出会い

~何パターンか作成、試行錯誤の末、保留~


 猛然と燃えさかる炎に包まれ朽ちた車両から、黒々とした煙が渦を巻き、天へと立ち上ってゆく。不意の爆発から身を守るため、距離をおいたエメルは、その様を静かに眺めていた。炎がはらむ熱気がアスファルトを揺れる陽炎を生み、その強烈な光がエメルと少年を照らし、彼女らの背後に細く長い影を描いた。


 彼女の両腕の中には、気を失った少年の上半身があった。歳は

 エメルは茶色のレザージャケットを脱ぎ、四つに折って少年の頭の下に敷いてやり、路上に転がっている拳銃、ベレッタエリートⅡを拾いに向かった。傷の入ったベレッタを労るように服の端で綺麗に吹いた後、ホルスターへ大事に収めた。


 はるか後方から消防車や救急車がやってくる気配がした。それらが鳴らすサイレンの微かな音が、焼け落ちる車両の音に混じり、彼女の耳に届いた。


 戻ってくると、少年の目がエメルの顔をじっと見つめていた。よく澄んだ瞳で、炎の色を帯びてオレンジ色に輝いていた。やがてキョロキョロと、辺りを見回した。彼は火に炙られている黒い形骸と、熱が伝播した空気が周囲を焼く異常な環境にも動じていないようだった。


「もう、大丈夫。父親の所へ帰れるよ」

 エメルは屈んで彼の頭を撫でながら呟いた。

「父親?」

 少年は頭上で自分の顔をのぞき込んでいるエメルを見ていたが、その瞳には彼女は映っておらず、その先にある手の届かない何かを見ていた。


「・・・・・・お前の父親に、助け出すように言われたんだ」

「何だ? 僕は・・・・・・生まれかわったっていうのか? ここはどこだ? キミは誰なんだ? アイツは、アイツはどこへ行ったんだ?」

「おい、落ち着け」


 胸を押さえて静かに少年をなだめてやった。彼はやがて落ち着きを取り戻し、諦めたように言葉を発した。



「ここは異国の地みたいだな。僕が生きていた世界のどこにも見あたらないものばかりだ・・・・・・それに」


 エメルは少年が頭でも打ったのかと心配になった。ふざけているようには聞こえなかった。しみじみと、抗う事のできない現実を自分に言い聞かせるように呟いた言葉の後に、彼の目から涙が溢れ、滴が線を引いて頬を流れていく。


「変わった格好をした天使だな、君は」


 エメルは不意を着かれ、思わず吹き出してしまった。しかし、少年は大真面目にそれを言ってのけた。邪気の無い純粋な瞳が、すがるようにエメルを見つめていた。何となく彼は弱い男だ、と思った。


「天使じゃないな。私は魔法使い・・・・・・それも、悪い方の」


 少年はエメルの言葉に、真剣に耳を傾けていた。間近に迫る救急車のサイレンの音が大きく、聞こえていないのかもしれなかった。エメルが軽く頬笑んでやると、彼の顔から安心したように力が抜けていく。


(まるで、赤ん坊をあやしている気分だ・・・・・・)

 

 サイレンの音が停止し、慌ただしく数人が駆けてくる。少年が担架に乗せられ、連れられるのを見送り一息つくと、今度は先ほど戦っていた犯人グループについて意識が向いた。人間では無かったのだ。エメルはある男から指名を受けて、この任務へと身を投じたのだった。


 黒いスポーツカーが停車した。  灯の光が車体に張り付き、シャープなボディを際だたせていた。ドアが開かれ、黒いジャケット姿の中年の男が顔を見せた。ゆっくりとこちらへ近づいてくる。指名者は彼に違いない、全てを聞き出さねばならない。エメルは腕を組んで来訪者を待ちかまえた。今に至るまでの経緯を整理し、不明点を問わねばならない。


 話は一時間前に遡る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る