第七十話 『捕物』
同刻、副伯邸。
ダンスパーティでも開けそうな広さを持つ中庭を見渡せる広間で、ウモンはコギョーの訪問を受けていた。
ウモンは自身の頭程もある大きな水の霊晶を据えつけた、お気に入りの椅子に腰を掛けていた。
隣にはサールードと、霊晶作りのときにも護衛をしていた小柄な戦士が控えている。
コギョーは同行していたサールードを背後に控えさせると、また小袋を取り出してウモンの前に差し渡された机の上に差し出した。
「この度は、おめでとうございます」
「うむ。これでトーゾーも大人しくなるだろうし、水の精霊の怒りも収まるだろう」
「おかげさまで私共の商売も安泰。副伯様にもまとまったお礼をお渡しすることができるというものです」
「精霊の扱いなど、容易いものよ。ふっふっふ」
「まことに。はっはっは……」
笑い合うウモンとコギョー。
しかし、突如として甲高い破裂音が二人の声をかき消し、門扉が砕け散る。
現れたのは二人の侵入者。
一人は半森妖精の青年。樹皮色の衣を来て抜き身の長剣を持っている。
もう一人は黒髪を後頭部で結い上げた少女。紅い短衣を纏い、小剣が収まった鞘を腰の後ろに結わえつけながら歩いていた。
そして空中には水晶の如く光を乱反射する、氷のドラゴン。
狼狽して椅子から立ち上がるウモンとコギョー。
「何者だ⁉」
「精霊使いに襲撃される覚えがないとは言わせん」
ロベルクはゆらりと霊剣を持ち上げ、剣先でウモンを指した。
「な……何だと! この霊晶を狙って⁉」
「霊晶? そんな巨大な霊晶が……」
ロベルクが眼を細める。
「成程。それを水の精霊に返せば、怒りも少しは収まるかも知れない」
ロベルクの冷たい声に、ウモンは後退りして霊晶を庇った。
「賊? 賊なのか?」
「馬鹿ね……」
セラーナが音もなく小剣を鞘走らせた。
「……じゃあ、トーゾーさんの関係者から襲撃させる覚えは、あるわよね?」
トーゾーの名を聞き、たじろぐコギョー。
「こ……こいつら、生け贄を奪いに来たんですよ!」
「ぬう、後一歩のところで……」
追い詰められ、歯噛みするウモン。が、彼はやおら中庭へ通じるバルコニーへと走り出ると、屋敷中に聞こえるような大音声で叫んだ。
「侵入者だ! 参集せよ!」
中庭をコの字に囲む建物群の扉や掃き出し窓が開き、鎧と新月刀を持った騎士や新月刀だけを持った兵士といった護衛が飛び出してくる。
「!」
ロベルクとセラーナは背中合わせになり、隙なく周囲を見回す。
護衛の者たちが抜剣する。その数、ざっと五十。
「この狼藉者を斬り捨てよ! 首を取った者は男爵に推挙してやる!」
おお、と護衛達が雄叫びを上げた。
下卑た護衛の反応を、ロベルクは冷え切った眼で見やる。
「……リンノを返すならそれでよし。さもなくば容赦しない」
気圧される護衛達。だが、一人の兵士が震える手で新月刀を構えてじりじりと躙り寄ってきた。
「男爵、男爵、男爵……」
その言葉に鼓舞されたのか、他の護衛達も力なく萎れていた新月刀を構え直す。
「死ねぇ!」
大上段に構えた直線的な斬り下ろし。
ロベルクの霊剣はそれに絡みつくように滑り込み、兵士の横腹を薙ぐ。
「男、爵……」
傷口を凍結され、一滴の血も流さず倒れ伏す兵士。
「う……うわあ~!」
一瞬で倒された兵士を見て、逆上した護衛達が一斉に斬りかかってきた。
「シャルレグ。僕とセラーナの背中を守れ!」
氷の王に命令しながら護衛の群れに飛び込むロベルク。
三人の護衛が同時に新月刀を振り下ろす。
ロベルクは一人の利き腕を斬り裂き、二人目の刀を氷で覆った左手で受け流し、三人目の斬撃には背中を晒す。
「取った……がはっ!」
勝利を確信し、刀を振り下ろした騎士は、突如としてロベルクの背から生えた氷槍に腹部を刺し貫かれた。
「ありがとう、シャルレグ!」
そのままロベルクは、刀を受け流した相手の背後に滑り込み、斬り上げの一閃で倒した。
セラーナには、ロベルク以上に多数の護衛が群がっていた。
「俺はこっちで楽しむぜ」
「爵位はいらねえから、この女が欲しい」
溜息を吐くセラーナ。
「……くだらなすぎて言葉もないわ」
「ごめんなさい。先約があるのよ……ねっ!」
短刀が放たれる。
ある者は身体や腕を刺され、ある者は慌てて斬り払う。
包囲が乱れる中をセラーナが駆け抜ける。
小剣が閃く。
護衛達の足を斬り裂く。
植木を駆け上がって空中から蹴りを打ち下ろす。
セラーナにすり抜けられた護衛達は次々と、浅いが無視できない傷を負っていった。
テラスで戦いを見守っていたウモンが地団駄を踏む。
「何なんだ、あいつらは! サールード、何とかしろ!」
「わかってますよ」
サールードが、精霊を召喚すべく精神を集中する。が、
「ぐっ!」
突然弾かれたように手で顔を庇う。
同時に何かが彼の顔面に飛来し、庇った手の甲をしたたかに打ち据えた。
落ちた物を確かめると、それは精霊魔法で作られた石礫だった。
「どこだっ⁉」
神経質に周囲を見回し、叫ぶウモン。
護衛達も、己の主がにわかに騒ぎ出したのを見て、ロベルクとセラーナから一旦間合いを取る。
砂利を踏みしめる音。
そして、門から姿を現す人影。
「カンムー副伯、ウモン・レンドー。君の悪事もここまでだね」
二人ならず三人までも侵入を許してしまったウモンは顔を怒りと焦りがない交ぜになった色に染める。
横ではコギョーが驚愕に口を開けたまま人影を指差した。
「ああっ、あの男ですよ! 我々を嗅ぎ回っていたシージィ人の騎士!」
「何奴⁉」
「おいおい……」
慌てふためく二人を見て、人影は気障に笑った。
「シージィの庇護を受ける臣でありながら、俺の……いや、余の顔を見忘れるとはね」
くっ、と人影が顔を上げる。
「き、貴様……いや、あなた様は!」
その面差しを確かめたウモンは、赤かった顔を今度は真っ青にして全身を硬直させた。
疑問の表情を浮かべるロベルクの横で、セラーナの脳裏では目の前の男と忘れていた幼い頃の記憶が繋がったところだった。
「ジェンタイ……幼い頃に会っていたんだわ。あいつの本名は……」
セラーナが記憶を手繰っている間に、ウモンとコギョーが狂乱の体でテラスから下り、地面に片膝をついて畏まった。
「シージィ帝国皇太子、シャンリン殿下……」
ジェンタイ――いや、シャンリンは、丸くなって地面に這いつくばる二人を見下ろした。
「カンムー副伯ウモン、並びにメニディ商会会頭コギョー。うぬ
「…………」
這いつくばっていたウモンの背が震え始める。そのまま身を起こすと、テラスまで後退った。その顔は引き攣ったような笑いを浮かべていた。
「くっくっくっ。皇太子殿下がこのような所にお出ましになる筈がない! これを見るがいい!」
ウモンがテラスの上で手を叩いた。
テラスに近い引き戸が開く。
二つの人影が現れた。
怯えた表情のリンノ。
そして――
彼女の首に片刃の短刀を当てて背中を小突きつつ現れたのは、イハルだった。
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