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「それ、何?」


 世貴子が、うさんくさそうな顔で俺を見る。


「この前のライヴで、ちょっと目立っちゃってさ…あれ以来、出かける時は変装してけって言われてるんだ。」


「それにしても、かえって怪しいよ。この暑い時に…」


 今日の俺のいでたちは、目深にかぶった帽子、真っ黒なサングラス。


「センは髪の毛でばれる。」


 って陸に言われたもんだから、髪の毛はまとめてキャップに押し込んでる。



「いよいよだな。」


「…そうだね。」


「緊張してる?」


「…んー…少しね。」



 オリンピック。

 世貴子は、決勝まで勝ち進んでいる。


 俺たちは、アメリカに来て二年。

 最初の年は我慢の年だったが、今年はCDがあたって、ライヴもあたっての大成功。

 オリンピックが終わる頃、日本に帰る予定になっている。



「帰ったら、結婚式だな。」


「楽しみ。」


 頬に、軽くキス。


「桜花の生徒も見に来てるんだって?」


「そ。びっくりしちゃった。準決勝のあと、団体で泣きながら走って来て…」


「柔道部の顧問に変わった甲斐があった?」


「そうね。伝えやすくなったかな…」


「それはさ、伝えやすくなったんじゃなくて…世貴子が自然体に戻っただけなんだよ。」


「…ありがとう。」


「俺は何も。」


「ううん…ここまでこれたのは、あなたと…二階堂の皆さんのおかげ。」


 世貴子が俺の頬に触れる。


「諦めなくて良かった…柔道も…あなたの事も。」



 世貴子を家族に紹介した途端、遠距離恋愛が始まった。

 世貴子は二階堂に通って稽古を積み、日本選手権で柔道界に返り咲いた。

 離れてる間、不安がなかったわけじゃないが…

 俺達は…お互いを信じていられた。


 強く。



「あたし…優勝して引退する。」


「え?」


「オリンピックで優勝が今の夢。そして…次の夢は、あなたのお嫁さん。」


「…すぐ叶うぜ?」


「頂点に立ったら、普通に女の子に戻るって…昔から決めてたの。だけど、恋をした事がなかったから、何度優勝しても辞めるキッカケがなくて。」


 首を傾げて笑顔の世貴子。

 決勝前にこんな話…

 もし負けたら…って頭はないんだろうな。



「あ、そろそろか?」


「うん。行ってくる。」


「頑張れよ!」


「行って来まーす。」



 世貴子は…まるで遊びに行って来るかのような笑顔で、俺に手を振った。

 そして、その後…




 * * *



「すんげえスクープんなってんな。」


 日本に帰って。

 事務所の廊下で光史が週刊誌を開いて笑った。


 オリンピック。

 世貴子は、1分16秒。

 見事な背負い投げで優勝した。



 一瞬にして時の人となった世貴子は、最初の記者会見で。


『普通の女の子に戻ります♡』


 と、金メダルを片手に満面の笑みで告白し。

 取材陣のみならず、協会のお偉いさん方の度肝も抜いた。



 かなり強く引き留められたようだが…

 そこは意志の強い世貴子。


「もうこれ以上筋肉つけたくないんです。」


「今まで出来なかった事をやりたい。」


 と、譲らなかった。


 週刊誌には『優勝会見が引退会見に!!衝撃の15分間!!』の見出し。



「しかし、驚くだろうねえ。来週結婚だもんな。な、新郎。」


 陸に肩を叩かれて、うなだれる。



 正直言って…本当に優勝するとは思ってなかった。

 いや、信じてはいたけど…

 ブランクを思えば、まさかオリンピックで優勝なんて…って。

 それはそれで嬉しいけど…


 問題も、ある。


 最近、世貴子は人気者だ。

 アイドル並になっている。

 いつもはクールに世貴子の相手をしていた二階堂の猛者達が、お祝いだと言って宴を開いてくれたらしいが…

 稽古着以外の世貴子と初めて会ったらしく、ツーショット写真を撮るために行列が出来た…と、陸から聞いた。


 世界最強、そして誰からも愛される世貴子。

 自慢でしかない……はずなのに。


 いや、俺がもっと磨きをかけて、世貴子の目を他に向かせなきゃいいだけの事。

 …うん。

 そうだ。




「どうだよ、世界一強い女と結婚するってのは。」


 陸が茶化す。


 俺は、そんな陸に身体をドンとぶつけて。


「その、世界一強い女を押し倒すことが簡単にできる男なんだよ、俺は。」


 って…威張ってみせたんだ…。



 12th 完

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いつか出逢ったあなた 12th ヒカリ @gogohikari

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