第九十六話 『力を手に入れ――』

 ロベルクたちが北門の門前広場に辿り着いたとき、銀色に輝く魔導像は両開きの門扉を踏みつけ、逃げ散る商人たちを見下ろしていた。

 民衆の避難はほぼ終わっているようだ。


「品物とかは置いていけ! 命の方が大事だろう。さっさと逃げろ!」


 聞き覚えのある声の方に眼を向けると、声の主はナヴィドだった。

 ロベルクは即座に近寄り、労う。


「ありがとう、ナヴィド!」

「ロベルクか、いいところに来てくれた! このデカブツ、やれるか?」

「その為に来た。お前も逃げてくれ!」

「悪いがそうさせてもらう。俺がいても足手まといになる結末しか見えないからな!」


 ナヴィドは緊張したまま魔導像から距離を取った。


「ナヴィド、頼みがある」

「何だロベルク? 多少の無理なら引き受けるぞ」

「族長関係や軍に掛け合って、北門周辺の住人の避難を。それと建物への多少の被害について許可を得てほしい」

「わかった。だが二つ目は期待しないでくれよ!」


 ナヴィドが駆け去る。

 門前広場には五人だけが立ち塞がった。

 衛兵は遠巻きどころか、ロベルクたちの遥か後方の建物に半身以上も身を隠して魔導像を見上げていた。現状ではロベルクたちが、この古代の悪夢を何とかせねばならない状態だ。


「アルフリス、フルシャマルの軍はどうなってるんだ?」

「軍が展開する気配はない。バオラード様襲撃の後始末で指揮系統が乱れているのか、あるいは……」

「恐れを成して逃げたのか、ね」

あるじ、いずれにせよ魔導像が城壁内へ進入した以上、食い止めないと街の被害は計り知れないよ」


 ロベルクは中心部への街路に立ち塞がると、声の限りに叫んだ。


「シャハーブ! これが次期族長を補弼ほひつする者のやることか!」

「『様』を付けんか、この薄汚い旅人風情が!」

「これが敬称を付けられる行いか?」

「黙れ!」


 逆上したシャハーブは、魔導像の肩から先の反った短剣を投げつけた。

 短剣は過たずロベルクの身に向かうが、ロベルクはそれを身を捻ってかわす。


「……その短慮で粗暴なところもな! 誰がお前などに臣従すると言うんだ?」

「簡単なことだ! 臣従する者のみを助け、それ以外は踏みにじる。ウルの守護者であるこの魔導像があれば、それができる!」


 シャハーブは手にした魔導器に念を込めると、魔導像の胸当てが三つに割れた。彼は口許を歪めながら肩から滑り降り、胸当ての中に潜り込む。

 魔導像はシャハーブを飲み込むと胸当てを閉じた。口からはシャハーブの息遣いが聞こえ始めた。


『ザドリーが献上したこの魔導像で、俺を認めなかった父……いや、前族長と支配者の器にないバオラードを排除する。そしてフルシャマルを統べ、ヴィンドリアを強国として再統一する。ゆくゆくは東大陸の盟主として世界の王となるのだ!』


 シャハーブの声で弑逆の宣言をする魔導像。

 ロベルクの口許から失笑が漏れる。


「はっ! そんなもの、フルシャマルによる統一と言えるのか? それはお前の……いや、ザドリーがくれた危ない玩具が統一したに過ぎない!」

『抜かせぇ!』


 シャハーブが吼える。兜の眼にあたる部分が赤く光り、魔導像とは思えない滑らかさで抜剣した。同時に左腕をロベルクに向けて構える。そこに据え付けられた小舟程もある盾の内側には、これまた帆柱程もある金属製の銛が二本、凶悪な穂先を覗かせていた。


『砕けろ!』


 爆発音と共に片方の銛が撃ち出される。

 大きく跳び退るロベルク。

 しかし銛は予測を遙かに上回る衝撃で深々と石畳を穿ち、周囲に破片と土を撒き散らした。


「ちっ!」


 顔を庇いながらさらに距離をとるロベルクの全身を土砂が打ちつける。ロベルクは身を捻って敢えて地面を転がると体勢を立て直し、抜剣した。

 一行はそれを合図に散開する。


「このデカブツがぁっ!」


 アルフリスが大剣をふりかぶり、駆け出す。

 と、魔導像の脚部装甲が開き、やじりがハリネズミのように並んだ武器が顔を出す。


「シージィ式の連発クロスボウ⁉」


 言うや否や、セラーナはアルフリスの前に躍り出る。魔導像の異変に脚を止めたアルフリスを遮るように立つと、小剣を抜き放った。

 同時にクロスボウが雨のような勢いで矢を吐き出す。


「こ……の……くらい!」


 セラーナは飛来する太矢を見極め、斬り払う。

 その姿はアルフリスの眼には舞いのように見えた。全ての太矢を叩き落とした主人を見て、彼は籠手で涙を拭う。


「お嬢……お強くなられて……」

「アルフリス、板金鎧を着ているからって突出しないの!」


 二人はひとまず距離をとる。

 魔導像のクロスボウが収納される。笑いが兜から漏れた。


『対人駆逐兵器も満載だ! たった五人で何ができる!』

「いつもの二割五分増しだよ」


 魔導像の横で構えていたフィスィアーダがクロスボウの収納動作を見て、地面に刺さった銛を駆け上がった。最後の一歩で身を捻りながら舞い上がると、回転の遠心力も加えて魔導像の右腕に斬りかかった。

 神殿の鐘のような重い金属音が響き渡る。


「…………」


 反作用で逆回転しながら着地するフィスィアーダ。


「手、大丈夫か?」

「うん」


 ロベルクに短く答えると、彼女は氷から削り出したような透明な大剣を魔導像に刻んだうっすらとした傷に向けた。


「もっと精霊力を込めないと斬れないかも。それよりあの魔導像の装甲、レグリスでできてるよ」

「レグリス⁉」


 最も大きな反応を見せたのはセラーナだった。


「欲しい! 腕一本だけでも!」

「あの型は下級騎士用だからレグリスなのは装甲板だけで、中身は礬素ばんそ合金だよ」


 レグリスとは、金属の分子一つ一つに界子や精霊との親和性を高める刻印を施した魔導金属材である。魔法を施す場合、ただの金属より圧倒的に強力な効果を引き出すことができる。現代においては、山の恵みに通じた山妖精の中でもレグリス冶金を行える者はごく僅かであり、主に銀を素材とすることもあって相場は鋼製品の十倍は下らない。


「お嬢、戦闘中ですぞ!」

「だってアルフリス、あの装甲板一枚で何人の民が冬を越せると思ってるの⁉」

「取る! セラーナのために取る!」


 セラーナの言葉に、ロベルクは気炎を上げた。


「シャルレグ、凍結! レグリスの魔法防御を抜け!」


 虚空に現れた氷の竜は光条の如き冷気を吐き出す。

 魔導像はそれを察知して盾を構えた。


『ん? 自動防御か?』


 制御を離れた魔導像にシャハーブが思わず口走った。レグリスの魔法防御を凌駕した凍気が盾の先端付近を凍結させていく。

 ロベルクは魔法で創り出した氷柱を駆け上がり、魔導像が構える盾の目の前に飛び出した。重力、膂力、精霊力、全ての力を一点に集中させ、盾に斬撃を浴びせる。


「『月の剣・孤月の舞曲』っ!」


 霊剣が藍色の光を放つ。

 斬撃が凍り付いた盾に接触した瞬間、金切り声のような耳を覆いたくなる摩擦音を発した。

 一瞬も経たず、霊剣と盾が奏でる不快な合唱が鳴り止む。

 ほぼ同時にロベルクが着地し、その背後には斬り落とされた盾の前端部が重い音を響かせて落下した。


『レグリスを切断したのか……猪口才な!』


 魔導像は生き物のように跳び退ると、両脚を開いて踏ん張った。同時に背中から、人が潜り込めそうな太さがある二本の筒がせり上がり、前方に倒れてロベルクたちの方を向いた。


「何だ……腕? 口?」

「いけない!」


 メイハースレアルが叫ぶ。


術化界子じゅつかかいしの打ち出し器だよ!」

「あの大きさで⁉」


 ロベルクの脳裏に、レイスリッドが放った界子弾かいしだん攻撃の凄まじさが浮かぶ。


「街に被害が及ぶじゃないか!」

『街より自分たちの心配をしたらどうだ?』


 嘲笑するシャハーブ。

 両肩の打ち出し器が唸りを上げて陽炎を発し、筒の内側に光が灯る。


『砕け散れぇ!』


 シャハーブの咆哮とともに二つの光条がロベルクたちを薙ぎ払った。

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