14

『いいのかー?麗、結婚するぞ』


 神さんから電話がかかってきたのは、顔出ししない俺達の、顔出し無しのMVの打ち合せをしている時だった。


「…今、打ち合せ中なんすけど…」


 小声で対応すると。


『あ、そ。もう、相手がうちに来て座ってんだけどな』


 神さんは、投げやりな声。


「…え?」


『食事会だとか言うから帰ってみたら、見合い相手が来てたんだ。なかなかいい男だぞ』


「……」


 そういえば、今日は知花も用があるって早く帰った。



『ま、仕方ないな。麗が決めることだしな。ただ…幸せになれるかどうかは別として』


「……」


 言葉が出てこない。

 頭が、まわらない。


『じゃ、悪かったな』


 神さんはそっけなくそう言うと、電話を切ってしまった。



「神さん、何だって?」


 光史が、俺の顔をのぞきこむ。


「陸?」


 俺は、まわらない頭で、だけど…


「わりい…ちょっと、行かないと…」


 立ち上がる。


「陸、どこへ…」


 センが声をかけたけど、俺は走りだしていた。




「っ…は…はっ…はー……」


 渋滞に巻き込まれて。

 俺はバイクを置いて、ここまで2Kmを全力疾走。

 門の前でへばりそうになったけど。

 髪の毛をかきあげて、いざ…中へ。



『はーい』


 チャイムを押すと、広い玄関から。


「あら。」


 知花の、おふくろさん。


「こんばんは。」


「こんばんは…あ、知花?」


「…いえ、ちょっと…邪魔します。」


「え?あ、あの!!」


 知花のおふくろさんの横を通りすぎて、俺はズカズカと家の中を歩く。


 広い家だな。

 どこなんだ?



「あの、今大事なお客様が…」


 後ろから走ってきたおふくろさんに。


「麗は、どこですか?」


 すごむ。


「え?」


「麗に、会いに来たんです。」


「……」


 おふくろさんは、しばらくキョトンとしてたけど。


「…あの奥の部屋です。」


 指さしてくれた。


 そして。


「麗を、よろしくお願いします。」


 そう言って、頭をさげてくれた。


「ありがとうございます。」


 俺も頭を下げて、その部屋に向かう。



「麗。」


 襖を開けると、部屋の中にいたメンバーは。

 全員が驚いた顔で、俺を振り返った。


「り…」


 麗が、立ち上がる。


「…陸ちゃん…?」


 知花が、目を丸くする。


「あ…君は…」


 親父さんが、俺を見て声を詰まらせた。

 俺は、親父さんの前まで行くと。


「二階堂陸です。」


 正座する。


「あ…ああ、知花がいつも、お世話に…」


 親父さんの言葉も全部聞かないうちに。

 俺は麗の見合い相手に向き合う。


「…は?」


 キョトンとしてる、その好青年に。


「麗は、すごくワガママで勝手で扱いにくい性格だ。絶対、あんたの手には負えない。あきらめてくれ。」


 低い声で、言い切る。


「なっ何よ!!何で陸さんがそんなこと…!!」


 続いて、親父さんとばあさんに向き直ると。


「麗さんを、僕にください。」


「!!」


 その言葉に、一番驚いたのは麗だった。


「な…何…何言ってんのよ!!あたしは、陸さんとなんて結婚しないわよ!!」


「おまえ、俺を好きなクセに、何見合いなんてしてんだ。」


「だっ誰があなたのことなんて!!」


 麗は、口唇をかみしめて、部屋を出て行ってしまった。


「待てよ。」


 俺は、途方に暮れてる家族を後目に麗を追う。

 廊下で麗をつかまえると。


「おまえは、俺じゃないとだめなんだよ。」


 真顔で、言う。


「ふざけないで!!どうしてくれるのよ…お見合いの席、台無しじゃないの!!」


「俺も、おまえじゃないとだめなんだ。」


「ワガママで勝手で扱いにくい女を!?」


「普通の奴にはな。でも、俺は普通じゃないから、おまえがいんだよ。」


「何よ…何よそれ…」


「俺が普通じゃないってのは、おまえが一番よくわかってるだろ?」


「……」


「おまえは、唯一…織を忘れさせてくれることのできる女なんだ。」


「……」


「おまえが必要なんだ。」


 濃紺の着物。

 麗は、袖を握りしめる。


「…信じらんない。」


「どうして。」


「…理由なんてない。」


「信じる努力をしろよ。」


「信じられる努力はしないの?」


「今の俺には、やましいことなんか一つもないぜ?」


「……」


「麗が、好きだ。」


 麗の肩に手をかけて、目をまっすぐに見る。


「見合いなんか辞めろよ。」


「…もう…あの人と…」


「俺と結婚しようぜ。」


「…本気で言ってんの?」


「ものすごく本気。」


「……」


 俺は本音を言ってるだけなのに。

 麗は、俺の手を払って…また、うつむいた。


「…最近、お気に入りの歌があってさ。」


「…?」


 少しだけ俺を見上げた麗を。


「…あ。」


 そっと抱きしめて、小さく歌う。


「…姉さんの作った曲じゃない…」


「でも、恋した奴はみんな想うことだろ? 」


 腕の中で、麗が目を閉じた。


「着物、きれいだな。」


「……」


「でも、おまえにはピンクの方が似合うんじゃないか?」


 髪の毛に唇を落しながらつぶやくと。


「…バカ…」


 麗の手が、背中にまわってきた。

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