10
「それ、何?」
世貴子が、うさんくさそうな顔で俺を見る。
「この前のライヴで、ちょっと目立っちゃってさ…あれ以来、出かける時は変装してけって言われてるんだ。」
「それにしても、かえって怪しいよ。この暑い時に…」
今日の俺のいでたちは、目深にかぶった帽子、真っ黒なサングラス。
「センは髪の毛でばれる。」
って陸に言われたもんだから、髪の毛はまとめてキャップに押し込んでる。
「いよいよだな。」
「…そうだね。」
「緊張してる?」
「…んー…少しね。」
オリンピック。
世貴子は、決勝まで勝ち進んでいる。
俺たちは、アメリカに来て二年。
最初の年は我慢の年だったが、今年はCDがあたって、ライヴもあたっての大成功。
オリンピックが終わる頃、日本に帰る予定になっている。
「帰ったら、結婚式だな。」
「楽しみ。」
頬に、軽くキス。
「桜花の生徒も見に来てるんだって?」
「そ。びっくりしちゃった。準決勝のあと、団体で泣きながら走って来て…」
「柔道部の顧問に変わった甲斐があった?」
「そうね。伝えやすくなったかな…」
「それはさ、伝えやすくなったんじゃなくて…世貴子が自然体に戻っただけなんだよ。」
「…ありがとう。」
「俺は何も。」
「ううん…ここまでこれたのは、あなたと…二階堂の皆さんのおかげ。」
世貴子が俺の頬に触れる。
「諦めなくて良かった…柔道も…あなたの事も。」
世貴子を家族に紹介した途端、遠距離恋愛が始まった。
世貴子は二階堂に通って稽古を積み、日本選手権で柔道界に返り咲いた。
離れてる間、不安がなかったわけじゃないが…
俺達は…お互いを信じていられた。
強く。
「あたし…優勝して引退する。」
「え?」
「オリンピックで優勝が今の夢。そして…次の夢は、あなたのお嫁さん。」
「…すぐ叶うぜ?」
「頂点に立ったら、普通に女の子に戻るって…昔から決めてたの。だけど、恋をした事がなかったから、何度優勝しても辞めるキッカケがなくて。」
首を傾げて笑顔の世貴子。
決勝前にこんな話…
もし負けたら…って頭はないんだろうな。
「あ、そろそろか?」
「うん。行ってくる。」
「頑張れよ!」
「行って来まーす。」
世貴子は…まるで遊びに行って来るかのような笑顔で、俺に手を振った。
そして、その後…
* * *
「すんげえスクープんなってんな。」
日本に帰って。
事務所の廊下で光史が週刊誌を開いて笑った。
オリンピック。
世貴子は、1分16秒。
見事な背負い投げで優勝した。
一瞬にして時の人となった世貴子は、最初の記者会見で。
『普通の女の子に戻ります♡』
と、金メダルを片手に満面の笑みで告白し。
取材陣のみならず、協会のお偉いさん方の度肝も抜いた。
かなり強く引き留められたようだが…
そこは意志の強い世貴子。
「もうこれ以上筋肉つけたくないんです。」
「今まで出来なかった事をやりたい。」
と、譲らなかった。
週刊誌には『優勝会見が引退会見に!!衝撃の15分間!!』の見出し。
「しかし、驚くだろうねえ。来週結婚だもんな。な、新郎。」
陸に肩を叩かれて、うなだれる。
正直言って…本当に優勝するとは思ってなかった。
いや、信じてはいたけど…
ブランクを思えば、まさかオリンピックで優勝なんて…って。
それはそれで嬉しいけど…
問題も、ある。
最近、世貴子は人気者だ。
アイドル並になっている。
いつもはクールに世貴子の相手をしていた二階堂の猛者達が、お祝いだと言って宴を開いてくれたらしいが…
稽古着以外の世貴子と初めて会ったらしく、ツーショット写真を撮るために行列が出来た…と、陸から聞いた。
世界最強、そして誰からも愛される世貴子。
自慢でしかない……はずなのに。
いや、俺がもっと磨きをかけて、世貴子の目を他に向かせなきゃいいだけの事。
…うん。
そうだ。
「どうだよ、世界一強い女と結婚するってのは。」
陸が茶化す。
俺は、そんな陸に身体をドンとぶつけて。
「その、世界一強い女を押し倒すことが簡単にできる男なんだよ、俺は。」
って…威張ってみせたんだ…。
12th 完
いつか出逢ったあなた 12th ヒカリ @gogohikari
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