11

「どうした?」


 ルームで一人、頬杖ついて外を眺めてると、光史が隣に座った。


「…別に何も?」


「そうか?背中が『誰か助けてくれ』って言ってるように見えたけど。」


「俺の背中がそう言うとしたら、女への求愛だな。」


「ははっ。懲りない奴。」



 F'sの公開リハ以降、俺のやる気は空回りしまくっている。気がする。

 普段ギターの事だけはハッキリ言ってくれるセンが。


「陸、少し違う楽器でも触ってみる?」


 なんて…おかしな事を言った。


 …気を使わせてるんだよな。



 二階堂に帰ると、麗はどうしたのかと聞かれる。

 普通、彼女だって名乗ってた奴が来なくなったら、事情を察してもいいはずなのに。

 万里も沙耶も、そしてなぜか環までが。


「連絡取ってみて下さいよ。」


 …バカか。

 おまえらみんな、どんな恋愛して来たんだ。



「みんなは?」


「俺がまさかの一番乗りだ。」


「珍しい事もあるもんだな。」



 光史と並んで外を眺める。

 あー…何だろな。

 隣にこいつ居ると、ホッとする。


 最近メンバーそれぞれバタバタしてて、リハが終わったら解散。みたいな状態。

 まさか、俺…寂しかったのか?



「こんいちあ~。」


 突然可愛い声と共にドアが開いた。

 俺と光史が振り返ると、そこには…


「光史、天使が来たぜ。」


「ああ~…いい日だな。」


 久しぶりに会う、ノン君とサクちゃん。


 立ち上がって二人に近付く。

 二人の後ろには…神さん。


「よ。」


「あ、お疲れさまっす。」


「こー、いくちゃん、げんきあった?」


 可愛い二人に目元を緩ませながら、光史がしゃがみ込む。


「元気だよ。ノン君とサクちゃんも元気だった?」


「元気あったー。」


 二人はまず光史にギュッと抱き着くと、続いて俺にも両手を広げてくれた。


「おお…天使にハグしてもらえるなんて、感激で震えるぜ…」


 小声でそう言いながら二人にギュッとしてもらうと、頭上で神さんが鼻で笑った気がした。


「可愛い服着てるなあ。」


 光史はすでに二人にメロメロ。


「うややちゃん、かってくえたの~。」


 サクちゃんがバタバタと一周回った。

 麗が買った服…な。

 サクちゃんの服にはヒヨコ、ノン君の服にはツバメのワンポイントの刺繍。

 俺がそれを笑顔ではあるが無言で見てると。


「麗は生き物のキーホルダーや服が好きだよな。」


 神さんが椅子に座って誰にともなく言った。


「そうなんですか。」


 相変わらず二人にメロメロになったままの光史が、神さんに笑顔で答える。

 …本当、普段はクールでカッコいい奴だが、ノン君とサクちゃんには簡単に目尻を下げさせられてるよな。

 俺は光史のこういう顔も好きだけど。


 俺が光史を見てほんのり笑顔になってると。


「とーしゃんのペンギン、みゆ?」


 突然ノン君がドアップで俺に迫って来た。


「華音、近い。人と話す時はもう少し離れろ。」


 神さんがノン君の腕をゆっくり引っ張る。


「しゅこしあられるよっ。」


「分かってんのか?」


「ペンギン~。」


「…聞けよ。」


 そう言いながらも、ポケットからペンギンのキーホルダーを取り出す神さん。

 …俺が麗に買ってやったやつ。



 水族館に行った時の麗は…可愛かった。

 子守の礼として付き合ったつもりでも、俺も十分楽しんだ。


 …今まで、寝る事を第一目的としてしか付き合って来なかった。

 だから…相手の事を深く知ろうとする事もなかったし…

 ましてや、お互い本気になる事もなかった。


 …いや、俺が、本気にさせなかった…か。



「こえかあいい!!」


「しゃくもだいしゅき!!」


 二人はキーホルダーを手に大はしゃぎ。

 それを見る光史はメロメロを通り過ぎてデレデレで。

 神さんも当然…


「……」


 ノン君とサクちゃんにデレデレになってると思った神さんが、真顔で俺を見てる事に気付いて…目を見開いた。


「な…なん…なんすか…?」


 少しヒヤヒヤしながら問いかけると…


「おまえ…」


「…はい…?」


「……最近、手抜いてねーか?」


「…はい?」


 思いがけない事を言われた。


「先週のリハの音源、朝霧さんに聴かせてもらった。何かがいまいちだと思ってたんだけど、どーもおまえだな。」


「……」


 目をパチパチさせると、ノン君とサクちゃんが俺と神さんを交互に見て。


「とーしゃん…いくちゃん…わるいこないよ?」


 サクちゃんが小さな声でそう言ってくれた。


「とーさんは、ちゃんを怒ってるわけじゃないんだ。」


 神さんはサクちゃんの頭をポンポンとした後。


「もっともっと出来るはずの奴が何やってんだ、って。もどかしくてたまんねーよ。」


 斜に構えて…俺を見た。


「……」


「おまえらに何度鳥肌立たされたか。何度震わされてきたか。」


 神さんからの賛辞の言葉に…俺と光史はしばし固まる。


「いつも新曲のデモ聴くたびに、何だこいつら!!ってワクワクする。この音源が世に出れば、またSHE'S-HE'Sは進化を続けるんだ、って。」


「神さん…」


「なのに、最近何かが違和感で鳥肌が立つどころか、眉間にしわが入った。」


「う…っ…」


 それが…俺のギター…か?


「おまえのいい所は、どう弾けば自分がカッコ良くなるか分かってる所だ。」


「……ちょっと不本意な気がします。」


 ただのナルシストかよ。と、目を細めて反論するも…


「あ、妙に納得…」


 光史が晴れたような顔で俺を見た。


「おまえ、最近カッコ良くない。」


「な…」


 光史から真顔でそう言われて、結構グサグサと胸を刺された気がした。

 吐き出す言葉さえ思い付けず、口をパクパクさせていると…


「いくちゃん、カッコいいよ?しゃく、いくちゃんの、きゅいーんってしゅゆの、しゅきよ?」


 サクちゃんが俺の膝に上りながら、力説してくれた。

 ああ…泣きそうだぜ…


「そうか…サクちゃん、ありがとう…俺、きゅいーんするの褒められるよう頑張るよ…」


 俺の膝への登頂に成功したサクちゃんの頭を撫でながらお礼を言うと、サクちゃんは笑顔で俺に抱き着いた。

 その癒し効果の大きさに感激してると…


「咲華、それはやり過ぎだ。」


 すかさずサクちゃんを俺から引き剥がす神さん。

 つい小さく笑って光史と顔を見合わせると。


「早く邪念をどうにかしろ。SHE'S-HE'Sが完璧じゃねーと、俺らの全米ツアーにも響くんだよ。」


 神さんは…プレッシャーにも思える事を俺に言った。



 どう弾けば自分がカッコ良くなるか。

 ぶっちゃけ、そんな事考えながら弾いた事なんてねーよ。


 …でも…

 いつだって弾いてて楽しかったギターが、今は少し違う気はしてた。

 ただのスランプかと思ってたけど…


 邪念…か?


 だとしたら。

 やっぱり俺は、麗に会わなくちゃなんねー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る