12

「…はー…」


 小さく溜息を吐きながら、タバコをくわえる。

 一度公園で会って以来、また待ち伏せてみたものの…麗は全く現れなくなった。

 俺を避けてか、公園を通らなくなったらしい。

 それで、俺はこうして桜花短大の前に張り込んでいる。


 …これじゃ、まるでストーカーじゃないか。



 季節は冬。

 麗を怒らせたまま、三ヶ月が過ぎてしまった。

 知花の出産が近付いて、しばらくフリーでの仕事が増えて、その分自由な時間もできて。

 俺は、このようなマネをしている。



 俺のギタープレイに邪念がある。と、いまだにセンと光史に言われる。

 その事を指摘した神さんも、全米ツアーから帰って来て。


「おまえ、まだこんなギター弾いてんのか。」


 …あの人に真顔で言われると、誰に言われるより堪える。

 ボーカリストだけど、どの楽器もソツなく出来てしまえる完璧人間。

 立ってるだけで、息をしてるだけでカッコいい男。


 別に邪念なんて…と思う反面、あるよな。と認める自分もいる。

 麗を怒らせたまま…と言うより、傷付けたまま。

 別に、嫌われただけだ。と気にしないふりをしながらも、どこか引っ掛かっている。


 …会いたいと思う気持ちは、ある。

 でもそれは…織に抱いていた気持ちとは違う。



 あ。


 寒空の下、ボンヤリと校門を見ていると、麗が出て来た。



「麗。」


 俺が背中に声をかけると、麗は一瞬立ち止まって…ゆっくり振り返った。


「話があんだけど。」


「……」


 相変わらず、冷たい目。


「そんな、怖い顔すんなよ。」


「……」


 俺の言葉を全く無視して、麗はスタスタと歩き始める。


「……」


 悪いのは俺だ。

 そう言い聞かせたが、もう我慢も限界らしい。


「きゃっ!!」


 俺は麗を小脇に抱えると、無理矢理車に押し込んだ。


「やっ!!何すんのよ!!離して!!」


「黙ってろ!!」


 今までになく、怒鳴りあげる。

 すると、麗は唇をかみしめて静かになった。

 俺だって、そうそう優しくはしてらんねえんだ。



 黙ったままマンションにたどり着いて。

 俺は麗の腕を引っ張ったまま、部屋に入る。


「…さて。」


 部屋に入って腕を離すと、麗はわざとらしく腕を擦った。


「座れよ。」


「……」


 麗は無言のままだけど、とりあえず部屋のすみに、ゆっくり座った。


「…あん時は、本当に悪かった。」


「……」


「織から…話聞いた。」


「……」


「んで、すげぇ怒られた。」


「……」


「…何か言えよ。」


「…どうして…」


「あ?」


「どうして、いちいちあたしのことなんて気にかけるのよ。関係ないんだから、ほっとけばいいじゃない。」


「何でそうなるかな。」


「だって…そうでしょ。もう顔も見たくないって自分から言ったんじゃない。だったら…こんな事までして謝らなくたって…」


「だから、あれは…」


「織さんに怒られたから謝るんなら、いいから。あたし、もう織さんとも会わないし。」


「待てって。」


「もう、陸さんの生活には関係しないから、あたしのことなんか忘れちゃっ…」


 ウダウダ言ってる麗の口唇を、思わず塞いでしまった。


 …思えば

 俺だって、まともな恋愛はした事がない。

 こうやって、拗ねたような唇で反論されちゃー…

 それを塞ぐ事でしか黙らせる術を知らない。


 麗の肩が、小さく震えてるのが伝わる。


 …可愛い。


「…っ…」


 唇が離れると、麗は真っ赤な顔で一瞬俺を見上げて…目を逸らした。


「…麗。」


 両手で頬を包んで、逃がさない事を視線で伝える。

 麗の目は潤んで…揺れてる。

 だけどそっと…目を閉じた。


「……」


 ゆっくりと唇を重ねる。

 少し背伸びした腰を抱き上げるようにすると、俺の腕にしがみつく麗。

 …あー…ダメだ。

 もう…


 歯止めきかねー。



 そのままベッドに麗を下ろして。

 俺は…



 * * *



「バカ!!」


 殴られて、目が覚めた。


「…って…何だよ…」


 眠い目をこすりながら起き上がると、麗が瞳いっぱいに涙を溜めてる。


「やっぱり…織さんなんじゃない!!」


「…あ?」


 わけがわからなくて、前髪をかきあげながら起き上がる。


「あたしを抱きしめて…織さんの名前呼ぶなんて、最低!!」


 麗は、大声でそう言って。


「もう絶対会わない。今度はあたしが言うわ。二度と、あたしの前に顔見せないでよね!!」


 けたたましく部屋を出て行った。


「……」


 しばらく状況判断が出来なかった。

 俺…麗と…

 …で、織の名前を……?


 あああああああああ…サイテーだな!!俺!!


 出て行く麗を追おうとして…やめる。


「…追う資格ねえな…」



 抱いてしまった。

 好きかどうかもハッキリしてないのに。

 そのうえ…



「最低…か。」


 言われても仕方ない。


「はああああ…」


 腹の底から溜息を吐く。

 タバコを取ろうとして時計を見ると…0時。


 0時!?


 慌てて服を着て、外に駆け出す。


「ったく…俺は…」


 車に乗り込んで後を追うと、麗はすぐに見つかった。

 …泣きながら、歩いてる。


「麗。」


 窓を開けて声をかけると、麗はビクッとして振り返った。


「送る。」


「…いい。」


「いいから、乗れよ。」


「……」


 少しだけきつい口調で言うと、麗は立ち止まった。

 車を停めて、麗に近寄る。


「遅くなったし…送る。家の人にも謝るから。」


「そんなこと、しなくていい。」


「何言ってんだ。箱入り娘が。」


「…あたしのこと、好きでもないくせに…彼氏みたいなこと、しないで。」


「おまえはどうなんだよ。」


「……」


「俺のこと、好きなのか?」


 俺の問いかけに、麗は涙をいっぱい溜めた目で俺を見上げると。


「あたし、初めてのキスも何もかも…陸さんならいいと思ったのよ!?」


 そう言って駆け出してしまった。


「……」


 俺はその場にしゃがみこむ。


「どうしようもねえな…俺って…」


 小さくつぶやいた俺の上に、雪が降り始めた。

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