いざ行かん幽鬼城

 鼻歌交じりに獣道を進む。

 キャロルの案内に従いつつも一歩先を行くベルゼクトはいやに上機嫌だ。


 ——ボトリ、ボトリ。

 振り返ると首に掛かった魔方陣により頭部と胴体を切り離されて絶命した幾羽もの1つ目の鴉が道なりに落ちている。


 言うまでもないがベルゼクトの仕業である。

 ……この男、鼻歌交じりに近付いてきた鴉を殺しているのだ。

 それも1匹残らず。

 狂気の沙汰である。


 曰く、寄って集られるのが面倒ならその前に仲間を呼べないよう喉を潰してしまえばいい。

 喉を潰すついでに頭と胴を切り離せばトドメを刺す手間も省けるのでオススメ。


 ……単純に仲間を呼ばれる前に殺せということでは? と、思うかもしれないが、首を切り離しても数秒は意識が残るので叫ぼうと思えば叫べるらしい。

 《沈黙サイレンス》で声を奪ってから殺す。

 念の入れようにキャロルは引いた。


 因みに鴉を殲滅したいならあえて声は封じず仲間を呼ばせた方が一網打尽に出来て効率が良いとか。

 親鳥? 小さい奴らと一緒で頭と胴を切り離しちゃえば終了だよ、とのことだ。


 死角をもカバーできるだけの索敵能力とそれを元に狂いなく、圧倒的な速度でもって魔方陣を展開、機能させる正確性、全てが揃って初めて成立する話だが、道中の様子から考えてベルゼクトにとっては造作もないことなのだろう。

 それだけの力があるなら、なるほど。

 確かに1つ目の鴉は集って啄むだけしか能のない低級種だ。


 ……まあ、こんな殺傷力と効率を極めて他者に直接干渉するようなエゲツない魔方陣を鼻歌交じりに行使する人間には絶対になりたくないが。


「お? 森から抜けるようだね」


 ——進む先の視界がひらけて湖が現れる。

 ベルゼクトの言葉の通り森から抜けたのだ。


 キャロルは視線を滑らせる。

 ……いつ以来か。

 湖の中央に建てられた城は記憶と寸分違わず薄気味の悪い影を背負って住み着いた鴉の鳴き声を響かせている。


「城に入るにはあの橋を渡る必要があります」


 湖に囲われた城に唯一通じる橋を指す。

 欄干には当然のように鴉が停まり、しかし、森に入る者さえ居なくなった昨今では近寄る者がないからか寛いだ様子を見せている。

 その数は3……いや、50といったところか。


 恐れ知らずの赤毛ベルゼクトその助手シャンテルが躊躇いもなく森の影から出る。

 反射的にキャロルは身構えた。

 姿を晒せばすぐにでも襲い掛られるものと思ったのだ。

 しかし、欄干の鴉たちは動かない。

 ……距離があるので気付かれなかった?


「どうしたんだいキャロルくん?」


 足を止めたキャロルを振り返ってベルゼクトは首を傾げる。


「……いえ」

「鴉の能無しっぷりは道中でよく分かってもらえたものと思ったんだが」

「それは、まあ、はい……」

「なら、怖がる必要はないことも分かっただろう? そんな影に隠れていないで出ておいで」

「いえ」


 ……1つ目の鴉が彼にとっては能無しの低級種だということは理解した。

 けれど、ベルゼクトほど魔方陣の扱いに長けていないキャロルにとっては今なお脅威であることに変わりはない。


「僕が案内できるのはここまでなので。すみません」

「ふむ。城の中には入りたくないということかな?」

「……すみません」

「いや、いい。アンダーテイカー君たちの管轄から外れるというのはつまりそういうことだ。無理強いはしないさ」


 よく分からない納得のされ方だが、まあ、食い下がられても面倒なだけなので良しとしよう。


「城に入る際の注意点などはありますでしょうか?」


 シャンテルに尋ねられ意識をそちらに向ける。


「注意点?」


 そりゃあ、あるにはあるけど……。 

 鸚鵡返しに言葉を返せば彼女は「はい」と頷いた。


「遺産的な観点から言って立ち入らない方が良い場所や触れない方が良いものがありましたら注意して進むように致しますので」


 意訳すると、つまり、城内で好き勝手を働く予定なので、立ち入って欲しくない場所や触れて欲しくないものは事前に申請しておけと。

 ……ここが彼らの故郷や所有地ならいざ知らず、今日、初めて訪れた場所でよくそうも自由に振る舞えるものだ。


 もしかすると御伽噺ゲームの世界から飛び出してきた勇者なのかもしれない。

 想像が形を成して現実のものとなるなら、悪魔の権化のような怪異種ばかりでなくそういった希望の光だって顕現していても可笑しくはないのだから。


「そういうのはないけど……鴉たちの巣になってることとか……体に異変を感じ始めたらすぐにでも城を離れた方がいい。……幽鬼城の通り名は伊達じゃないから」


 廃城となったそこに思い出を求める者がいるとすれば、それこそ鴉たちが住み着くよりも以前から未練だけを拠り所に城内を彷徨い続けている魂たちくらいのもの。

 年季の入りようは折り紙つきだ。

 下手をすると鴉よりも恐ろしい。


「分かりました」

「……気を付けて」

「ありがとう。どうか、私たちの無事だけを信じて想像していてください」


 シャンテルは微笑む。

 その姿は申し分なく愛らしく、そして美しかった。

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