怪異種について
高名な歴史家が『科学社会の衰退を伴う魔法社会の起こり』と記したそれもベルゼクトに言わせれば『科学の高次元化』となる。
「補助と呼ばれるだけあって単体ではその場に存在するだけの原子だ。活用するにはこれに『どういった化学反応を起こさせたいか』を明示して伝達する必要がある」
例えば、光や熱の発生を伴う酸化反応。
————早く言って燃焼を起こすのに酸素が不足していれば魔法原子は原子核の配列を書き換えてでもこれを補給する。
この『燃焼に当たる酸化反応を起こせ』という指示をプロセスに沿って与えることで魔法原子は条件を揃え、何もない空間からも火を起こすのだ。
「旧世界で魔法原子を活用するには専用の装置が必要不可欠だったようだけれど私たちには不要なものだ。それがどうしてか分かるかい、キャロルくん」
「ど、どうして……?」
「私たち自身が装置の役割を果たしているからだよ」
生物は進化する。
その過程で取り込まれた魔法原子が意識と連動し、指向性を持って操ることを可能としている。
「そして、より明確な指向性で『原子核をも書き換える』という性質を機能させた場合に魔法原子は真価を発揮する」
あらゆるものを破壊し、構築し、造り替える。
不可能を可能とする。
まさに魔法のような現象を引き起こす原子なのだ。
ベルゼクトがボードを指示棒で叩く。
それまで彼の話に合わせて移り変わっていた光の図式が霧散してかき消える。
そして、新たに一文が書き出された。
「ここまでの話を要約するとこれだ。キャロルくん」
読み上げろということらしい。
「えっと、我々の思念が魔法原子を通すことで世界に影響を与えている……?」
「
ベルゼクトが指示棒を下ろすとボードの文字が切り替わった————。
議題
『怪異種について』
『霊魂と魔法原子の関わり』
…………議題?
「さて。大雑把だがキャロルくんに魔法原子の仕組みについてを理解してもらったところで講習の本題に入ろう」
今までの話は議題に移るための前知識だったらしい。
大雑把……大雑把か……。
研究者を名乗った男からすれば知っていて当然と言える基礎中の基礎なのだろうが。
正直に言ってギリギリ理解できたかどうかという状態で脳内には疑問符が飛び交っている。
本題に入ったとして付いていけるかは微妙なラインだ。
……まあ、だからと待ったを掛けてこの講習を長引かせるような、それ程の意欲がある訳でもない。
早く終わるに越したことはないのでキャロルは続きの言葉を待った。
「キャロルくん、君は怪異種がどのようにして生まれたかは知っているかい?」
「えっ」
怪異種というのは、その名の通り怪異として人々の間で
旧世界には実在しない存在だったことから魔法原子の影響を受けて誕生したという以外、そのルーツについては判然としない。
……と、言うより脅威から身を守るのが最優先でルーツを解明しようなどという余裕のある者はいなかったのだ。
「……突然変異、とか?」
想像で答えるとベルゼクトは首を横に振った。
「
下ろした指示棒を上げ直してカッカッと2度ボードを叩く。
議題の文字が消えると前知識の要約に戻った。
————我々の思念が魔法原子を通すことで世界に影響を与えている。
「怪異種の中には……否、怪異種に限らず突然変異では説明のつかない生物が世界の変革と共に誕生している……それもほとんどが怪異譚、御伽噺の世界に存在する生物ばかりだ」
近年には出典が不明な新種というのも見かけるが歴史を遡るとその数はゼロと言っても過言ではなくなる。
「想像が奴ら生んだ……?」
「
ベルゼクトが言わんとしていることを察して口に出せば彼は満面の笑みを浮かべて指示棒でキャロルを指した。
「待ってくださいっ! じゃあ……僕らは、村は、僕ら自身の想像に滅ぼされたって……あなたはそう言うんですか!?」
冗談じゃない。笑い話にもならない。
もしも彼の話が真実ならば、それは何て無慈悲で残酷な————。
思わず立ち上がって顔を歪める。
きょとんとしてまばたきを数度繰り返したベルゼクトにキャロルは眉間に刻んだシワを深めた。
「落ち着いてください」
シャンテルが声を掛けてくる。
どこか淡々としていて静かな声は宥めるよりもキャロルの神経を逆撫でた。
どうして落ち着いていられるというのか。
振り返れば見下ろす形となって睨むような視線を向けることになったけれど無機質な灰眼は真っ直ぐにこちらを写すばかりだ。
「怪異種、幻想種といった旧世界で架空の生物だった存在は想像、構築、定着の3段階を経て確立するものと推察されています。そして、確立後の彼らの意思は彼らのものです」
「
事実を事実として否定しない。
彼らのそれを優しさと受け止めるべきか分からずキャロルは歯を食いしばって
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