に相場で売るということにして、狩りの参加者はシルバー組6人とブロンズ組4人の10人プラス、フェイで狩らせたいのですがどうでしょうか?」


「リョウマ君、俺たちを殺す気か? 無理だよそんなの。シルバードックだけで手一杯だ」


 以外にもシルバー組から拒否された。


「無理な事は言いませんよ。オリジナル魔法の【プロテス】魔法と【マジックシールド】と【ヘイスト】を掛けてあげますので実質怪我は全くしない筈です。『灼熱の戦姫』からはサーシャさんだけ参加してもらって、弓で止めは刺さずに足止め程度に援護射撃してくれればいいかな。フェイも初級のサンダー系で足止め程度の援護でいいはずだ。【マジックシールド】が切れる前に追い掛けしてあげればいいだろう」


「本当に10人だけで可能なのか……」


 シルバーランクPTのメンバーは不安げに俺を見ているが、シールドがあるなら可能なのかなと思い始めているようだ。


「俺かフェイどっちか1人で20秒もあれば簡単に討伐できるのですが、あなたたちは経験値とお金が稼ぎたいのですよね? 『灼熱の戦姫』の人たちも稼ぎに来ているのですから、お金になる魔獣は流石に全部は譲ってくれないですよね? なので報酬は人数で均等割りにして、経験値はブロンズとシルバー組で倒してもらっちゃうのが一番良いと思うのですが。どうでしょうか?」


「私としてはそれでいいですけど、彼らだけで大丈夫なの? それに、あまりチマチマやってると毛皮に価値が無くなっちゃうのよ?」


「俺の【マジックシールド】はかなり優秀な魔法です。物理だけじゃなく魔法攻撃のダメージも一定数値まで無効化してくれます。物理防御力が上がる魔法も重ね掛けしておきますから、余程のことがない限り怪我を負う事はないと思いますよ。毛皮の傷みは、彼ら次第ですけど……」


「もし10人だけで倒したら、俺たちのPTは全員ブロンズからアイアンランクに昇格できる」


「そうなんですか? なら丁度いいじゃないですか。ちなみに『灼熱の戦姫』のようなクラン名とかないのですか? ブロンズPTとかブロンズ組とか言うのもなんですし、あるなら教えてください」


「俺達ブロンズ組は王都の学校で知り合った同級生なんだ。貴族じゃない者同士で集まっているうちに仲良くなって、卒業後もPTを組まないかという話になって、それじゃあ折角だから冒険者の町バナムに行こうとやって来てまだ数カ月なんだ。決めてあるクラン名はあるけど、せめてアイアンランクになってからにしようってことで今はまだ名乗るクラン名はないんだ」


「あれ? 王都の新卒とかだとソシアさんと同じじゃないですか?」

「ああ、そうだよ。彼女は魔法科のAクラスだったけど。俺たち前衛職は騎士科、後衛職は魔法科のCクラスだからソシアさんは多分知らないと思う。同期でソシアさんのことを知らない人はいないだろうけどね」


「言われてみれば、合同練習の時にあなたを見た気がします。それよりなんで私のことを知らない人がいないのですか? リョウマ君みたいに目立つことはしたつもりはないのですが?」


「エーッ? ソシアさん、学年でもとびきりの美少女で有名だったじゃないですか! 俺のいた騎士科ではかなりのファンがいたよ!」


 ソシアさんは照れているが、狼たちに動きがあった。


「あ! 匂いを見つけたようです。あいつらこっちに来ますね。結局どうします? 俺の提案はあなた達が好感を持てる人たちだからのお節介なのですが、別に俺が瞬殺してもいいですよ?」


「できればシルバーウルフは『灼熱の戦姫』で狩ってほしい。毛皮に傷が付いたら売値が下がってしまう。良い状態で俺に売って欲しい」


「ガラさんがああ言ってますので、シルバーウルフ3匹は俺が相手しますね。残りのシルバードック10匹を10人で狩って経験値を稼いでください。それでいいですか?」


 全員が同意したので、すぐにマチルダさんの指示で配置に着くことになった。


 まず商人は大型馬車一カ所の中に集まった。それを『灼熱の戦姫』のメンバーが護衛する陣形をとるようだ。迎撃部隊のメンバーはやってくる方向も分かっているので、盾職を前面に配置し、アタッカーが2列目に、最後に魔法使いが並んだ。


「距離が1キロ切ったので、支援魔法を入れます。慣れてないと【ヘイスト】に違和感があるかもですので、無理に突っ込まないで最初は様子を見てください。30m辺りでウルフ3匹をサンダー系の魔法で俺がやっつけますので。それまでは我慢して手出ししないでくださいね。俺の魔法発動を合図にに逃がさないように全員でやっちゃってください。では支援魔法入れます」


 俺が【マジックシールド】を無詠唱の多重発動で攻撃部隊に掛け、フェイが【プロテス】を無詠唱で掛け、闇属性中級の【ヘイスラ】を俺が皆に掛けた。最後に20個程頭上に【ライト】を浮かべて周りを明るくして完了だ。


 ちょっと多かったのか、昼の様になってしまったが、まあ薄暗いより良いだろう。


「無詠唱の同時発動……リョウマ君どういうことだ?」

「すぐやってきます。気を引き締めてそっちに集中してください」


 案の定皆の注目を集めてしまったが、それこそ今更だ。

 かなり目立つログハウスを見せた時点で規格外なのだ。【多重詠唱】も今後使う予定なのだから、バレるのも早いか遅いかの違いでしかない。それならあまり五月蠅くないこのメンバーでお披露目したほうがいいだろう。


「お! 来た来た! うわーすげーおっかない顔してる! 皆、我慢ですよ」


 ブロンズ組は正直腰が引けていた。

 牙を見せ、うなり顔のウルフはかなり狂暴に見えるのだ。正直俺もおっかない。


 俺がウルフ用に選んだのは上級魔法の【サンダガスピア】だ。これを頭に叩き込めば毛皮は無傷で得られるはずだ。中級でも倒せるのかもしれないが、なにせ経験がないからどれくらいの威力で倒せるかが分からないのだ。30mを切ったぐらいで【サンダガスピア】を発動、キャンと鳴いてウルフ3匹は早々に沈黙した。


 俺の魔法発動を合図に、前衛組が飛び出したのだが、ヘイスト効果にびっくりしたようで何人かが行き過ぎてしまっていた。移動速度も剣の手数もいつもの倍近くできるのだ。


 戦闘に関して特記することはなにもない。

 なにせフェイの支援も結局必要なく、1分程で全員無傷で狩り終えていたのだ。


「「「「……………………」」」」


「あの……皆さんどうしました?」


 答えてくれたのはシルバーランクのリーダーさん。


「強力な支援魔法があると、これほど楽に狩りができるのかと思ってね」

「そうですね。オークの集落を狩った時、オークプリーストが必ず【マジックシールド】を使っていましたから、皆も当たり前のように持っているものだと思っていました」


「オークプリーストが【マジックシールド】を持ってるのは謎なんだよね。下位の魔獣だし、本来はもっと簡単に人間も使用できるんじゃないかって魔法科の研究者たちも躍起になってるんだけど、進捗はよくないようだね。現状では回復魔法持ちよりレアスキルなので、リョウマ君は貴重なスキル持ちなんだよ。【ヘイスト】も闇属性だから初級魔法でもかなりのレアスキルだよ」


「そうなんですか? でも、その辺は聞かれても困るので秘密にしておいてください。それより剥ぎ取りとかどうされるのですか?」


「明日の早朝にしようかと思ってます。朝日が昇るころに少し早起きして私たち『灼熱の戦姫』が責任を持ってウルフの剥ぎ取りをしますね。折角、傷無しの毛皮が手に入ったので、剥ぎ取りも慣れた人がするのがいいでしょう。残りのメンバーでドックの剥ぎ取りをします。その間の商人たちの護衛はリョウマ君たち兄妹でお願いできるかしら?」


「俺はそれでいいですけど、護衛を俺たち兄妹だけに任せていいのですか?」


「今更何言ってるんです。最初は私も見くびって、リョウマ君たちを『井の中の蛙』とか言ってしまいましたが、キング討伐は伊達じゃないんですね。正直規格外すぎて少し凹んでます。私たちなどまだまだなんだと実感しているところです」




 レベルアップ系パッシブは全部切っていたのだが、レイドPTを組んでいた為、2名レベルが上がったと盛り上がっている。しかもなぜかシルバーランクPTのメンバーが泣いている。


「あの、どうしたんですか? なにか俺まずいことまたしてましたか?」

「リョウマ君か、いや恥ずかしいとこを見られてしまったな。実はレベルが上がったのはうちの回復担当の奴で、レベルアップと同時に6つもスキル習得出来たらしいんだ。しかもその中に中級の【アクアラヒール】【アクアラキュアー】が含まれていたので感極まって泣いてしまったんだ。念願の中級回復もそうだが、中級の毒消し魔法はPTとしても有難いんだよ。これで内のメンバーの生存率がぐっと上がるのは間違いないからね。中級魔法の攻撃も手に入れて火力もアップされたんだ。俺たち泣いてもいいよな」


「あはは、おめでとうございます。PTにとっては泣くほど嬉しいですね」


「あいつは今回レベル28になったんだが、正直俺は半分諦めかけていたんだ。普通中級はレベル20前後で習得するだろ? あいつももう無理なんだって思っていたらしい。だから尚更嬉しかったようだ」


「習得には個人差があるとは聞いてましたが、種族レベル28ですか? でも、遅咲きの人はその分威力があるって聞いてますけど、その辺はどうなんでしょう?」


「まだ実証してないから判らないが、かなり期待できるんじゃないかな。レベル28になってからというのも珍しいからな、早い奴なら上級魔法を習得出来てもおかしくないレベルだ。実は実証前なんだが、高威力なのをPT全員が期待している」


 シルバーPTのリーダーさんは凄く嬉しそうに語ってくれた。

 嬉しそうな笑顔は見ていて気分いいよな、フェイも楽しそうにしているし、やっぱ旅はこうじゃなきゃね。

 

 先に魔石だけ取り出して、商人たちで鑑定してくれたようで、毛皮の剥ぎ取りが綺麗にできたら、一人当たり2万7千ジェニーになるそうだ。一番喜んだのがブロンズPT。『赤字が解消されたー!』と叫んでいた。


 『灼熱の戦姫』のメンバーは何もしてないからと受け取りを拒否しようとしていたので、最初からそういう条件だと言って、明日、早朝の剥ぎ取りで頑張ってくれれば良いと受諾してもらう。高ランクパーティーはいること自体が安心感に繋がるんだしね。


 この場は解散となり、明日の朝5時に集合になった。



 肝心のサリエさんの個人授業なのだが、ソシアさんが絶対私も行くと俺の服の裾をがっしり摑んで息巻いてる。

 ちょっと可愛いので意地悪したくなってきたが、フェイに怒られそうなのでどうしたものか今現在思案中だ。

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