第2話 魔女の荒屋へようこそ

 暗い森をゆっくりと歩いていました。

「あの……。名前は?」

 家を出てからというもの、女性は何も話してくれません。

 優しいその声が心地が良くてついてきてしまったものの、どこへ向かっているのか悠希は知らないのでした。

 それどころか、彼女が何者で、どうして悠希を連れ出したのかという根本的な事すら知りませんでした。

「私は、魔女よ」

 ぴたりと女性は歩を止めました。

「魔女?」

「この森は魔女の森と言うのでしょう? ならば、私は魔女」

 悠希は困ってしまいました。

 その様子を見た女性は、にたりと口角を上げます。

「怖いのでしょう」

 悠希は彼女の目を真っ直ぐに見つめました。

 その目を見て、悠希は怖いなんて思いません。

 それどころか、どうしてだか安心してしまうのです。

「怖くないよ」

 女性は目を細めて、悠希を見つめ返します。

「名前を教えて欲しいんだ。なんて呼べばいいのか、分からなくて」

 女性は何も答えません。

 二人は黙ったまま、ただ見つめ合いましたが、その沈黙は笑い声に依って破られました。

 女性の声は確かに笑い声なのです。

 しかし、それとは相反して、その目は笑ってなどいませんでした。

「名前は、教えたくないの?」

 その瞳に映る感情の名前を、悠希は知りませんでした。

「のぞみ。私の名前は、のぞみ」

「うん、のぞみさん。これから何処へ行くの?」

「そうねーー。これから私のお家にご招待するわ」

 彼女は踵を返し、再び歩き始めた。

 悠希はその後をただ黙ってついて歩きました。


 どれくらい歩いたでしょうか。

 森は外の光を拒むように木々が枝を広げて、昼間なのにも拘らず薄暗い所為で、時間の感覚が麻痺していました。

 随分と歩いたような気もしますし、大して歩いていないような気もします。

 代わり映えのしない風景は、悠希の体力を奪っていくようで、足は次第に重たくなっていきました。

 のぞみの背に向いていた筈の視線は、いつの間にか地面に向けられていました。

「ついたわ」

 のぞみの声が、悠希の視線を前へと戻しました。

 木々に囲まれた細い道が、突如広い空間へと広がっています。

 その先には、小さな小屋がありましtあ。

「魔女の館、と言いたいけれど、こんな荒屋でごめんなさい」

 謙遜しての言葉ではなく、本当に荒屋がそこにありました。

 森の中に人が住んでいるだなんて、悠希は思ってもいませんでした。

 魔女の森と呼ばれてるのは、暗い森で子供が迷ってしまわないように大人が名づけたものだと思っていたのです。

 悠希の心臓は、大きく揺れました。

 脈打つ音が、脳に響くようで、視界がとても明るく感じます。

「ようこそ、魔女の館へ」

 のぞみは顔だけを悠希に向けて微笑みました。

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