第五十七話 『乱獲者の制圧』
ロベルクとジェンタイ、そしてノルビットは鍋に向かって走り、水路を挟んで商会の配下と対峙する。
「何奴⁉」
突然の乱入にぎょっとした顔になる精霊使いと戦士。
「お前等の悪事、しっかり聞かせてもらった」
「そして、水の精霊を破壊するところも、見させてもらったよ。なあ、ノル……」
呼びかけられたノルビットの顔は憤怒に歪んでいた。怒りに震える手で三叉槍を抜き、構える。渾身の力で怒りを溜め込み、そして竜が炎を吐くように叫んだ。
「許さぁぁぁんっ!」
ノルビットが一跳びで水路を飛び越え、目の前にいる戦士が反応する暇を与えずに突き刺す。
「ぐぼっ!」
心臓を貫かれた戦士を力任せに鍋へと叩きつける。周囲に肉の焼ける不快な臭いが
充満した。
思わず一歩後ずさる精霊使いと戦士。
「精霊使いとして……水を殺したお前達をのさばらせておくわけにはいかない!」
「俺は告発したかったがね……お前達の悪行を止めることが最優先だと判断したよ!」
ロベルクとジェンタイがそれぞれの得物を抜き放って水路を飛び越えた。
新たな攻め手に危機感を募らせる商会の精霊使い。だが、この男は使役していた
「森妖精は精霊使いだ。召喚する間を与えず武器で足止めしろ! その優男は、我々のことを嗅ぎ回っていた奴だ。確実に仕留めろ!」
「おう!」
戦士が剣を抜く――その数、八本。案の定、浮浪者風の者を含めて全員が磨き上げられた新月刀を構えている。二人が精霊使いの護衛の為に引き下がり、残りの六人がロベルク達を半包囲してきた。
若い戦士がロベルクの体格と妙な構えを侮って、真っ先に打ちかかる。
「でやあっ!」
「外見だけ見れば、的確な判断だ……が!」
ロベルクの妙な構え――『月の剣』の構えから繰り出された霊剣はすれ違いざまに相手の胴を薙ぎ、さらに反応しきれないその背には蹴りが埋め込まれる。ロベルクとて、殺すつもりで襲いかかってくる者に手心を加える筈もなかった。
戦士は水路へ落ち、そのまま運河へと流されていく。
「なっ⁉」
「余所見をする余裕はないっ!」
ノルビットが気を逸らした戦士の胸を突く。金属製の胸当てを軋る耳障りな音が鳴り、穂先は半ば程まで戦士の身体に収まった。
「おおっと、格好良いところを取られてしまうね」
三人に囲まれていたジェンタイが新月刀を振るう。彼の体捌きもロベルクと別の意味で特殊だ。安定した姿勢を維持しつつ、
一合で戦士の半数弱を失った精霊使いは、鍋を盾にする位置へと後ずさる。
「つ……使えない護衛だ」
「お前のような無慈悲な精霊使いを護衛していたら、このような結末は致し方ない」
ロベルクが言い放つ。
「このっ!」
「くたばれ!」
精霊使い達を護衛していた二人の戦士が、同時に斬りかかる。
ロベルクは一人目の攻撃をかわし、二人目の横をすり抜ける。死角から放たれた横薙ぎは、驚いて振り返りかけた二人目の胴を斬り裂いた。
「つ……強い!」
「よし! よく時間を稼いだ!」
精霊使い達は戦士の犠牲を一顧だにせず、己の精霊を呼び出していた。
「土よ、かの者を幽閉せよ!」
突然、ロベルクの足元の土が盛り上がる。それは一人目の戦士と対峙していたロベルクの両脚を捕らえると、一息に包み込んだ。
「ロベルク!」
ジェンタイが一人の戦士を袈裟懸けにしつつ、極太の土柱に飲み込まれた仲間の名を叫ぶ。
隙を見つけた生き残りの戦士が、ジェンタイに決死の打ち込みを掛ける。
「隙あり!」
「っ⁉」
しかし、敵の新月刀が振り下ろされることはなかった。
戦士は首に円環手裏剣を生やし、血を吹き出しながら崩れ落ちる。
「セラーナ嬢か?」
危機が去ったジェンタイは、精霊使いから眼を離さずに呼びかけた。
呼応して、廃屋の二階からセラーナがひらりと飛び降りてくる。
蟻塚のような土柱を挟んで精霊使いと対峙する三人。しかしロベルクはその土の中だ。
精霊使いが醜悪な笑みを浮かべた。
「強力な精霊使いだったようだが、三人掛けで召喚した精霊魔法の威力には及ばなかったようだな。このまま窒息死だ!」
「次はどいつを始末するかな」
「女は生かして捕らえろよ」
精霊使い達は下卑た笑いを漏らしながら、精霊の召喚を始める。
「まずいことになったね」
ジェンタイが気障な表情を崩すことなく呟く。
セラーナは小剣を鞘から引き抜くと優雅に微笑んだ。
「大丈夫よ。ロベルクの精霊は……天変地異なんだから」
敵の戦士が恨みを込め、腰だめに体重を掛けて土像を突き刺す。しかし二振りの新月刀は石壁を突いたかのように阻まれた。戦士達は腹に柄頭をめり込ませ、呻き声を上げた。
「おいおい、精霊使い様よお。『土』とか言っていながら、随分砂利が多いじゃないか」
戦士達は腹を押さえながら、新月刀で貫けなかったことに負け惜しみを漏らす。
だが、精霊力を感知できるノルビットと精霊使い達は事態を急速に把握しつつあった。四者四様に青ざめ、脂汗すら滲ませている。
「それは……石ではない……」
「お……お前等、逃げろ……」
「そう」
セラーナだけが確信的に微笑んでいた。
「それ、石じゃないわ。氷よ」
次の瞬間、土柱から巨大な氷の腕が生えて二人の戦士を握った。
戦士達は驚愕の表情を文字通り凍りつかせ、そのまま硝子のように砕け散る。
広場に厳冬の凍気がたゆたう。常軌を逸した精霊の力に、セラーナ以外の誰もが心身共に寒気を覚えた。
土柱を砕いてロベルクが姿を現す。その身には砂粒一つ付いていない。
「ふむ……」
ロベルクは足元で精霊力を失って散らばっている土を興味深そうに見やった。
「一つの精霊を複数の精霊使いで召喚すると、強い力が引き出せるのか……」
精霊魔法に対する興味を一旦収めたロベルクは、必殺の術を破られて立ち尽くしている精霊使いへと向き直った。
「さて、償いの時だ」
ロベルクが霊剣の切っ先を精霊使い達に向ける。
「最早これまでっ!」
精霊使い達は自棄になって召喚を始めた。
「往生際の悪いことだね」
ジェンタイが新月刀を構える。横ではセラーナが投げ矢を取り出していた。
「悠長に待つわけないでしょ」
セラーナは精霊を召喚しようとしている精霊使いの一人に、容赦なく投げ矢を放つ。
「つっ!」
腕に投げ矢を受けた精霊使いは集中を乱し、召喚の中断を余儀なくされた。
「よし、今だね!」
ジェンタイが新月刀を振り上げる。
「待て、ジェンタイ!」
ロベルクの制止に踏みとどまるジェンタイ。
振り返った彼の後ろで、異変は起きた。
「こっ……これは!」
召喚を乱されて狼狽する精霊使い達。足元から吐き気のするような植物の精霊力が膨れ上がり、人の胴ほどもある植物が発芽した。それは一瞬で生長すると壺のような実を付け、混乱する精霊使い達に逃げる暇も与えず喰いつき、飲み込んでいった。
身の中ではくぐもった打撃音が響いている。実の内壁を精霊使いが殴ったり蹴ったりしているのだろう。しかし、その音も徐々に小さくなり、じきに静まっていった。
急速に生長した植物は、育った時と同じ速度であっという間に枯れ、細く干からびていく。後に残った壺状の実は六枚の部位に分かれて地面に倒れると、それも細かく千切れ飛んでいった。
跡に精霊使いの姿はなく、身につけていたと思われる宝石と錆びた銀貨が残るのみだった。
ロベルクが枯れた茎を踏みつける。
「強力な、植物の精霊使いか。精霊を支配……しているかどうかという強さだ……」
「待って! ゴンドラの音がする」
セラーナが警戒の声を発する。彼女の視線の先には、闇に紛れて黒いゴンドラが浮かんでいた。
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