13

 麗と寝て…最低男の烙印を押されて、一ヶ月が経った。

 今更だが、自分のダメ男っぷりに気付かされた俺は、麗に会う資格すらない。と、あれ以来落ち込んでいる。


 …あいつ、体大丈夫だったかな…


 色々気になるものの…俺にはそれを確かめる勇気も術もない。



「よお。」


 スタジオ階の廊下に座ってると、神さんが隣に腰をおろした。


「あ…知花どうですか?」


「知花も子供も、元気になったよ。」


 神さんは、満面の笑み。


 知花は、クリスマスイヴ…自分の誕生日に女の子を出産した。

 でも、難産の末、仮死状態で生まれてきてしまった子供は、危険な状態が続いた。

 知花も体調を崩して、しばらく入院。

 時々見舞いに行ってた聖子の報告によると、あまり良くはないようだった。


 でも…

 目の前の神さんは、穏やかな表情。

 それだけで、二人が回復したのが分かる。



「家にはいつ?」


「来週には帰ってくる。」


「楽しみっすね。」


「ああ。」


 神さんは、昔言われてた『ナイフを口に持つ男』はどこへやら。

 今ではすっかりマイホームパパだ。

 事務所にノン君とサクちゃんを連れて来ては、みんなにオアシスを与えてくれていた。



「ところでさ。」


 ふいに、神さんが首を傾げて俺を見た。


「?」


「麗と、何があった?」


「……」


 口を開けたままになってしまった。


「ど…」


「わかるさ。」


「……」


「あいつ、見合いするんだぜ。」


「…見合い?」


 思わず、眉間にしわ。

 見合いって。

 あいつ、まだ…


「学校…あるのに?」


「辞めるんじゃねーかな。さっさと見合いして結婚するんだなんて言って、写真広げてたぜ?」


「……」


「さ、言ってみな。何があったんだ。」


「…あー…」


「ずっと気になってたんだ。でも、知花のこともあったし。」


「…麗は何も?」


「やけっぱちでハイテンションになってるだけ。」


「……」


 俺はうなだれる。

 神さんは…麗の義兄だぞ。

 こんな告白…

 下手したら、殺される。


 …でも…



「実は…」


「うん。」


「…その…」


「何だ。」


「…麗と…寝ました。」


「……」


 視界の隅に入った神さんは、あきらかに不機嫌な空気を醸し出した。

 さっきまでの穏やかな表情は消え去って、なんなら…昔の神さんだ…



「ムリヤリか。」


「む…無理やりじゃあなかった……と…思うんですけど…」


「で。」


「…その時に、他の女の名前…言っちまったみたいで…」


「……」


 殺される。

 死を覚悟したその瞬間。


「ターコ。」


 呆れたような声と共に、頭をポカッと軽く殴られた。


「そりゃ、誰でも怒るさ。麗ならなおさらだな。」


「…ですよね…」


「で、おまえはその女が好きなのか?」


「……」


「何だよ。」


 俺は、意を決して告白する。


「実は、俺は双子の姉貴が好きなんです。」


「……」


「でも、麗はそれを知ってました。だからまさか、麗が俺に惚れてるなんて思いもしなくて…」


「麗のことは、どう想ってる?」


「……」


 正直に言ったら、それこそ殺される。

 そんな気がした。

 だが…嘘を吐いたってどうにもならない。


「…よく…分かりません。」


「それなのに、寝たのか?」


「…すみません…」


「あいつ、幸せになれると思うか?」


「…え?」


 俺は、恐る恐る神さんを見る。


「おまえのことでやけになって、見合いするんだぜ?」


「……」


 本当…だろうか。

 確かに、俺に向かって…

 初めてのキスも何もかも、俺とならいいと思った。とは言った。

 だけどあいつは、双子の誓が好きだったよな?



「ま、おまえがどーしても麗のことを好きになれないっつーんなら仕方ないけどさ。もし好きなんだって気付いたら…迎えにきてやってくれ。」


 神さんは立ち上がると。


「俺は、おまえ…麗を好きなのに気付いてないだけだと思うぜ?直感だけどな。」


 って…少しだけ笑顔。

 なんて答えていいかわからなくて、俺は苦笑い。


「じゃあな。」


 手を挙げて歩いてく神さんを見送って。

 俺は、麗のことを考え始めた…。




 * * *



「何ボンヤリしてんの。」


 織に顔を覗き込まれて、ハッとする。

 久しぶりに実家に帰ると、そこはさながら戦場になっていた。

 早くも歩き始めた瞬平と薫平に目が離せなくて、織は大変そうだ。


 海が小学校に入って空が保育園に入って、これで少しは楽になるかと思いきや。

 沙耶と万里の息子たちプラス泉は、海と空以上にハイテンションな子供だったりする。



「最近思うのよねー。」


 ふいに、織がつぶやいた。


「何。」


「うちの本部にも、働く母親っているでしょう?」


「ああ。」


「二階堂では今の色んな事が当たり前になってるけど…あたしは、働く母親も出来るだけ子供達と一緒にいられる環境を作りたいのよね…」


「…へえ。」


「本部にさ、乳幼児専用の教育ルームを作ったらどうかなって環は言ってくれてるんだけど…どう思う?」


「教育ルーム?」


「そう称しておけば古い頭の幹部も文句は言わないだろうし、何より…やっぱり親子はそばにいたいじゃない?」


「……」


「あたしも、いつかは現場に出る。今、こうして子供達のそばにいれる事、すごく幸せに思う。だけどそれって、あたしは特別だからよ。あたしは…母親である二階堂の女性全員に、子供は生まれた時から一個体だっていう古い考えを取り除いて欲しいの。」


 確かに、二階堂には働く母親が多くいる。

 そして、子供が生まれても…母性を持ち合わせない女性も多い。



「…ありかもな。教育ルーム。」


 俺が首を傾げて言うと。


「…そ?良かった。」


 織は笑顔になった。


「でも、それだとまたそれに併せて、教育係を置かなくちゃなんねぇんだろ?」


「そう。それなのよ。」


 万里の嫁さんの紅は、記憶喪失でありながらも殺し屋という過去を持っていて。

 本能がそうさせるのか…武道や銃術に関しては右に出る者がいないほどの腕を持っている。

 それで、今は新人育成の課に配属されている。


 沙耶の嫁さんで、俺と織の幼なじみでもあるまい舞は。

 昔から俺達に仕えるために育てられただけあって、二階堂には欠かせない逸材。


 乳幼児の教育係とは言っても名ばかりで、結局の所ベビーシッター。

 やたらと現場に命を燃やす二階堂の人間に…それは酷だな。



「…あんた、麗ちゃんとは?」


 織が、遠慮がちに聞いてきた。

 最近、何も聞かれなかったのに。


「……」


 俺は、無言で首をすくめる。


「あーあ、あの子ならベビーシッターいけると思ったのに。保育士志望だったんでしょ?」


「え?」


 織の言葉に、俺は目を丸くする。


「やだ、知らなかったの?」


「…知らねえよ。」


 よく考えてみれば。

 俺、麗のこと…何も知らねーな。


「陸。」


「あ?」


「早く気付きなさいよ。」


「何。」


「麗ちゃんを好きなこと。」


「おまえまで…何でだよ。俺が麗を好きだって証拠があるか?」


「あんたはね、あたしを好きだ好きだって思いこんでるの。」


「……」


「ずっと二人だったから…そう思えるのよ。」


「別に、それと麗を好きなこととは…」


「あんたが、振り回されてた。」


「……」


 確かに…

 俺は、麗のペースに振り回されてた。

 突然のようにやってきて、突然のように事を荒立てて。



「そんなに気にとめてない女相手の時って、何があっても動じないわよね。」


「……」


 俺は、考える。

 そうだよな…

 俺…



「…ちょっと出かけてくる。」


「いってらっしゃい。」


 俺が立ち上がると、織は嬉しそうに手を振って。


「頑張ってね。」


 意味深に…そう言った。




 * * *




「…しまった。春休みか…」


 桜花に出向いてみると、学校はガランとしていて。

 そこで初めて、春休みだと気付く。

 それにあいつ…見合いして学校辞めるなんて、神さん言ってたっけ。


 突然…会いたいと思った。

 顔が見たい。

 遠くから見るだけでも、いいや…なんて思って出てきたんだけど。


 小さくため息をつきながら、バイクを押す。

 あいつ…本当に見合い結婚なんてする気なのかな。


 ボンヤリしながらバイク押してると。


「あ。」


 偶然にも、麗発見。

 本屋に入って行ってる。


 俺はバイクを置いて、そっと本屋に入る。

 少しだけ…ドキドキしている自分を抑えながら、麗を追う。


 麗が立っているコーナーは、花関係の本のコーナー。

 …俺の前じゃ、花の話なんて、一度もしなかったけな。


 俺は適当な本を持ち上げて、隠れるように麗を見つめる。


 …優しい目になってる。

 花のことを考える時は、あんな顔になるんだ…


 しばらく花の本を立ち読みしていた麗は、続いて音楽雑誌を手にした。


 あ。


 あれ、先月取材受けたやつだ。

 俺たちは、顔を載せない。

 コメントのみ。


 なんとなくヒヤヒヤして見てると、麗の表情がフッと変わった…ような気がした。


 …何だ?


 さりげなく後ろから近付いて、同じ雑誌を手にして離れる。

 確か、13ぺージ開いてたな。

 同じページを開くと、そこには知花の書いた詞が載っていた。

 これは、俺たちがプロになるキッカケになった曲。

 五年の歳月を経て、このたび、ようやくアルバム発表となった。


 俺も、改めて…詞を読み返す。

 いつも知花が歌ってるのを聴いてたはずなのに。

 やけに…引っ掛かってしまった。


 麗を見ると、まだ…そのページを見つめてる。

 そして、おもむろに雑誌を閉じると。

 さっき目を通していた花の本を手にしてレジに向かった。


 麗が出て行って少ししてから、俺も店を出る。


 …公園かな。

 なんとなく、そんな気がして、俺は公園に向かう。

 すると、予想通り。

 麗は、ベンチに座って桜を眺めてた。


 まだ、つぼみ。

 その桜を、見上げる。

 今日の麗は、淡いピンクのセーターに、生成のミニタイト。

 俺と会う時は、もっと…大人っぽい格好してたっけな。

 シックなベージュとか、黒とか。


 ピンクなんて、着たの見たことない。

 …似合うじゃねーか。

 こういう色の方が、よっぽど麗らしい。


 ふいに子犬がやってきて、麗にじゃれつく。

 麗は、それを笑顔で抱き上げる。



「……」


 結局、麗が帰るまでずっと。

 俺は、麗を見つめていた。

 知らなかった麗が、たくさん見えてきて。


 俺の気持ちは……。

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