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「うちの道場に?」
「ああ…ちょっと訳ありで、出来れば密かに練習出来る状態が好ましいって言うか…」
相変わらず自宅待機中の俺達は、事あるごとに音楽屋に集合。
スタジオの前にある、ちょっとしたスペースでお茶を飲みながら、俺は陸に相談をした。
…世貴子の復帰を応援したい。
「で、何だよ。それってセンの彼女?」
「…違う。友達だよ。」
「でも、あれだろ?例の美術の先生絡みの…」
「…ああ。」
「センがそこまで肩入れすんだからなあ…よっぽど…」
「…友達だ。」
「へーえ。早乙女君、顔が赤いですよ。」
陸が、俺の顔をのぞきこんだ。
「おちょくんなよっ。」
俺は、陸の頬をつねる。
「ま、帰り寄ってけよ。俺も実家顔出すから。」
「…俺が?」
「織が結婚祝いのお礼したいっつってたぜ?」
「……」
「遠慮すんなよ。」
「遠慮…」
遠慮とは言わないだろ。
そう思いながら、口にはしなかった。
今は…もう環さんの妻になった織。
その織に対して、俺は普通に接する事が出来る…はずだ。
だが、織と…海君を前にすると、それがどう変わるかは分からない。
…自分の人生を変えたいと強く思うほど、愛した女性。
そして…俺の血を分けた息子…
だけどそれは、俺の子供だと口に出して言う事は許されない。
…彼にはもう…立派な父親がいる。
後悔はしてない。
ずっとそう思って来た。
…いや、思い込もうとしてた。
二ヶ月前…環さんの計らいで、公園で織と再会した。
海君を…抱きしめた。
『素敵な出会いがあるといいね』
…織は俺にそう言った。
胸が痛んだけど…そう思わずにいられない織の気持ちも分かる。
ずっと…身体の奥深い所に、ナイフが刺さったままみたいな感覚だった。
痛みを痛みともせず、気付かないふりをしてた。
だけど、二ヶ月前の再会で…その傷が痛み始めた。
織との約束を果たすために、ギタリストになる。
躍起になってた俺は…織を忘れられないまま、そして少し憎んだままでもあったのかもしれない。
幸せそうな織に安心した反面…刺さっていたナイフが引き抜かれて、そこからとめどなく血が流れ出る感覚になった。
…苦しい…と。
だが…そんな俺を察したのか。
陸が『おまえが立ち止まったままなのは、現実を見てないからなんじゃねーの?』って…ズバリ。
…現実。
現実…な。
そして、その言葉の通り…現実を見つめようとした途端…分かった事があった。
…俺より、もっと辛い立場にいる奴がいる。
その気持ちは、きっと口に出す事も許されない。
陸は、織が環さんと結婚してから、一人暮しを始めた。
「来るだろ?」
まるで一人で帰るのが嫌なのか?と言いたくなるほど。
陸はしつこく言った。
「……」
それでもためらってると。
「来いよ。色々受け止めた方がいいって。」
…自分に言い聞かせてるかのように、言った。
「…ああ。分かった。」
小さく溜息をつきながら答える。
そうだ。
敵に会いに行くわけじゃない。
今日は…世貴子の事で、相談に行くんだ。
そう。
「センに彼女がねー。」
陸がバイクのキーをポケットから出して、指で回した。
「違うっつってんのに。」
「ま、いいからいいから。」
「おまえこそどうなんだよ。とっかえひっかえで、たまには一人にしぼれよ。」
「うーん…なかなかそういうわけにもねぇ。」
陸は…織が好きだ。
そして…織も。
「おまえって、幸せな奴。」
俺が陸の肩を抱き寄せると。
「何、女一人まわせとか言う合図か?」
って、陸はふざけた。
織が俺に送った最後の手紙に。
『私には愛すべき家族がいます』
って言葉があった。
織は、愛すべき陸を自由にしてやりたくて…家を継ぐ決心をした。
俺の勘では、織の夫の座を射止めた環さんも…きっと、このことに気付いてる。
織を本当に愛した者だけが、気付いた事実だろう。
「俺は歩いてくからいいよ。」
「何言ってんだよ。ほら、早く。」
ヘルメットを渡されて、渋々陸の後ろに乗る。
まさか…陸とバイクの二人乗りをするとは。
…今、俺と陸がこんな関係だなんて…
あの頃の誰が想像出来ただろう。
「しっかり掴まってろよ?」
「飛ばすなよ。」
「飛ばさないって。」
「マジで安全運転でぇええええええ!!陸!!速いーーーーー!!」
「法定速度だぜ!?」
初めて乗ったバイク(後ろ)に、俺は。
魂を持って行かれそうになって。
背後から、陸をギュッと抱きしめ…過ぎた。
「あはははは!!そこ!!そこ掴むなって!!くすぐってーんだって!!セーン!!バカーーーー!!」
そう叫ぶ陸の後ろで。
俺は…
終始無言だった。
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