第百話 『新たな旅、新たな仲間』

 フルシャマルを発つ日がやってきた。


 街を出る手続きを終えたロベルクたちは一様にヴィンドリアの民族服を着込み、日光から身を守る服装をしている。生地が白なのは共通だが、ロベルクのが無地であるのに対し、セラーナのは赤、フィスィアーダのは藍、メイハースレアルのは橙色で刺繍が入っていた。

 いつの間にか暦は皆月みなづきが終わり、光月ひかりづきを迎えていた。季節は夏本番だ。


「暑くなってきたな……」


 ロベルクが太陽を見上げて眼を細める。とは言え、いつものように彼の周辺は氷の王シャルレグの力により暑さは和らげられ、夏を体感できるのは陽光の暴力的な輝きのみだ。

 ロベルクがナムダールから貰い受けた貴重品の地図を眺めていると、セラーナが覗き込んできた。


「これからどうするの?」

「一日南下して街道に出ようと思う。遠回りだけど、危険性を考えると砂漠を西に突っ切るより短時間で国境に辿り着けるはずだ」

「一路南へ、だね」


 一行は南へと歩を進める。市門周辺に敷設されていた整った石畳はすぐに途切れ、石切りの端材を並べただけの道もじきに砂に沈んだ。岩石砂漠に通された街道に合流するまでは砂上の旅だ。


 城壁の姿も砂丘の向こうへ隠れた頃、ロベルクは脚を止め、耳をそばだてた。


「どうしたの?」

「生き物の声が聞こえた気がした」


 続いてセラーナとメイハースレアルも反応した。


「確かに聞こえた。人のような気がする」

「命あるものが一つ、こっちに向かっているよ」


 仲間の反応に遅れて憮然としていたフィスィアーダだったが、自身も気配を感じ取った。


「剣気?」


 いつでも臨戦態勢をとれるよう身構えた一行。

 声が近付いてくる。


「……男、だな」


 ロベルクが小さく呟く。

 直後、セラーナが顔に掌を当てて天を仰いだ。


「あー……この声は」


 じきに声だけでなく、鎧の鳴る音や砂地を駆ける音も伝わってきた。


「お嬢~!」


 言葉がはっきりと聞こえるようになった頃、一行は声の主が砂丘の向こうから姿を現したのを見付けた。


「アルフリス!」


 警戒を解き、迎える一行の元に、アルフリスが駆け込んできた。弾む息を抑えきれぬまま、セラーナの前に跪く。


「暇を、貰って、きました。俺も、同行、します」


 ロベルクとの旅路に水を差す人物が登場し、セラーナは明らかに機嫌を損ねた。


「入植地はどうするのよ」

「実は、遺跡から、帰るときに、長老とは話を、つけてきました」

「入植地を守る貴重な戦士が減るっていうのに、長老は何を考えているのかしら?」

「はっ。お嬢のお名前は伏せて『ある女性のために戦いたい』と言ったところ、喜んで送り出してくれました」


 実は長老からは「好いた女性の為に動かれるのであれば我々としましても応援せざるを得ませんな」と言われたのだが、アルフリスは恐れ多さと気恥ずかしさでセラーナに正確に伝えることはできなかった。

 セラーナはアルフリスの話を聞き、酷く長い溜息を吐いた。


「あなたには、残されたウインガルドの民を守り導いてほしかったのだけれど……今は戦力が一人でも多くほしいわ」

「では!」

「ええ。よろしくお願いね」

「はっ。命に代えましても!」

「だめよ」


 セラーナが急に拒絶し、アルフリスは文字通り仰け反る。


「な……なぜでございます⁉」

「あたしたちの仲間になりたければ、命は最後の最後まで掛けないこと」

「はっ。いの……いえ、何でもありません!」

「ふふっ、それでいいわ」


 セラーナがアルフリスの肩当てを軽く小突いた。

 ロベルクも頷く。


「僕たちは仲間が少ない。仲間は増えてほしいし、減らないでほしい。ウインガルド奪還の日まで、よろしく頼む」

「わかっておるわ! ……いや、よろしく頼むよ」


 絆を結び、旅の仲間を一人迎え、ロベルクたちはいよいよヴィンドリアを後にする。

 ヴィンドリア西端のフルシャマル領を抜ければ、いよいよウインガルドだ。


 セラーナの故郷。

 セラーナの両親を殺した仇敵が居座る地。


 王国解放の軍勢はたった五人。それでも大切な人が心から笑える日々を取り戻すため、ロベルクは占領下にあるウインガルドを目指す。

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