4-6 クラン『灼熱の戦姫』シーフのサリエさん

 お昼になり、休憩地点で馬に水をやったり昼食の準備をしたり、各個人で自分の役割の仕事をこなしていた。

 うちではフェイがテーブルや椅子の準備をし皿を並べる係になっている。椅子などはフェイのインベントリに入れているのでちゃんと役割分担できているのだが、できる事なら料理も覚えてもらいたいものだ。


 技術系の熟練度は、レベル10に強制的にポイントで上げても、剣術と一緒でやり方は解っているのに技能が伴わないという現象が起きる為、まったく練習しないフェイの料理ははっきり言って不味い。


 前にオーク肉を焼いてもらっていたら、肉じゃなくログハウスをもう少しで焼かれるところだった。フェイの言い訳を聞いたら、肉をフランベしようとしていたのだと言う。知識だけで技能が伴ってないので、火が予想以上に上がった為それに驚き、持っていた度数の高い酒をそのまま振り撒き引火したそうだ。幸い俺たちは魔法が使えるのですぐに消化した。

 燃えたのは撒いた酒のアルコール分だったため被害はなくて済んだのだが、それ以来フェイは料理をあまりしようとしなくなった。



 俺は皆から少し離れたところにログハウスを召喚し、台所で氷入りの冷えた水とアイスクリームを器によそって準備してインベントリに収納してから皆のいるテーブルに戻ったのだが……何故か一人多い。ソシアさんは契約済みなのでいいとして、ちっこいのがソシアさんの隣に座っている。


 150cmのフェイより小さいので140cmほどだろうか……かなりのちみっこだ。

 地面に足が付いておらず、椅子の上でプラプラさせている……つま先がかろうじて着いている感じだ。なんか子供っぽくて可愛い。


 『灼熱の戦姫』のシーフで偵察と斥候担当だと言っていた。名前は確かサリエさん。


 黒髪ショートで全てがこじんまりしている人だ。自己紹介の時に23歳とか言っていたが、見た目的には13歳くらい?俺やフェイと見た感じでは変わらない。ソシアさんの方を見たら申し訳なさそうにしている。


「あの? ソシアさん? この人、確かあなたの仲間のサリエさんでしたよね? 何故ここに?」


「ん!」


 サリエさんは小さな手を俺に突き出してきて一言だけ『ん!』っと言った。

 それじゃ分からないのですが? サリエさんも食べたいのかな?


「リョウマ君ごめんなさい。私がご飯をこっちで食べさせてもらうことを言ったらサリエさんが私もって聞かないんです。手間や材料のこともあるからって言ったんですけど、聞くだけ聞いて欲しいって」


「サリエさんもこっちで食べたいのですか?」


 ずーっと手を付きだしたままでこっちを見てる。

 なるほど……小さな手の平には金貨が1枚握られていた。ソシアさんから1万ジェニーで契約したことまで聞いているようだ。


「ん……ソシアは美食家。その彼女が美味しいって」

「1万ジェニーは安くない金額だと思いますが、皆の口に合うとは限りませんよ?」


「美味しくないなら、止めるだけ」


 金貨を握った手をまだ俺に向けて出したままだ。

 いいでしょう! この人なんか可愛いし。


「いいでしょう、お受けします。ソシアさんにも言っておきますね。朝はパン・目玉焼き・ウインナーかベーコン・サラダ・スープ・ミックスジュースの軽食。お昼は時間の関係もあるので、基本作り置きの中から見繕ってなにかだします。夕飯は一品は作りますが残りは作り置きから出すようにします。俺の【亜空間倉庫】は【時間停止】機能がありますので、味は作り立てと変わりませんので、色々変わった品を出したいと思っています。期待していてください」



 お昼の献立

  ・オーク肉で作った酢豚

  ・オーク肉たっぷりの餃子

  ・サラダ

  ・卵スープ

  ・米飯

  ・食後のバニラアイス


 初回なので気合を入れてちょっと中華風に攻めてみた……この世界ではない品ばかりだ。


「リョウマ君、この甘酸っぱいタレがかかっているモノはオークのお肉ですか?」

「そうです、一度揚げた肉を野菜とタレに絡めて炒めたものです。酢豚と言いますが、味はどうですか?」


「初めて食べる味ですが、とても美味しいです!」

「ん! 美味しい!」


「あの……私までいいのですか? 確かに1万ジェニーの価値はあるのですが、貧乏な私では払えないです」

「実はデザートのことでちょっとサクエラさんには申し訳ない気もありまして……」


「餃子も美味しい!」


 ソシアさんには俺たちの話はどうでもいいようで、『灼熱の戦姫』の2人は美味しそうに食べてくれている。どうやら餃子も好評のようだ。


「では、最後にデザートです。今日は暑いのでアイスクリームという冷たい甘味にしますね」


 『灼熱の戦姫』のメンバーはノックアウト状態だった。特にサリエさんは指を器に突っ込んで舐めている。そこまでするならお替りあげますよ。


「さっきのはバニラクリーム、今度のはチョコレートクリーム味です。冒険者なのでそうそう太ることはないと思いますが、栄養価が高いので食べ過ぎると太っちゃいます。それにお腹も冷えるので、今回はこれで最後ですよ。食べ過ぎは良くないですからね」



「この器は……そうですか。リョウマ君でしたか、ガスト村でプリンというモノを配られた人は」

「ええ、俺が悪いってわけではないんですけど。やっぱりちょっと申し訳ないって気が無きにしも非ずってなわけでして。せめて食事だけでも遠慮せずにサクエラさんは食べてください」


「君の言う通り、リョウマ君に非は全くないのですよ? それでも食べさせてもらって良いのですか?」

「これも何かの縁だと思うのですよ。器の事といい、回復剤の事といい、偶然にしては重なりあってますよね?  俺、凄く運が良いのですけど、この出会いも何か俺に利が有るのだと思うのです」


「そうかもしれないですね。お互いにとって良い出会いだと信じましょう。その方が良い事有りそうな気がします」


「ん、良い出会いにするか、悪い出会いにするかは、当人次第」


「これ、アイスだけでも金貨1枚の価値はあると思うよ。酢豚も餃子も初めて食べたけど、凄く満足したわ。私にとって、リョウマ君との出会いはとんでもなく良い出会いだわ」


「ん! 酢豚うまうま」


「それは良かった。今日の夕飯なんですけど、肉と魚どっちが良いですか?」


「「「肉!!」」」


「即答ですか! 魚も美味しいですよ? 一度素揚げしたものに、玉ねぎと人参を一緒に炒めた甘酸っぱいタレをかけたモノとかは、身は白身のホクホクで外はカリッと素揚げしているので臭みもないですしね」


 サリエさん涎が垂れていますよ。フェイも美人がそんな顔しちゃいけません。ソシアさんは変な笑い顔してるし。色々とダメな女性たちだ。



 周りの欲しそうな視線が痛かったが、無視して食べた。

 商隊長の商人さんの視線が結構鋭かった……ログハウスにも興味ありげだったので、要注意だ。


 食べ終えた頃に、リーダーのマチルダさんがやってきた。


「リョウマ君、ソシアだけでなくサリエまで迷惑かけてごめんなさい」

「二人とも可愛いですから別にいいですよ。それに、これは料金を貰った契約なので、マチルダさんが謝ることでもないです」


「その言い方だと、可愛くなかったらダメとも聞こえますが?」


 なんかジト目で睨まれてるが、大事なことなのではっきりしておこう。


「そんなのあたりまえじゃないですか。可愛くもない人の為に料理を作るわけないじゃないですか。俺、料理人じゃないので、どうでもいい人にはお金を貰っても作らないですよ」


「ん、私、可愛い?」


「ん、サリエさんは超可愛い」


 ちょっと真似して言ってみたら、ほっぺを膨らませて怒っている。マジ可愛いじゃないですか!


「君が良いならいいのですけど、ソシアもサリエもあまり無理言っちゃダメですよ?」


「ん、分かってる」

「リーダー、心配し過ぎです。子供じゃないのですよ」


 食器を洗おうと思いログハウスを出そうとしたら、ナビーが声を掛けてきた。


『……マスター、ついさっき全自動食器洗い乾燥機が完成しました。なので食器類はインベントリの調理工房の洗い場フォルダに放り込むだけでいいです。汚れた食器も10分ほどで元の食器置き場のフォルダに収納されます』


『頼んでないのに、そんな良い物作ってくれたのか?』

『……最近忙しそうにしていますし、インベントリにそのままの時もありましたので勝手ながら造らせてもらいました』


『そうか、ありがとうナビー。意外と主婦の仕事も時間かかるんだよな、フェイに洗い物をさせるとすぐ割っちゃうし……助かるよ。【クリーン】の魔法でも良いんだけど……なんか綺麗になった気がしなくてな』


『……むしろ【クリーン】魔法の方が雑菌処理もできて優秀なのですよ? 食器洗い機に掛けた後、滅菌も兼ねて【クリーン】は行っています』



 食器洗いの時間が無くなったので、空いたお昼の休憩時間に乾いたテントを畳んでいたら、あっという間に出発時間がきてしまった。もうこのテントは使う事はないだろうと思いながら、インベントリに収納し出発した。


 今日の午後からの移動は3時間ほどらしい。気分的に皆余裕があるのか速度もそこそこ出ている。到着後は面倒な剥ぎ取りがあるのだが、皆、気にした様子もない。俺みたいに自動剥ぎ取りしてくれる工房がインベントリ内にあるとか、そんなチートなことはないから、剥ぎ取り作業は冒険者なら当たり前のことなのだろう。



 移動中にサリエさんが馬で横に寄って来たので何だろうと思っていたら、馬の背をポンポンと叩いで俺に乗れと言っている。昨日、乗ってみたいと思っていたので喜んで乗らせてもらった。俺が抱え込むようにサリエさんの後ろに乗って手綱を持っている。どうやら馬の乗り方を教えてくれるようだ。


「あー! 兄様だけずるい! フェイもお馬さんに乗って見たいです!」


 フェイはソシアさんが来てくれて、そっちに乗せてもらえることになった。

 急遽乗馬の練習ができるという美味しいイベントが発生した。しかも、ちみっ子可愛いサリエさんの指導なのだ。他の冒険者たちの恨みがましい視線が痛い。現代なら『リア充爆発しろ!』って声が聞こえてきそうだ。


 サリエさんの馬はとても大人しく利口な馬で、初めての俺でもちゃんと言うことを聞いて指示通り動いてくれた。おかげで2時間ほどで走らせるだけならできるようになっていた。


 フェイの方なのだが、最初は馬がフェイのことを怖がっているようだったが、30分もしないうちに乗りこなしていた。『なんでじゃー!』と思ったのだが、フェイは馬の心が読めるのだから意思疎通は俺なんかよりずっと早くできるようになっていたのだ。この辺は流石に神竜なんだなと思ってしまう。


 サリエさんは『灼熱の戦姫』の斥候で探索スキルを持っている。俺に乗馬を教えながらでもちゃんと警戒はしているようで、サリエさんの探索範囲エリアに魔獣が入ったら即座にマチルダさんに報告を入れている。


 数や大体の種類まで分かるようでなかなか優秀なのだが、探索エリアが500mほどしかないのが若干残念だ。500mだと場所が平原なら目視の方が先に見つけてしまいそうだ。

 それでも隠れている盗賊や魔獣なんかも漏らさず感知できるから、メンバー内からもこのスキルはかなり信用されているようだった。


 昼からの移動で何度か戦闘があったが怪我人もなく、もうすぐ今晩の野営地に着くかという時にサリエさんがそれとなく聞いてきた。


「ん、リョウマ教えて……時間停止の【亜空間倉庫】どうやったら習得できるの?」


 『灼熱の戦姫』の倉庫担当もサリエさんが受け持っているようで、俺がどうやって時間停止付きの【亜空間倉庫】を習得したのか、なんでもいいからコツとかがあるなら教えてほしいのだそうだ。


「サリエさんは今いくつぐらい収納容量があるのです?」

「ん、5×10×2で重さは5000kg程までいける」


 ステータス画面での表示上、横5マス、縦10マスが1枠になっている。

 サリエさんは2枠有るって事だな。


「100個収納可能で、5tとか、かなり優秀じゃないですか。1マス約50kgですね」

「ん、メンバー以外は内緒。勧誘が凄くなる」


「でしょうね、運送屋ができるほどの収容量ですからね」

「ん、リョウマ、教えて。お金ならいくらでも払う」


「俺、お金には困ってないですよ」

「ん、リョウマになら体で払ってもいい……」


「あはは、何言ってるんですか」

「ん! 本気!」


 参ったな……下手なこと言えないし、どうしようかね。


『ナビー悪い、サリエさんが時間停止機能のインベントリを習得できる可能性はあるか?』

『……今のままだと、容量は増えますが無理ですね』


『そうか、残念だ。こればっかりは仕方ないよな』

『……ですが、マスターがコツを指導すれば5年以内に開花するでしょう』


『え? そうなの?』

『……はい。彼女、闇属性の才能は元々高いのです。足りないのはイメージ力と信仰心です。ヴィーネにもっと感謝するようにマスターが誘導してあげれば、遅くても5年後には習得できそうです』


「ん、私じゃダメ? ちなみにまだ処女。行き遅れ……」

「サリエさん、まだ23歳でしょう? 行き遅れってことはないでしょうけど……」


「ん、普通は10代で結婚する。『灼熱の戦姫』メンバー、年齢的に言えばソシア以外行き遅れ……」

「そうなんですか?」


「ん、私じゃ魅力ない?」

「何言ってるんですか? 魅力満点ですよ。でも俺はまだ結婚とかはしたくないので、無償で教えてあげます。でも習得できるかどうかはサリエさん次第ですよ? ちゃんと俺の言う通りにやれば5年以内に時間停止の【亜空間倉庫】を習得できるでしょう」


「ん? 5年以内とかなんで言えるの?」

「俺には才能があるかどうかがかなりの精度で分かっちゃうんですよ。もしサリエさんに可能性がないならはっきり断っていました」


 ナビーのおかげなんだけどね……そういうことにしておきましょう。


「ん、私は可能性ある?」

「5年以内に獲得できる可能性100%です。でも俺の教えることは秘密にできますか? 『灼熱の戦姫』のメンバーにもです」


 本当は秘密にすることなど何もないが……特別感を出すために、ちょっと勿体ぶってみた。


「ん! 秘密は守る」


「じゃあ夕飯後に、俺のログハウスで教えましょう」

「ん! リョウマありがとう」



 食後に教えてあげることにしたが、凄く嬉しそうだ。習得できたら腐ることがなくなるので食に困らなくなるし、狩った素材も腐ることがなくなるので、剥ぎ取りなど後にして詰め込んでおくだけでもよくなるのだ。狩りの効率も上がるし、良い事ばかりだ。



 自分でも、可愛い女の子に甘いなと思うのだが、男の性なので仕方ないと割り切って、少し習得のコツを教えてあげることにした。

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