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「すっごーい…ミュージシャンだなんて。」
「そんな…すごくもないけど…」
…すごくなんかないよな。
自宅待機なんてしてるし。
それより。
なぜか、部屋に…彼女がいる。
俺が階段を上ってると、後ろから足音。
「遊びに行ってもいい?」
彼女の問いかけに、俺は頷いた。
キッチンで麦茶を入れてると。
「へえ。一人でこんないいとこに住んでるなんて、やっぱりお坊ちゃまだ…」
って、つぶやいてる。
そしてCDラックをマジマジと眺めて。
「あ、あたしこのCD全部持ってる。」
って、指さしたのはー…まさかの『TRUE』
親父の、バンド。
「好きなの?」
「ああ。」
「あたしも好き。」
「……」
「意外?あたしがロックなんて。」
「まあ…ちょっと。はい、麦茶。」
「あ、ありがと。」
世貴子は麦茶を一口飲むと。
「このバンド、色々わけありな人がそろってるって本に書いてあった。」
って、CDジャケットを眺めながら言った。
「ボーカルの人は、昔目の前でお母さんを事故で亡くされて声が出なかった…ベースの人は10年ぐらい歩けなない人だった。ドラムの人は天涯孤独、ギターの人は大切な親友を目の前で亡くして夢をあきらめるとこだった…」
「……」
「そんな人たちが集まったからこそ…TRUEっていうのかな…」
「?」
「真実って、温かい場所にいたら…見えないものじゃない?」
世貴子は俺に問いかける。
親父たちのことを、こんなふうに言ってくれた人は初めてだ。
温かい場所にいたら…見えないもの…
「あたし、今まで温かい場所にいた。だからー…本当は今すごくまいってるの。」
「まいってる?」
「自分が学生の時には、みんな同じ考えだと思ってた。」
「……」
「なんて言うのかな…あたしが学生の時はね、一つのことに取り組むにしても、もう少し覇気があったと思うの。」
なるほど、教育についてか。
「でも…最近の学生は違う。学校の中の事には興味がなくって…」
「でも、桜花はまだ厳しいからマシだろ?」
「確かにピアスしてたり化粧してたりなんて事はないけど、だからだと思うの。」
「?」
「やりたい事ができないのに、押し付けられた事なんて、やってられない…って感じ?」
「なるほど。一理あるかも。」
「そう?」
俺の意見に、彼女はちょっとばかり不機嫌な声。
「学生なのよ?学校とプライベートは別だわ。せめて教師の言った事には反応して欲しい。」
「そりゃあ、まあ、そうだけどさ…」
俺は、少しだけ意外な顔をして世貴子を見る。
「…何?」
「いや、なんか…焦ってるのかなと思って。」
「え?」
「まだ教師二年目だっけ?そう、いきなり完璧になろうとしなくたっていいんじゃないかな。」
「……」
「さっき知り合ったばっかの俺が言うのもヘンだけどさ。」
「?」
「生徒の前でも、眼鏡取っちゃえば?」
「…どうして?」
「自然体でいなよ。肩肘張んなくていいじゃん。楽に接してれば、生徒だっていつか何かを感じ取ってくれるさ。」
「……」
「なんて、えらそうなこと言っちゃっ…えっ?」
狼狽えてしまった。
目の前で、世貴子がボロボロ泣き始めたんだ。
「なっ何か気に障るようなこと言ったかな…」
「ううん…ご…ごめん…少しだけ…」
どうしていいか分からなくて、オロオロしてると。
「ごめんなさい…最近、色んな事がありすぎて…あたし、去年こっちに引っ越してきて友達もいないから相談する人もいなくて…」
世貴子が、涙を拭いながら小さく言った。
…ますます、歳上とは…
「あー…ごめん、本当にごめんね。突然お邪魔して、こんな愚痴こぼして…泣いたりして…」
頬をパンパンって叩いて、世貴子は無理矢理笑う。
俺はそんな世貴子を見て…
「…世貴子さ。」
「ん?」
「お茶、飲める?」
気付いたら、そう口にしてた。
「お茶?お茶って、どういうお茶?」
「…嫌いじゃなければ、点てるよ。俺は、混乱した時とか、落ち込んだ時にはお茶を点ててー…何も考えずに飲むんだ。」
「……」
世貴子はしばらく黙って俺を見つめて。
「…いただこうかな。」
って言った。
誰かにお茶を点てたい気分になってたのも手伝って。
俺は、茶室に彼女を招いた。
「すごい。なんだか本格的じゃない?」
「好きなんだ。こだわるのが。」
お湯を沸かして、茶碗を用意する。
早乙女から、お茶の道具を持ってこなかった俺は。
バイト代が入ってすぐ、一式揃えた。
なんだかんだ言っても、俺はお茶が好きだ。
「…心地いい音。」
俺がお茶を点ててると、世貴子は目を閉じてそれに聞き入っていた。
静かな部屋に、茶筅の音が心地いい。
「…どうぞ。」
お気に入りの茶碗を世貴子の前に差し出した。
「不思議な人ね、あなたって。」
って、世貴子は少しだけ笑顔。
そして、ゆっくり茶碗を手にすると。
「いい香り…」
茶碗をまわしながら、優しい目になった。
…さっきと全然顔つきが違うな。
そっとお茶を口に含んだ後、世貴子は。
「あたしね…柔道の選手だった。」
ゆっくり話し始めた。
「……」
「学生時代は、とにかく勝つことが楽しくて…だけど…」
「?」
「ある日、顧問の代わりに来た美術の先生を…ケガさせてしまった。」
美術教師…
もしかして、世貴子はそれで…?
「まだ若くて、結婚したばかりで、みんなに好かれてる先生だった。なのに…素人も同然の先生にからかわれたことにカッとなって…あたし…」
さっきまでは晴れてたのに、窓の外は雨になっていた。
まるで、世貴子みたいだと思った。
「先生は、右手が不自由になって…」
「だから、美術の教師になった?」
俺の問いかけに、世貴子は小さく頷いた。
「両親は周囲の目に耐えられなくなって…引っ越す決意をしたわ。あたしは…」
「柔道をやめて、その先生の分まで教師として頑張ろうって?」
「…そう。」
「やめた方がいいよ。」
俺は、きっぱり言う。
「ど…どうして?」
「自分の人生だろ?」
「でも、あたしは神崎先生の一生を…」
「俺がその教師なら、そんな事されても嬉しくない。」
「……」
「柔道、もう一回始めろよ。」
「……」
世貴子はうつむいて考えてるようだったけど。
「…ごめん、あたし…ダメだわ。」
そう言って立ち上がった。
「両親にも、先生にも、顔向けできない。」
「……」
「…お茶、ありがと。さよなら。」
世貴子は泣きそうな顔でそう言うと、小走りに出て行った。
「…神崎先生ね。」
この事から。
俺は自分でも驚くほどの、お節介焼きになってしまうのだった。
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