海の街、潮風にて

柊 終夜

邂逅

潮風の吹く港街に少年は、一人立っていた。



マルーア大陸、西海岸最大の貿易都市メーア。白を基調として、港を中心に波紋状に立ち並ぶ建築物は、一種の芸術を感じさせる。その港で一人、釣りをする少年がいた。彼の名前はメイル。


「今日はこんなもんか...」


釣り糸を巻きながらバケツの中を見て、呟く。中には数匹の魚と、近くの砂浜で拾ったと思われる小さな貝があった。メイルの釣りは幼い頃から始まり、本人は別に釣りが好きだという感情がある訳ではないが、もはや習慣となっている。帰り支度を済ませ、歩き慣れた道を通る。街の特徴である港の面した通りに差し掛かった時のことだった。いつもとは違う光景に少年はふと足を止める。


「いつもより船が多い? .........そうか、今日は船団が来る日なのか...」


大陸随一の港であるメーアに、訪れる船が途切れるということは無い。しかし普段は5.6隻なのに対して、今日はぱっと見た限りでも倍の10隻以上の船が停泊していた。メイルは、見慣れぬ光景を不思議に思ったのと同時に、誰に聞かれた訳でも無いが、そう自らの疑問に答えを出して、再び歩き始めた。しかし、その光景に違和感を覚え、再度立ち止まる。


「黒髪の民か... 珍しいなぁ 初めて見た」


メーアは港街というその性質故に様々な人種が訪れている。髪色や肌の色、顔の造形など人それぞれであるが、体感的に金髪や銀髪が多いように感じられ、茶などの暗めの色も少なからず存在している。しかし、メーアから離れた、遠い島国に住む人々の持つ、息を呑むような漆黒の髪をメイルは本の中でしか知らなかった。その髪は、夕日に照らされて深い紫のようにも感じられ、メイルはとてもきれいな髪だと思った。すると、港の方から怒鳴り声が聞こえた。


「こぉら! 待ちやがれぇ!」


「っ⁉」


「や〜だよぉー! 待てって言って待つ人なんかいないでしょっ!」


急に聞こえた大きな声に少し驚きながらも、声のした方向に顔を向ける。すると、健康そうな褐色肌の少女が男に追われているのが見えた。少女の持つ引き込まれそうな黒髪に気づいた時、メイルはその色に目を奪われ、少女がこちらに近づいてきているのにも気づかなかった。


「はぁっ... はぁ... 坊主! 今、こんぐらいのガキンチョ見なかったか??」


夢見心地であったメイルは、いきなり声を掛けられたことで現実に引き戻された。状況ははっきりと把握出来ていないメイルであったが、息を整えながら、お腹のあたりに手を沿えて少女の身長を示した男の、見かけていないかという問い掛けに言葉を返した。


「どうしたんですか?」


「あのヤロ、もうすぐ仕事が終わるってのにサボりやがって 追っかけてたんだが、見失ってな 見なかったか?」


この人物は少女がしている仕事の監督役なのだろうとメイルは思った。丁度、今立っている場所が十字路であった為に、角で撒かれて見失ってしまったであろうことも容易に予想がついた。メイルは答える。


「...すみません... 多分見てません もしかすると、サボろうとしてるなら港と反対のあっちの方に行ったんじゃないですか??」


「そうか! ありがとう! 引き止めて悪かったな!」


少女の黒髪しか目に入っていなかったメイルは、適当な証言をしてしまったことに一入の罪悪感を感じながらも、自分が指し示した方向へと走っていく男の背中を見つめる。しかし、頭の中では未だにあの少女のことを考えていた。


「ありがとう! あなた良い人ね!」


背中側から急に声を掛けられたメイルは、ほんの少し飛び上がりながらも後ろを振り向く。見ると先程の少女が、手を膝の横について木箱に座り、足を揺らしていた。


「っ...びっくりした... そこに隠れて居たんだ... はぁ... あの人には悪いことしたなぁ」


「何よ? 私を助けてくれた訳じゃないの? あぁ、もうお礼言って損したっ!」


少女は木箱から立ち上がって、転がっている石を蹴りながらその場で回り始める。表情はどこか幼子がいじけているかのようにも見え、年相応の感情が見え隠れする。


「結果的に君を助けたことに代わりはないだろう? そんな風に言わないでくれよ」


「優しい人かって思ったのになぁ... ざーんねん」


「聞いてないし...」


苦笑いしながら、どこか残念そうな美少女だと、少しだけ辛辣な評価を下したメイルは、はぁと溜め息をついて、港の方を向く。


「まぁいいや! 私行くねっ!」


「あっ、ちょっと!」


メイルが視線を反らした一瞬で、少女は男が向かった方向とは違う道へとすごい速度で走り去った。メイルは、追いかけることをすぐに諦めてしまう。そして、先程と同じようにその少女の背中、具体的にはたなびく黒髪を見つめた。自分とは性格が対極に位置するような気がすると感じて、メイルは「相性悪そ...」と呟く。もう会うことはないだろうと考えながら、帰路につくメイルには少女との関わりがこれから深くなっていくことなど予想もつかなかった。

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海の街、潮風にて 柊 終夜 @5huy4

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