プールサイド
阿部亮平
第1話
佐伯道雄は全身の疲れをたたきつけるようにして、プールサイドの長椅子に体を横たえた。
太陽は頭上にあって、地上のすべてを熱するために燃えているが、佐伯の瞼の中でその色を赤褐色から徐々に漆黒の世界へと変えようとしていた。
赤道近くのこの国は、正月に入り、この期間だけ機能することを拒む権利を堂々と得て、死んだふりをしている。
アスファルトは、時折通る車をその熱で溶かしていき、そこからトロトロと立ち上る熱気がエンジンの騒音を包み込むように吸い取っていた。
二つのブロックの高層アパートメントに挟まれた変形プールには、道雄以外誰も利用者はいなかった。
時折、ビルの谷間から吹き込む熱風が、プールの水にさざ波を立てていた。
道雄は久しぶりにこの国で、休暇をとることができた。
数日前の地元紙の死亡欄を確認すると、道雄は正月が開けた三日後の改札日まで、この町にとどまることにした。
今度の政府の入札は、道雄にとってどうしても落としたい事業の一つであった。
対抗馬のモハメッドは、政府筋の高官との深いつながりを持っており、この入札を降りる気配は感じられなかった。
ある時、モハメッドは、道雄の今回の入札に対する強い執着をかぎとって、秘書を通してアプローチを掛けてきた。
モハメッドは自分で落札し、道雄と合弁事業をすることをもくろんでいた。
しかしその提案は、道雄側にとってひどい条件だった。当然、拒絶してくることを想定してのものであった。
この国の人種の商習慣を熟知してしている道雄にとっては、次に取る手段は手間をかける必要のないものだった。
早速、道雄はモハメッドに会うことにし、HホテルのVIPルームに彼を呼び出した。
モハメッドは秘書を伴い部屋に入って来た。道雄はリー氏と共に先に着いて待っていた。モハメッドが恭しく道雄に近づき挨拶すると、道雄はすかさず手を差し出し、握手を交わした。
会合は雑談も含めて30分程のものであった。
道雄はモハメッドに、入札から手を引くよう求めた。しかし、モハメッドは、道雄が入札から手を引くように提示した金額の倍以上を要求してきた。
次の日、早速道雄はリー氏に金を渡し、シンジケートに話をつけてもらった。
モハメッドの名前が死亡欄に載った事を確認すると、残金をリー氏に渡した。
事はすべてスムーズに運んだ。モハメッドは不用人な男で、自分が狙われることなど夢にも考えていなかったらしい。
道雄は、深いため息をつきながら長椅子の上で寝返りを打った。
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