4-5 雨の日のテントでの野営はごめんなさい

 夕食後、商隊のリーダーであるガラさんから簡単な方針が伝えられた。


「今日と明日狩った素材の剥ぎ取り、解体は明日の野営地で行う。近くに小川があるのでそこが次の野営場所だ。水の補給も兼ねているので忘れないように。順調に着けば16:00頃には着くので剥ぎ取りの時間が取れるだろう。4人ほどレベルアップしたようで一応おめでとうと言っておこう。今晩は大変だろうから早く寝るように」


 マチルダさんが根回ししてくれたのか、視線は感じるが昼の時のようにフェイにちょっかいをだす冒険者もいなくなり、いくらか落ち着いて過ごせるようになっていた。


 初日の今日は、レベルアップ者が4名も居るということで『灼熱の戦姫』のメンバーが夜間の見張りをやってくれるみたいだ。明日以降は21:00~5:00まで2時間ずつの4交代で行うようになる。見張りは2名で行うため見張りに立たなくてもいい日も出てくるのだが、一番最終の朝方の見張りはちょっときつそうだ。早朝3時起きになってしまうため、どうしてもお昼に眠くなりそうな気がする。フェイとか大丈夫か心配だ。今日は見張りもないのでさっさと寝ることにした。


 深夜フェイのガジガジ攻撃で久しぶりに起こされた。しかも起こされた後が悪い。うるさくて寝れないのだ。うるさい原因は2つ、1つは雨音。ビニール製でないからまだマシなのだろうが、この撥水布も雨が当たるとバラバラとうるさい音がする。木の下なので風で枝が揺れ、時々大きな雨粒が落ちた時は凄まじい音がするのだ。


 2つ目は時間的に起こった、レベルアップ者のうめき声。レベルアップ痛でうめいてる冒険者たちの声がテントが近い事もあって何気に耳に付くのだ。


 【音波遮断】を使おうかと思ったのだが、フェイに何かしようと近づいてきた者がいたら対応が遅れると判断し控えていたのに、そのフェイに真っ先に起こされたのだ。最近はベッドが2つある部屋で泊まっていたため、ガジガジ攻撃はなかったのだが、狭いテントの中、いつの間にか俺の横にすり寄ってきて指をガジガジ甘噛みしている。隣でうめいている男たちならご褒美だと喜ぶのだろうが……どうしてくれようこの駄竜。


 その時一際強い風が吹きバリバリバリと機関銃のように大粒の水玉が落ちてきた……かなりの音で流石のフェイもパチリと目を開けた。


「………………あにゅしゃま、ごめゃんなゃひゃい」

「咥えてる指を離してからしゃべれ!」


 何度も言い聞かせていたことなので、現行犯で見つかったフェイは既に半泣き状態だ。おそらく放り出されると思っているのだろう。だがあまりのフェイの間抜けぶりに、さっきまでの怒りは収まってしまっている。


『ナビー、すまない起きてるか?』

『……はいマスター』


『あれ? 今更だけどお前って寝てるのか?』

『……体がないので睡眠は必要ないですが、無駄なエネルギーを使わないように工房を使わない時は休眠モードになっています。ちゃんと意識はありますので、危険がある時や緊急時は休眠モード中でも即時対処可能です』


『そうか【ハウスクリエイト】の『結界内にはPTメンバーしか入れない』という項目を修正してくれないか? そうだな『許可した者以外入れない』にしてくれ』


『……了解しました。それからマスターの刀の試作品が出来上がりました』

『ホントか! どれどれ……おお! 美しいな、これナビーのセンスか?』


『……マスターとナビーの合作です!』

『どういうことだ? 俺は何もしてないが』


『……先日マスターに見てもらった刀のカタログで、マスターが目を止めた物を参考にナビーがさらに手を加えた物です。刀身強化と自動修復のエンチャントしか付与できませんでしたが、あくまでそれは試作なので暫くそれを使ってもらい柄の長さや刀身のバランス調整などして、本打ちをしたいと思います』


『これでも十分良い物だぞ。この護衛任務が終えたら使わせてもらうよ。カリナさんのミスリルがちょっと混じっている鋼の剣より少し軽くなったかな?』


『……はい、長さは3cmほど長くなっていますが、重さは250g程軽量化できています。軽くなった分上段からの切り下げの威力が落ちますので気を付けてくださいね』


『重さがあると威力が上がるのはどの武器もそうだが、剣と違い刀は切ると突く事に特化してるから、俺自身の技術をもっと高めないといけないな。西洋剣は切ると言うより、力技でぶっ叩くって感じだからな』


『あの、兄様? 怒ってますよね?』

『怒ってたけど、刀のことで怒る気も消えてしまった……ナビーに感謝するんだな。わざとこのタイミングで刀を出して、お前から気を逸らすように誘導してくれたんだからな』


『うん! ナビーありがとう! 今日は流石に追い出されるか、羽をむしられるかと思っちゃった。目が覚めたら兄様がこっち見て睨んでたんだもん。怖かったー』


『それ以上思い出すようなこと言ったら、本当に羽を毟るぞ。そう言えばドラゴンの肉は最高級品だと聞いたしなドラゴンステーキとか旨そうだ』 


「こらフェイ、何震えてるんだよ。本当にやるわけないだろ」

「だって兄様食べることになったら、ちょっと引くぐらい本気なんだもん。特にナナちゃんが絡むとドラゴンステーキ食べさしてやるんだとか言って、フェイの尻尾切っちゃいそうで怖いよ」


「いくらなんでもフェイは食べないから安心しろ。それよりテントの底がなんか浸みてきたな。そっちは大丈夫か?」


「うん、フェイの方は大丈夫みたい」

「うーん……やっぱ俺にはテント生活は無理だ! よし、無駄な努力だったな! ログハウスを呼び出すぞ!」


「やったー! 兄様、お風呂入りたいです!」

「風呂は朝にしろ、それより見張りの2名に見つかると説明が面倒だからこっそり少し離れた所に出すぞ。召喚時、魔方陣が少し光るが雷もなってるし、この雨じゃ多分朝までばれないだろう。朝になったらその時考えよう」


 朝、フェイを竜化させ一緒に風呂に入りそろそろ外が明るくなってきた頃、カーテンを開けたら皆が結界の前で集まっていた。中から手を振ってごまかそうとしたが、えらい剣幕でマチルダさんが手招きしてる……。


「兄様、なんか凄いことになってますね」


「嫌だな~……今回はフェイが相手しろよな、お前がガジガジして俺を起こすから悪いんだからな」

「えー! フェイじゃ上手くごまかせないですよー」


 俺たちは、観念して結界から外に出たのだが……マチルダさん目が据わってる。


「リョウマ君、これは何なのか説明してくれる?」

「見てのとおり家ですよ? ログハウスです。他の何かに見えますか?」


「兄様ダメです! 空気読みましょうよ! マチルダさん勝手なことしてすみません」

「待てフェイ、謝ることはしてないぞ。皆は自分の理解の範囲外の事が起こってるから、どういうことが起こったのか聞いて自分の疑問を解決したいだけなんだからな。それに対して答える気がないのにああだこうだやり合っても時間の無駄だぞ。ここはすっとぼけ作戦だ」


「聞こえているんですけど! 答える気はないということですか?」

「はい、ありません! どうやったとか教えてくれとか一切お断りしますので、最初から聞かないでほしいです」


「一晩で家が建っているとか聞いたこともないのですが……」

「うーん……俺のオリジナルの召喚魔法とだけ言っておきますかね。テントが防御結界と風呂付のログハウスに変わっただけですよ」


「えらい違いじゃないですか! でも護衛対象を放り出して、自分たちだけ安全な結界内で過ごすのはどうかと思うのですが、その辺はどう思ってるのかな?」


「昨晩だけですよ、今晩からはサクエラさんは結界内に馬車で入ってそこで寝てもらいます。流石にフェイが居ますし見せたくない物もありますので、家の中まで入れる気はないですけどね。それに忘れているようですが、俺は探索スキル持ちです。正直に言うと夜警は要らないのです。詳しくは教えませんが、探索スキルの範囲内に魔獣や人が入ってきたら、知らせる機能が付いてますので、仮に全員が寝てても問題ないのです」


「そういうことは先に行ってほしいと言いましたよね?」

「俺も言いましたよね? 自分の手の内を教えるようなことはしないと。どうしても駄目だ教えろと言うなら、サクエラさんと先に行きますが?」


「兄様はどうしてそう喧嘩腰なのですか? マチルダさんは角が立たないようにやんわり聞いてくれているじゃないですか?」


「その聞いてくること自体を止めてほしいんだよ。オリジナル魔法と聞いたらすぐ聞きたがる奴ばかりで、いいかげんうんざりしてるんだ。探索魔法の性能を喋るだけでも盗賊たちが警戒エリアが分かって対処してくるかもなんだぞ? 教えるメリットなんか俺たちに何一つないんだよ! 興味本位で聞いてこられるのは迷惑だ!」


「でも、フィリアさんやナナちゃんやカリナさんには喜んで教えていたじゃないですか?」


「神殿巫女と冒険者を一緒にしてどうすんだよ! 俺的に巫女様たちへの信頼度は別格だよ!」


「フェイさん? カリナさんとは水神殿の姫騎士様のカリナ隊長のことですか?」


「ええそうですよ?」

「お知り合いなのですか? 私、カリナ様の事を尊敬していますの! 他の神殿に巫女として神託が下されるより、水神殿の姫騎士として選ばれる方が凄いことなのです。『灼熱の戦姫』の姫は『姫騎士』の姫から名前をあやかって頂いたのですよ」


「あの、そんなうんちくどうでもいいのですけど、とりあえず落ち着いてください」

「どうでもいいとは、聞き捨てなりませんね! クラン名は凄く考えて付けたのですよ!」


「あの、マチルダさん怒るとこずれてませんか?」


 根掘り葉掘り聞いてきていい加減イラついていたのだが、マチルダさんの様子が変だぞ?

 なんかいけないスイッチを押したようだ……『灼熱の戦姫』のメンバーがそそくさ退避している。それを見た他の冒険者たちも逃げるように朝食の準備を始めている。俺やっちまったのか? 参ったな……そうだ!


「マチルダさん、俺のこの剣ですけど、カリナ隊長にもらったものですよ」

「え! 見せてください!……ミスリルの剣ですか? 嘘くさいですね。あ! ヴォルク家の家紋があります! これ本物です! リョウマ君これどうされたのですか?」


 ミスリル含有率が10%以上のモノをミスリルの剣というそうだけど、この剣は8%しか混じっていないので正しくは鋼の剣なんだよね。


「神殿の宿舎でアランさんやカリナさんに1カ月程剣術を見てもらっていたのですよ。そこを出発する日に色々カリナさんにお古だけど使ってくれと頂いたものです」


「リョウマ君、是非この剣を譲ってくれないでしょうか? 言い値で幾らでも払います」

「カリナさんが、俺の旅の安全を願ってくれたものです。幾ら積まれても売って良い物ではないでしょう?」


「……そうですね、ごめんなさい。大事にしてくださいね。そして処分する時は是非私に譲ってください」

「その時はマチルダさんに差し上げます。武器も自分に合った物を装備しないといけないですからね。いずれは手放すことになりますので」


「ふぅ……この家の事は聞かないようにしますが、何かするときは必ず先に言ってください。やりたい放題やられてはPTLの威厳も何もないでしょう? それこそ勝手にソロでやってくれって話になってしまいます。どの商隊に入るとしても最低限度のルールというものがあります。リョウマ君はそれが全くできていません。先ほどサクエラさんと先に行くと息巻いて勝手に言っていましたが、サクエラさんは協調性のないあなたと行くより私たちを選ぶでしょう。サクエラさんにも今後の人間関係がありますからね」


「マチルダさんすみませんでした。以後気を付けるようにします。冒険者になってまだ10日程しか経っていないので色々知らないことが多いようです。その辺を学ばせるのにニリスさんがあなたのいるパーティーを勧めてきたのでしょう。小生意気な口をきいて済みませんでした」


「分かってくれればいいのです。実力があっても学ぼうとせず、皆から弾かれてしまえばいずれは行き詰まることになりますからね。早い段階でそれに気づき、協調性を身につければ名のある冒険者になれるでしょう。それじゃあリョウマ君たちも朝食を済ませてくださいね。その家をどうするのかは知りませんが、分解しているのを待ってる時間はないですよ?」


「召喚魔法なので、亜空間に返すだけです。時間は取りませんのでご心配なく。むしろあっちのテントの片付けの方が問題です」


 亜空間とか大層な事を言ったが、実際はインベントリ内に放り込んでいるだけなのだが、そう言うと容量のことでまた何か言われそうだったのでごまかしたのだ。


 ログハウスを一瞬で収納したときに皆に騒がれたが、マチルダさんが収拾してくれた。その後、朝食を終え、テントの片付けを全員で行ったのだが1時間ほどの時間がかかった。雨除けに使った布の水分を飛ばすのに時間がかかるのだ。ここで手を抜いたらカビが生えて布がダメになるから、水切り作業は大事なのだと教えてもらった。


 昨日とうって変わって今日は朝から晴天だ。

 布を乾かすのに丁度良いと、皆、馬車のサイドに縛り付けていた。

 俺もテントに使った布をサクエラさんの馬車の幌の部分に垂らさせてもらった。



 出発してから、御者台でサクエラさんと今晩からのことを話した。


「今朝はお騒がせしてすみません。テント内が雨音であまりにも五月蠅くて眠れなかったので、秘密にするつもりだった召喚魔法を使ってしまいました。あの結界内は神殿の結界と同じぐらいの効力がありますのでかなり安全です。今晩から結界内で馬車ごと入って寝てもらいますね。蚊や害虫なんかも一切侵入できないので快適ですよ」


「安全が保障されるなら断る理由はないのですが、家の中にはやはり入らせてもらえないのですかね? 凄く興味があるのですが……」


「それはお断りします。あの家の中は秘密が一杯なのです」

「余計に気になるじゃないですか!」


「ふふふ、だから言ったじゃないですか、兄様は時々意地悪なんですよ」

「お前俺が居ない時に何吹き込んでるんだよ! 昨日の罰も含めて外で寝かすぞ!」


「やっぱり兄様は意地悪です!」


 いつものフェイとの楽しいやり取りをしていたら、ソシアさんが馬に乗って近づいてきた。


「リョウマ君にお願いがあってきました」

「オリジナル魔法のことは一切教えませんよ」


「それも気になるけど……食材とかの余裕はありますか? 例えば一人分追加で次の村までとか行ける分の余裕はありますか?」


「大容量の【亜空間倉庫】を持っています。かなり余裕をもって食材は仕入れています」


 なにやらソシアさん、まわりに花が咲いたような笑顔になった。可愛いのだがなにか魂胆がありそうで警戒してしまう。


「あの~お願いなのですが、私の分も一緒に作ってくれませんか? 勿論お金は払います。そうですね……1日3食1万ジェニーでどうですか?」


「1万ジェニーとか、ソシアさんの稼ぎがなくなっちゃうのじゃないですか?」


「私は食べる為に稼いでいるのです。リョウマ君の料理は昨日食べただけで虜になってしまいました。昨晩夢にまで見てしまったのです。1万ジェニーで足らなければもっと払います。どうか一緒に私の分も作ってください」


「兄様の料理が美味しいと言ってここまで言ってくれているのですよ? ここでごめんなさいは可哀想です」

「お前が作るわけじゃないのによく言えるな。じゃあお前の分をソシアさんにあげるから、フェイは自分で作れよな」


「ごめんなさい兄様! そういうことなのでソシアさんごめんなさいです!」

「はや! お前変わり身早すぎだろ! でもまあ……ソシアさんの分を追加で作るのはいいのですが、もし『俺も私も』になってしまうと流石に困るのですよ。1万ジェニーという金額は高いと思うのですが、おそらくブロンズは勿論、シルバーランククラスだと手が出ない金額ですので、その金額でソシアさんが良いのであればお受けします。金額が高額なので後悔させないだけの物を提供しますね」


「それは昨日よりもっと美味しいものがでるということですか?」

「勿論です! 3時のおやつと、食後のデザートもお付けします」


「ありがとうリョウマ君、早速お昼から頼んでもいい?」

「はい、お受けします」


「あの、兄様、フェイの分は……」

「ちゃんと作ってやるから、そんな涙目で泣きそうな顔をするな」




 お昼のメニュー何しようかなーと考えながら、実に和やかに進んでいくのだった。

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