第二十一話 『二人の援軍』
突然、取り次ぎも通さず侵入してきたレイスリッドに、屋敷中に一瞬緊張が走った。だが、レイスリッドの立場や火急の用件である事が明らかであった為に、家宰も特に物言わず、影に控えていた。
ロベルクは鞘から抜くまでには至らなかった剣を腰に戻すと、早速レイスリッドと雑談的な戦略会議を始める。
「今、まずいって言うと……レスティカーザの
「何だ、情報が早いな。箝口令が敷かれていたはずだが」
「お前が居ない間に、宮廷魔術師らしい男が大神殿に踏み込んできて……」
「ああ……追い返してくれたらしいな。よくやってくれた」
「いや……ちょっと、な」
ロベルクはセラーナとの一夜を思い出して、僅かに頬を赤らめた。自分が守ると約束したセラーナ。彼女は今、どんな思いで過ごしているだろうか。乱暴な目には遭わなかったようだが、直接会って無事を確かめたいという思いが心を占めていた。
「何だ、ロベルク?」
「い……いや」
「ああ、セラーナか」
「いや、ちが……」
「安心しろ。彼女はお前の事を待ってるよ。彼女は訳あって大神殿にやって来た娘だ。大切にしてやってくれ」
レイスリッドがほぼ断定的にロベルクとセラーナの話を纏めてしまい、ロベルクとしてもそれ以上話を続ける訳にもいかなくなってしまった。つっと目を逸らすと、そこには視線を合わせづらい雰囲気を僅かに滲ませたエリュティアが座っていて、そこにも落ち着けなかったロベルクの視線は宙を泳いだ。
レイスリッドは若干からかいの表情が出かかっていたが、すぐに真顔に戻ると、情報交換を再開した。
「……で、
「宮廷魔術師が偉そうに説明していったんだ。『作るのは面倒だが』とか言いながら」
「なるほどな……っと」
レイスリッドは窓から控えめに差し込む日差しが徐々に高くなりつつあるのを眺めると、ロベルクに出発を促した。
「実は、消耗戦になりそうなんだ」
「それはいつの情報だ?」
「俺が戻るのとほぼ同時に、風の精霊による『長距離伝言』が着いた。今朝の情報だ」
「だが、それではレスティカーザまでの行程と時間が合わない。
「ああ、頼む。俺だけだと乱戦になった時に味方を巻き込みかねん。そこでお前と『氷の王』の出番だ。俺は大雑把担当、お前は細やか担当だ」
「任せろ」
二人はほぼ同時に踵を返すと、玄関のドアに向かって歩みを進めた。
「ロベルク」
引き止めたのはエリュティアだ。
ロベルクは数歩進んだところで足を止めた。
「ロベルク、無事でお戻りくださいね。あなたに戻ってきて欲しい人は、セラーナ補祭だけでなく、たくさん居ますよ」
「必ず戻ります。できるだけたくさんの聖騎士と一緒に」
エリュティアは慈母のような微笑みを浮かべて頷いた。
「……ついでにレイスリッドさんも」
「エリュティア姐さん、俺はついでかよ……まあいいけど」
「レイスリッドさんは、猊下から熱い気遣いのお言葉を賜っているはずですけど? それと、年齢の話をすると、命に関わりますよ」
慈愛の表情を浮かべたまま立腹の気を発するエリュティア。言い返されたレイスリッドは、大袈裟に怖がって見せることで、張り詰めた危機感を払拭しようとしているようにも見えた。
「おお、怖い怖い……行くぞ、ロベルク」
「あ、ああ」
「じゃあ行ってくる。エリュティア姐さ……いやエリュティア、馬は大神殿に返しておいてくれ」
逃げるようにナウクラーリア邸を辞するレイスリッド。ロベルクもそれに引き摺られるように玄関を出た。車寄せの庇を出ると、レイスリッドが左腕を差し出してきた。
「掴まれ。『長距離瞬間移動』で一気にレスティカーザの近くまで行く」
ロベルクは、以前ミゼーラがそうしていたように、レイスリッドの無駄なく筋肉が付いた二の腕を掴んだ。掴まれたのを確認したレイスリッドは、そのまま界子衡法の集中に入る。
「移動後、馬車酔いのようになってふらつく者もいるらしいから気をつけろ。……ニョール・エクナツィード・トロぺレート!」
呪文の詠唱が完了した直後、世界が濃密になったような錯覚を感じたかと思うと、視界が光に包まれた。
一瞬の後、光が消え去ると、ナウクラーリア邸の庭園は消え失せ、視界には荒野が広がっていた。空は鉛色の雲が垂れ込めた重苦しい天気に逆戻りし、薄くのさばった霧が不吉さをいや増していた。遠方には森林と、うんざりするほど見慣れたレスティカーザの城壁が見て取れる。そこから土を踏み固めただけの街道が、まるで蛇の死骸のようにべったりと伸び、視野の端を通って背後へと続いていた。
視覚が瞬間移動を確認すると、次いで微かな腐臭が鼻を刺す。ロベルクが眉を顰めていると、隣ではレイスリッドが、地面に何かを燃やした跡と、土を掘り返して穴を埋めたような場所を見つめていた。その周囲は雑草が踏み荒らされた跡が見て取れる。
「ここで戦闘が行われたようだ」
レイスリッドが、焦げの混じった土を踵で蹴る。
「そして……
ロベルクは言葉を失った。ここに埋められた者は、もとは人だったのに魔物として討伐されたか、遺体すら故郷に戻れないか、という最後であったということを意味していた。
レイスリッドの言葉は、恐らく事実だろう。言葉を飾っても意味がない事もあると、レイスリッドという男は理解しているのだ。
絶句するロベルクの肩を、レイスリッドが軽く叩いた。
「どうしてレスティカーザ出身者が人員から外されたのか、わかっただろう……さあ、行くぞ」
二人は無言のまま、レスティカーザの城壁に向かって足を進めた。
半刻(約一時間)程歩いたところで、レイスリッドが歩みを止めた。そのまま目を凝らして、遠方を確かめている。
「城壁から少し離れた所に、石造りの建物が見えるだろう。屋上にラウシヴの神旗が立っている。あそこに立て籠もっているに違いない」
その建造物を見て、ロベルクは再び言葉を失う事となった。
それは、ロベルクを最後の日まで暖かく受け入れてくれた、土木建築ギルドの事務所だった。
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