第4話

 暫くすると、向こうの方から道雄の方に一人のやせ細ったどこか貧相な老人が、杖を突きながらゆっくりと歩いて来た。老人はヤシの木の下で立ち止まり、一休みしたが、暫くして思い立ったようにとぼとぼと再び歩き出した。


 道雄の前まで来ると、

「こんなに陽射しの強い日に、いつまでも日光浴していると、体に毒ですよ」

  と言って道雄の足をトントンたたいた。


 道雄は(大きなお世話だ)と思いながらもこう言い返した。


「有難うございます。そろそろ行こうと思ってた処です」

「そうですか、それはそれは」


「ちょっとお尋ねしますが、今日、このプールサイドでパーティがあると聞いて来たのですが、ご存知ないですか」


 と老人は再び話しかけた。


 道雄は、

「そんなもの、私は知りませんな」

 と立ち上がろうとした。


 道雄の意志とは無関係に体が全く動かないのでいったい自分の体に何が起こったのか、あたりを見回すと、プールの向こう側ではテーブルが用意されていて、何かが始まろうとしていた。


「あなたはそのパーティには呼ばれてないようですな、残念です」


 老人は悲しそうな顔をして道雄の顔を上から見つめた。


「実は、私はここまで生きてきましたが、この先、どうしたら良いのかわからないのですよ」

 

 道雄はこんな老人の愚痴話に付き合っていられないと思い、もう一度体を動かそうとするが、どうやってみてもだめである。


「私はね、これで良かったのかといつも思うんですよ。そして、こんなはずじゃなかったとね。私はいつも、大きなものを忘れてきたような気がするんですよ。

 だから今日は、うさ晴らしのつもりでパーティに来たんですよ」

 

 老人が吐き捨てるようにそう言うと、道雄は仕方なく頷いて、


「それはいいですね。そうしたらいいですよ。きっと気が晴れますよ。私も参加したいなあ、できれば。でも、招待状がないからだめですよね」


「ほら、ここを見て下さい。場所はこのプールサイドになっているでしょ。良く確かめて下さいませんか。年で目も弱ってるもんで」


 老人は、目をしょぼしょぼさせながら、ポケットから封筒を取り出し、招待状をしわだらけの指で指し示した。


 道雄は声を出して、場所、時間、招待主の名前を読み上げ、

「確かに、このプールサイドになっていますな」

 と、招待状を老人に突き返した。


 その瞬間、慌てて老人の手からひったくるようにして、もう一度その招待状を読み直すと、招待主は、死亡欄に名前のあった男モハメッドであった。


 道雄は恐る恐るもう一度プールの向こう側を見た。


 道雄の方を向いて、三人の男と一人の女がテーブルについていた。

 左の男が道雄に向かって手を振った。


 その男はやはり、矢嶋である。


「おーい、こっちへ来ないか。いっしょに楽しもうや。

 道雄、しかしあの時はびっくりしたぜ。いきなり後ろから押すもんだから。

 あれは、冗談だったんだろう。そうだよな、お前がそんなことする訳ない」


「何言ってんのよ、あれは本気よ。貴方はいつまでたってもお人好しなんだから」

 隣に座っている順子が、矢嶋の腕をつかんでゆすりながら、甘えるように言った。


 その隣に座っているリー氏が泣きながら言った。

 「道雄さーん、すみません。こんな事になって」


 「道雄さん、気にしなくてもいいですよ。今日は、私のバースディパーティだから、すべて水に流して楽しみましょう」

 と、モハメッドがリー氏の肩をたたき、道雄に微笑みかけた。

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