第四十話 『繋がる思い』

 ソルアが長剣を閃かせてセラーナに打ちかかる。

 頭二つ分以上も体格差のあるセラーナはそれを止めようとせず、受け流す。ソルアの長剣は小剣の上をつるりと滑り落ちた。そのさらに下をセラーナがくぐり抜け、斬り下ろして隙になったソルアの二の腕に小剣を振り上げる。ソルアが肩を引き、衝撃を緩和する。セラーナの小剣はソルアの二の腕を覆う鎖帷子を貫通するには至らず、袖に裂け目を作っただけにとどまった。


「ちょこまかと!」

「あら、思ったより素早いのね」


 長剣の間合いからセラーナが飛び出し、二人は睨み合った。


 ソルアは右から、左から、長剣を打ち下ろす。

 セラーナはそれを、あるものは受け流し、あるものは身をかわし、間合いの内側に入るべく足を捌く。しかし、セラーナの素早さを警戒したソルアは大盾を掲げて巧みに彼女の侵入を阻んだ。


「やっ!」


 セラーナが司祭衣の裾から小さな円環状の刃物を取り出し、手首の捻りだけで投げつける。群れを成して飛来する円環に、ソルアは盾と剣を総動員して迎撃を余儀なくされた。その隙にセラーナはソルアの懐に飛び込み、強烈な横薙ぎを喰らわせる。その斬撃はしかし、鎧の板金部分に命中して空しく火花を散らした。


 ソルアの大盾が迫る。


「くうっ!」


 セラーナは咄嗟に身体を庇うが、左の肩から腕にかけてしたたかに盾で打ち据えられる。衝撃を吸収すべく自ら跳ね飛び、受け身を取って絨毯の上を転がった。

 セラーナは何とか間髪を入れずに立ち上がるが、盾の衝撃は完全にはいなし切れておらず、左腕を痺れさせた。


「一筋縄ではいかないようね……」


 セラーナは左腕が訴える痛みを無視し、小剣を突き出す形の体勢を取って隙を窺った。


 ソルアが間髪入れず、長剣の長さを生かして草でも刈るように斬り払う。無論、その軌跡の途中にはセラーナの首や腹部があるのだが、セラーナがいつまでも同じ場所にいるはずもなく、その斬撃を受け流し、また的確にかわしながら、相手の間合いから中に入ろうとする。

 身長差に業を煮やしたソルアは上段から剣を叩き下ろす。

 破壊力も速さも申し分ない一撃だったが、セラーナの身体を捕らえるには至らず、獲物を仕留め損ねた剛剣が床の大理石を砕き、欠片を飛び散らせる。

 砕けた石粒がソルアの面頬を打つ。思わず顔をしかめるソルア。

 その隙をセラーナが見逃すはずはなかった。


「たっ!」


 セラーナは打ち下ろされた剣と、ソルアの腕とを踏みつけてその頭上に跳び上がった。そのまま司祭衣の裾から投げ矢を取り出すと、身を捻って宙返りしながら盾を持つ左腕に向かって投げる。数本が、鎖帷子に包まれたソルアの二の腕に突き刺さった。


「糞ぉっ!」


 ソルアが吠える。盾の動きが目に見えて緩慢になった。すると使い物にならなくなった盾を思い切りよくかなぐり捨て、剣で肩口の投げ矢を払い落とした。


「何て丈夫なの⁉」


 セラーナは跳び退り、間合いを広く取った。





 ロベルクの前に、腕が再生したヒュールが立ちはだかる。


「おいらの体は一部分たりとも冥界に逝かないよう、フィルーリアン様によって生命界に繋ぎ止められているんだ。だから体は無限に生える。諦めな」


 ヒュールは肩当ての裏から新たな短剣を引き抜くと、身体を低くして構えた。


「その体に括り付けた武器は無限ではあるまい。何度でも斬り落としてやる」


 ヒュールは奇声を上げながらロベルクに二本の短剣を突き出す。避けられるや否や、そのまま腕を交差させ、斬り払い、さらに交互に突きを繰り出した。


 ロベルクは『月の剣』の足捌きを応用して、小さく後方に跳びつつ最小限の動きで攻撃を回避し、受け流す。そして逆腕の陰から斬撃を見舞い、ヒュールの片腕を斬り飛ばした。


「腕を上げたね、色男」


 案の定ヒュールはそれに怯む事はなかった。手品か何かのように腕を肩口から再生させ、しかし息を弾ませながら、ブーツに括り付けた短剣を引き抜いて構える。


「体力も無限ではないようだな、草原妖精の化け物!」


 ロベルクは努めて呼吸を整え、剣の切っ先を身体の陰に隠した。小さく揺れていた剣の先端が徐々に静けさを取り戻し、夜闇を照らす月光のような冴えを取り戻し始める。


 途方もない長期戦を予感した。

 だがそれは生命力に劣るロベルクと、そして体力で劣るセラーナの敗北を意味する。


(死ねない)


 その思いが、二人を無意識に一歩、下がらせた。


 気付けば、同時に間合いを広げたロベルクとセラーナは、背中合わせに立っていた。

 ロベルクの脳裏に、起死回生の名案が閃く。その時、彼にはなぜか、自分の考えが背中を通してセラーナに伝わったと確信することができた。


 ロベルクは背後の仲間を信じ、二人の周りに無指向性の吹雪を放つ。

 敵が強烈な冷気から肌の露出部を庇う隙に、二人は百八十度回転し、別な相手と対峙する。暴風雪が収まり、敵が眼を見開いたのと、ロベルクとセラーナが床を蹴ったのはほぼ同時だった。


 冷たい霞の中から、ソルアの眼にはロベルクが、ヒュールの眼にはセラーナが現れたように見えた。急に入れ替わった二人の攻撃は間合いの混乱をもたらす。ロベルクの一閃はソルアの板金鎧を紙のように斬り裂き、セラーナの電光の突きはヒュールの身体に無数の刺し傷を穿った。


「淑女のぉ……嗜みっ!」


 セラーナはまるで倍の速度で踊っているかのように、軽快に、絶え間なく、様々な角度から繰り返しヒュールと交錯する。短剣が何度もすれ違いざまに閃き、動きを鈍らせたヒュールの全身に走る腱を切断していった。


「そして焼却!」


 間髪入れず、司祭衣の裾を跳ね上げるセラーナ。懐から取り出し、後ろ手に投げつけた油瓶は、狙いあやまたずヒュールに命中した。再生を試みていたヒュールは粘性の高い油に塗れて火だるまになり、ようやく攻撃の手が止まった。


「ヒュール!」


 ソルアが叫ぶ。視線こそロベルクから離してはいなかったが、今のロベルクにはその隙だけで十分だった。


 僅かな隙だったからこそ、ロベルクの眼に閃きの道が見える。脚の赴くに任せ、そこに躊躇なく飛び込むと、特殊な足捌きに乗せて斬り上げ、逆袈裟、二連続の横薙ぎと、一瞬を数える間もなくソルアの四方から斬撃を浴びせる。


 ソルアが自身の身に何が起こったのかうっすら理解することができたのは、相当な手練れであることの証左であろう。しかし、そこまでだった。ソルアは神経の反射すら起こせずに四方からほぼ同時に斬られ、前後左右から鮮血を吹き出した。


「名付けて『月の剣・四面無影の舞曲』!」


 ロベルクが凍り付いた血を払い落とすのと、ソルアが長剣を取り落としたのは、ほぼ同時だった。


「俺……負け……い。その……霊剣に……負……たのだ……」


 ソルアはゆっくりと膝を突き、重い金属音を響かせながら床に倒れ伏した。


 ロベルクとセラーナは、背中合わせに寄り添うと、互いに呼吸を整えた。


「……うまくいったね」


 ロベルクは呼吸を整えながら、背後のセラーナに呼びかけた。セラーナは、ロベルクの剣を持たない方の手に、自分の掌を重ねた。


「あの時、ロベルクが何をしようとしていたか、何故か分かったんだ。あなたと繋がったと思った……」

「うん」


 ロベルクも頷いた。


「僕も、伝わった確信があった。とてつもない奴らだったけど、僕らは一つだった……だから勝てたと思う」


 ロベルクとセラーナは一瞬の間、戦闘の緊張から解放されて背中越しに心を通わせた。それは一晩の休息に等しい程、二人の疲労を癒やした。

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