ラストシーン その2
「すまん、真」
エメルは振り返って、半開きになったドアの向こう側、僅かに月明かりの差す暗がりの中で、力なく膝をついている『誰か』の輪郭が見た。
「アイツを置いていけない」
エメルは命の刻限が迫っている男を置いて行く選択は取れなかった。例え、自分の希望を実現できるチャンスが手を抜けて、届かない場所へ行くのだとしても。その手を伸ばせば、鬼丸は現世とは隔離された牢獄の中で怯えて死んでしまう。エメルは自身が、彼の最後の希望にならなければと、腹を決めた。
「・・・・・・銃を借りていいか」
エメルは腰のガンホルダーから、ベレッタエリートⅡを取り出した。弾倉を抜き、スライド部を軽く引く。弾が装填されて無い事を確認し、引き金を囲む、トリガーガードに指をかけ、反転させ銃身を掴んで野神に差し出した。(弾倉も抜き、スライドも後部に下げた状態の描写、調べる)野神はエメルからベレッタと弾倉を受け取ると、鞄の中にしまい込んだ。
「使い方は覚えているな? 引き金に指をかける時は、撃つと決めた時だ。それ以外はダメだ、危ないからな」
野神は頷き、走り去って行った。エメルは心中、野神に詫びつつ、明かりの落ちた自室へと戻った。カーペット敷のフロアに膝をついている男の背中からは、何も推し量れなかった。
エメルも嘗て、死ぬために前線に赴き、親友だった桃色の煙を操る魔女と戦った。エメルには時間があり、仲間がいて、小さな出会いが彼女に覚悟と決意を持つことを許した。想定外にこうして、生きる奇跡にも恵まれた。
明日には消えてしまう鬼丸には、それらの力が及ぶ事は無い。何かを覚悟して死に臨むには、余りに時間が無さ過ぎた。生きるために危険の中を前進してきた鬼丸にとって、この結末は受け入れざる残酷なものだろう。
「エメル、絵を描きたい。最後に、エメルを」
エメルは頷いた。
「電気付けようか」
「いや、月明かりが差し込んでるそこ、そこに立っててもらえる?」
エメルは指定されば箇所に立つと、ジャケットを脱ぎ、ジーンズ、他衣服を一枚一枚、剥いでいく。衣擦れの音が部屋の中を満たし、鬼丸は呆然とその様を見ていた。彼がそう言ったわけではなかったが。
やがて、鬼丸の顔に喜びが湧いた。死を目前にした男の顔ではなかった。エメルは水を得た魚のように筆を振るう鬼丸を眺めながら、
(本当に、絵を描く事が好きなんだな)
鬼丸の顔に、嫌らしい色は浮かんでいない。ただ、一心不乱に
夜が明けて、彼は動かなくなった。エメルの裸体を描き掛けたキャンバスの右上から左下へむけて、力強い筆致で引かれた一本の線だけが、全体の調和から外れて目立っていた。力尽きたのだ。
鬼丸の手はキャンバスに引っかかった筆を握ったまま、停止していた。
エメルは彼の背中を抱きながら、その命が消失した後も、眠る事はなかった。彼の身体から柔軟さが抜け、固まり始めていた。
野神は、希望を持ち帰って来れるだろうか。魔法を解く事は、もはや三人の希望ではなくなった。世の中には魔法使いが他にもいて、人の目や気配に触れない場所で、静かに努力では力及ばない領域に何も知らない人間を引きずり込む。
この世から魔法を消さなければ。『いつか』など悠長な構えでいた、自分が馬鹿で、それを野神一人の力に期待し、暢気にしていた、
希望を持ち帰る事はエメルに課せられた任務だった。
このような事がこれから次々と起こり得る。認識が甘かった。心が壊れないように、強く・・・・・・。エメルは野神の顔が無性に見たくなった。今は一人では戦えそうにない。
【未使用】エピソードの墓標 神納木 ミナミ @yuruyuruyuru
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