鴉の亡骸と子供の歌
ベルゼクトたちと別れてそのままキャロルは自身の日常に戻ろうとした。
しかし、振り返ると転がっている鴉たちの死体、死体、死体……。
切断面から溢れ出した血の香りが鼻をつく。
思わず真顔になった。
……さすがにこれをこのまま放っておくというのは衛生的にも
血を洗い流す雨が降り、鴉たちの死体を食べ尽くす熊か狼か野生の肉食動物が現れてくれるならば話は早かったが……。
近隣に住んでいたほとんどの動物は鴉に食い尽くされて絶滅した。
残っているのは穴倉に隠れてやり過ごした小動物くらいのもので、とてもじゃないが食べ尽くすなんてことは不可能だ。
……困ったな。
間違っても鴉たちに対し同情を覚えるようなことはないが血溜まりの連続する光景というのは見ていて愉快なものではない。
かと言って、懇切丁寧に拾い集めて回るってのも何となくだが癪に触るので嫌だ。
端から燃やす?
山火事になる恐れがあるのであまりいい手とは言えない。
川を作って流す?
水流のコントロールが難しい。
川を作るくらいなら拾って集めた方が早い。
ふと、先程の『講習』が頭をよぎる。
……魔法原子は他の原子に干渉する、か。
想像の副産物にしては厭に生々しく血を流す鴉たちの死体も突き詰めれば原子の集合体。
生み出すことが可能なら、消すことも可能なのだろうか?
じっと見つめて念じてみる。
消えろ消えろ消えろ……!
…………。
残念ながら鴉の死体は消えなかった。
まあ、そうだよな。知ってた。
うーん……。
やっぱ1つ1つ拾って集めていくしかないか。
生み出すことは簡単なのだ。
例えば、イタチのようにひょろりと長い体でウサギのように長い耳を垂らして空を蹴る。
空想の生物を脳裏に描く。
そうしたら後は炎や水を扱う時と同じ。
想像した生物の肉体を現実に描き出すだけだ。
確かに現れるものと強く思い込むことが成功させるコツ。
自然と落ちていた瞼を持ち上げる。
変わらない森と転がる鴉の死体。
血の匂い。
そこに加わった、想像した通りの生物……。
否。
宙に浮かびながらも行儀よく座ってひらりと尻尾を揺らすその姿は空想のまま、生きているようにも見えるが、実際にはそう見えるというだけの無機物だ。
首をはねても鴉たちのように血を滴らせることはないしキャロルの指揮下から外れて好き勝手に動き回るということもない。
魔法原子学では《
……過程を無視して現象だけを捉えるならば幻想種も怪異種も元はこの《
意思を持たせて自立させるというのは言うほど簡単なことではないものの絶対に不可能と断言できるほど有り得ない話でもない。
だからこそ、頭ごなしに否定することもできなかった。
「……お前もいつか凶暴化して人を襲うのかな」
無機質な瞳でこちらを見詰める《友》は応えない。
当然だ。
それらしく見えるというだけの無機物なのだから。
「《
邪念を払って指示を出す。
気分の問題だが声に出した方が操作性が良くなるのだ。
自己暗示とも言えるだろう。
————
夢と現が混ざり合う。あなたの瞳は何を描く?
弾むように歌う子供の声が耳の奥で響く。
……シャンテルの言っていた『意思レベルが結果にもたらす影響』というのは確かに大きい。
それは、つまるところ『どれだけの幻想を現実のものと思い込めるか』ということで。
それが全てとも言える世界に造り変わって久しいのだから。
子供の声が森に響く。
とうの昔に亡くなった子供の声が森に響く。
……だけど、それでも、思い描いていた
もっと明るいはずだったんだ。
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