第2話

 



 プールサイドの向こうの側にも長椅子がいくつか並べてあったが、そこに水着姿の男が現れて椅子に腰を下ろすのが見えた。


 その男はタオルを長椅子にかけると、立ち上がってプール越しに手を目の上にかざして、覗き込むように道雄の方を見た。


 道雄はハッとして男の顔をもう一度良く見た。

(間違いない、確かに、あいつは矢嶋だ)


 男は道雄に気がついたのか、こちらに手を振っている。矢嶋との過去の記憶の一部始終が、道雄の脳細胞の一部を借りて、鮮明に映し出された。


 矢嶋は、道雄の大学時代の友人であった。二人は同じ学部であったが、矢嶋は成績が優秀で将来の就職の不安は全くなかった。


 矢嶋の寮は大学のすぐ近くにあって、道雄は良くそこへ寄っては酒を酌み交わしていた。道雄はある種のコンプレックスを矢嶋に感じていた。矢嶋は苦学してアルバイトをしながら大学に通っていたが、道雄の父親は地元の名士で金もあり何一つ不自由はなかった。


 その点では道雄は矢嶋がどんなにルックスの面でも頭脳の面でも道雄より勝っていても安心して彼と付き合っていた。しかし、道雄にとってどうしても解決しなければならない問題が一つあった。


 ある時、矢嶋は順子について道雄に告白してきた。彼は卒業後、彼女と結婚することを前提に交際していること。二人はすでに話し合っていて結婚後、矢嶋の郷里に帰り教師になることなど、道雄にとってはすべて寝耳に水の話であった。


 矢嶋から聞かされた時、道雄はそんな理不尽なことは絶対にあってはならない、と思いながらも、矢嶋に対して二人で幸せになるように口では励ましていた。


 順子はクラスのマドンナ的存在で、道雄もひそかに心を寄せていて接近する機会を常に狙っていた。それがこともあろうに、矢嶋と話が出来上がっているとは、道雄の想像だにしなかったところであった。

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