第九十八話 『うたかた』
ロベルクは魔導像の破壊を確認すると、霊剣を鞘に納めて氷壁を飛び降りた。
同時に氷の甲殻に守られていた仲間たちが顔を出す。
セラーナが、魔導像の強固だった装甲がずたずたになっているのを見上げて声を漏らす。
「うわ……シャルレグはこんな力を持ってるのね」
「シャルレグの力は強いけど、
フィスィアーダが甲殻を片付けているのを見たロベルクは、自身も門前広場に展開した氷壁を消滅させた。
魔導像は全身を氷の銛で刺し貫かれていたが、胸部は奇跡的に攻撃を免れていた。おもむろに胸当てが小さな軋みを上げて三方に開く。
中から身体を引き摺り出すシャハーブ。額に血が流れている。恐らく全身にも打撲や傷を多数受けていることだろう。怪我が酷いのか、あるいは別の理由でか、彼は開いた胸当ての上に膝をつき、くずおれた。
「なぜだ……」
シャハーブの口から血を吐くような怨嗟の声が漏れた。
「なぜ、ウルの守護者たる魔導像が破れる? ……なぜ、俺の前にはいつも邪魔者が現れる? なぜ、俺より先にバオラードが産まれた? なぜ……」
「お前は力だけを拠り所にして自分の意思を強引に貫こうとした。それが敗因だ」
ロベルクは静かに断じた。
目を剥くシャハーブ。
「貴様が! 魔導像をも凌駕する力を行使し、俺の覇道を踏みにじった貴様が言うのか⁉」
「確かに僕には力があるかも知れない。だけど、僕が強い力を得て学んだことは、力を持つ者はそれを誰のために、何のために使うかを常に意識せねばならないということだ。力は、他者と関わることで真の強さを発揮する。強い力だと思っても、一人では何もできやしない」
「くっ!」
シャハーブは電光に打たれたかのように仰け反った。しかし視界の端にセラーナとアルフリスを認めると、立ち上がり、身を乗り出した。
「う……ウインガルド人、俺に付け! 砂漠にもう一体の魔導像を埋めてある。俺の声と合い言葉で蘇生するんだ。フルシャマル統一の後に悪辣なジオ人をこの世から駆逐してやろう!」
だがアルフリスは腕組みをしたままシャハーブを睨み、微動だにしない。
「領土に入植させてやった恩を忘れたのか⁉」
セラーナが大きな溜息を吐いた。
「支配した者のみに甘い汁を吸わせ、他は蹂躙する……あなたのやっていることはジオ人とかわらないわ」
「っ……!」
拒絶されたシャハーブは言葉を失った。
再び訪れた静寂を破って、多数の足音と轡の音が近付いてきた。
フルシャマル軍である。その歩みは遅く、まるで地中に敵が隠れていないか警戒するかのような進み方だ。魔導像の攻撃を目の当たりにしていては無理もない。が、弩砲や投石機を用意しているところを見るに、事を構える意思はあったようだ。
門前広場に到着した隊列が中央から左右に分かれ、奥から煌びやかな駱駝に乗ったナムダールとバオラードが進み出た。
「おお、ロベルクよ。よくぞ暴徒を討ち果たしてくれた」
ナムダールが満悦そうな声色で労いの言葉を発する。だがロベルクたちはその仮面のような表情に胸を痛めた。
「恐れ入ります」
ロベルクの返事に頷いたナムダールは、魔導像の胸部に立ち尽くすシャハーブを見上げた。
「我が……いや、暴徒シャハーブよ。神妙に縛につけ!」
「これ以上の抵抗はやめるんだ。この広場は軍が包囲している。民の暮らしを蔑ろにしてはならない!」
投降を呼びかけるナムダールとバオラード。
シャハーブは暗い炎が宿った眼を二人に向ける。しかし、周囲に侍る兵卒の顔を見た途端、その眼光ふっと消え去った。彼に支配され、崇拝の念を持たせるはずだった兵士達の眼は、嫌悪と恐怖に震えていた。
「は……はは」
シャーハーブの口から嗤い声が漏れた。それは徐々に声量を増し、ついには仰け反る程の大音声で広場に響き渡った。
暫しして、彼は笑いを収めると、魔導像の胸当ての上で仁王立ちした。
「臣従に甘んじる者共、飼育されねば生き長らえ得ぬ弱者共、聞けい!」
シャハーブは両手を左右に持ち上げ、ロベルクたちとフルシャマル軍を見下ろした。
「俺の生き様まで好きにはさせん! 俺はヴィンドリアの王、シャハーブ・フルシャマーリだ!」
高らかに宣言すると、シャハーブは胸当てから跳んだ。
誰も動けず、声さえ上げる暇すらなく、シャハーブの身は地に打ち付けられた。
「シャハーブ!」
最初に声を上げたのはバオラードだった。
皆が駆け寄ったときにはシャハーブは頭を強く打ち、既に事切れていた。
バオラードが血が付くのも厭わず、シャハーブの身体を抱き上げる。
「メイハースレアル、何とかならないか?」
ロベルクの問いに、命の御使いは首を振った。
「既に冥界へ旅立っているよ。
ナムダールは、亡骸を囲む輪から一歩引いた場所に立っていた。息子とは言え、街の守りである城門を破壊し、街に恐怖を撒き散らした罪人に私情を見せる訳にはいかなかった。故に彼は、周囲の将兵に聞こえないように呟いた。
「シャハーブ、儂はお前が生きてさえいてくれればそれでよかったのだ……」
その言葉は、ロベルクの耳にだけ微かに届いた。
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