原子の話
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呑気なことに今から『講習』を始めようと言うのだ。
ご丁寧にも椅子まで用意してキャロルを座らせた彼は指示棒の長さを調節しながら浮かべた笑顔をそのままに尋ねてきた。
「さてキャロルくん。君は『魔法原子』についてどの程度の知識をお持ちかな?」
「……基礎なら」
たった1つの原子から始まったそれは何も始めから世界を造り替えるほど絶大な影響力を持っていたわけではない。
1滴にも満たない水では波紋を起こせないように。
その性質をエネルギーに換算した場合の必要数を導き出すことはできたとしても言わば机上の空論。
学術的には可能であろうと現実的には不可能。
……そういう類いの話だった。
しかし、100年という歳月を掛け、量産され続けた魔法原子は世界造り替える。
大地に染み渡り大海に溶けて大気と混ざり合い机上の空論を現実のものとした。
それほどまでに濃度を高めた魔法原子の中で、今、キャロルたちは暮らしているのだ。
学習環境の『が』の字もないような地域でもなければ基礎くらいは子供の内に習う。
「それよりここが奴らの目に止まらないことは分かったけど」
「ふむ。ならばその『基礎』について答えてもらおうか」
「……さすがに悠長すぎやしませんか」
「いやいや。基礎とひとえに言っても教育水準の違いで差が出るものでね。スタートラインが不明瞭では
人の話を聞いているのか。
言い募ろうとすればシャンテルに止められた。
……助手だと述べていたが講習の補佐を務める気はないのか、彼女はキャロルの隣でトランクケースを椅子代わりにしている。
横を向けば真っ直ぐに見詰められて大丈夫だと断言された。
「
「それは……そうなのかもしれないけど……」
「多少小賢しくはあっても
そりゃあドラゴンと鴉を比べたらドラゴンに軍配が上がるだろう。
話の次元が違う。
万が一の事態すら起こりようがないと続けるシャンテルにキャロルは思わず閉口した。
「それで、キャロルくんにとっての基礎とはどの程度のレベルの話だい?」
「……はあ」
答えるしかないらしい。
最後の抵抗として沈黙を落としてみたがベルゼクトの笑みは崩れない。
根負けしたキャロルは記憶を掘り返しながら答えた。
もしもの時は彼らに任せて自分は身を隠そう。
「……非科学的事象を具現化する原子とか、なんか……そんな感じの説明を習った程度です」
「
指示棒で叩かれたボードに光の線が走る。
一瞬にして描き出されたのは、中心に集まっているいくつかの小さな丸とそれを囲む円状の点線。
……何の図だろうか?
「これが何を表しているか分かるかな?」
「いえ……」
「原子の基本構造だ」
中心に集められた小さな丸は2種類に分かれている。
プラス記号の書かれているものと何も書かれていないもので、それぞれが陽子と中性子と呼ばれる核子を表し、これらが組み合わさって原子の核、原子核となる。
核を囲む円状の点線は電子だそう。
「詳しい話は余談となるので省くが……そもそも原子とは何か……その辺りの知識はあったかな?」
「ええっと」
キャロルが答えに詰まるとベルゼクトは1つ頷いてからシャンテルを振り返った。
説明を促された彼女は端的に答える。
「元素の最小単位です」
「もう少し詳しく」
「万物を構成している物質の概念的要素である元素を具体的なものとする最小の単位が原子です」
要するにこの世に存在するありとあらゆるものが元素、原子と呼ばれるものによって構成されているという話である。
言われると習った記憶があることに思い当たるのだが、
「まあその辺りの知識はふんわりとしていても別段構わないんだが、水素なら水素、炭素なら炭素といった元素の性質を決定付けているのが原子核を構成する核子の数とその配列でね」
ベルゼクトは指示棒で原子核を指す。
「魔法原子というのは他の原子に干渉して必要とあらば原子核の書き換えさえ行ってしまう。そういう性質を持った原子だ」
錬金術師たちの間では『補助原子』とも呼ばれている魔法原子は化学反応を成立させることに特化している。
目に映る事象だけで捉えるならキャロルの説明でも間違いはないが、非科学的事象の『具現化』というより『科学的再現』なのである。
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