9

「…聖子、そのキーホルダー…」


 プライベートルーム。

 聖子が、見覚えのあるキーホルダーをベースのケースに着けてきた。


「ああ、これ?麗がくれたのよー。ちょっとおさがりってのが気に入らないけどさ、入手元わかんないし、要らないなら捨てる、なんてもったいないこと言うからもらっちゃった。」


「……」



 あれから、二週間。

 麗は、全く姿を見せない。

 ま…俺が来るなって言ったんだけど。


 二階堂の方にもプッツリ現れなくなったようで。

 織から。


「もう、早く仲直りしてよ。」


 なんて言われたけど…



 …結構、酷い事言ったよな。

 今になって冷静に考えると、俺は全力で麗を傷付けた気がする。


 仲直りしろと言われても…

 麗は俺になんて会いたくねーんじゃ…?



「陸ちゃん、何か飲物いる?」


 一人でギターを持ったまま、考え事をしてる最中。

 知花に顔を覗き込まれた。


「えっ、あ…ああ、いや、いいよ。」


 少し驚いて背筋を伸ばした。

 こいつ…いつも足音もなく忍び寄って来る。


「そ?お弁当買いに出かけるんだけど、何もいらない?」


 メンバーがそれぞれ別件で仕事をしてる時は、空いてる者が買い出しに行く。

 冷蔵庫の上にあるボードを見ると、今の時間空いてるのは俺と知花だけ。


「買い出しか。俺が行くからいいよ。」


 冷蔵庫の中身もチェック。

 ビールがこれじゃ足りねーな。


「じゃあ一緒に行こう?聖子お気に入りのシュークリーム、陸ちゃん行きにくいでしょ?」


「あー…あそこな…」


 今、聖子がハマってるシュークリームは、猫をモチーフにしたブリブリに可愛い店で売られてる。

 店員もみんな着ぐるみで、可愛い声で歓迎される。


 まあ…可愛いんだが…

 俺はあそこの店員に告白されて、断った事がある。

 それ以来、サービスが悪くなった。と聖子に責められた。


 いやいや…それは俺は関係ねーだろ。



 知花とプライベートルームを出て、エレベーターの前に立つ。


「光史の彼女、モデルさんなんだってね。」


「マジか。どーりで絶世の美女だと思った。」


「高原さんがうちの事務所に入らないかって誘ってたけど、もうやらないって断られたって。」


「高原さんの誘いを断る18歳…勇気あるな。」



 昨日、光史から『結婚する』と告白された。

 そしてそれを機に、一人暮らしをしていた部屋を出て、実家に戻る事も。


 …みんな変わってるんだ。

 俺も織への想いを消化させるために…変わらなきゃいけねーんだよ。

 小さく溜息を吐きかけると…



「陸ちゃん、彼女いないの?」


 まるで俺の気持ちを見透かしたかのように、知花が言った。


「…残念ながら。」


「理想高いの?」


「そんなに高くねーよ。富士山ぐらいかな。」


「…よく分かんない…」


『チン』という軽い音と共に、エレベーターのドアが開くと。


「よお。」


 中に、神さん。


「あ、今日、お願いね。」


 知花が、神さんに手を合わせる。


 超険悪だった時期を越えて、五月に結婚式を挙げた二人は、今は目も当てられないほど…仲良しだ。

 …そう言えば、この二人の険悪さに胸を傷めてた奴がいたな。

 と、麗の事を思い出す。



「ああ、何時だっけ。」


「五時。」


「しょうがねえな。かわいい義妹のためだ。」


「……」


 思わず、反応してしまった。

 神さんの義妹ってことは…麗。

 視線を、少しだけ神さんに向ける。


「どっか出かけんのか?」


「買い出し。」


「気を付けろよ?」


 神さんが知花の腰を抱き寄せる。

 俺は小さく笑って首をすくめた。


「あ、わりいけど俺の自転車移動しといてくれよ。今日置いて帰るから、地下に入れといて。」


 神さんは、そう言ってポケットから自転車のキーを…


「あ。」


 思わず、声を出してしまった。


「…何。」


 これまた、見覚えのあるペンギンの…


「あ、いや…可愛いキーホルダーっすね…」


 慌てて取り繕うと。


「麗のおさがり。」


 神さんは、首をすくめた。


「でも、麗って物大切にするから新品同様よ?」


「それにしても、ずっと大事そうにしてたキーホルダーなのにな。」


 エレベーターが二階についた。

 エスカレーターに乗ってロビーに降りると、神さんは俺の肩に寄り掛かって。


「俺は、失恋と見てるんだけどな。」


 小さく、言った。


「…え?」


「麗。誰か紹介してやってくれよ。でなきゃ、いろいろねだられる俺が辛い。」


「……」


「とか言いながら、俺末っ子だから、ねだられるのは結構嬉しいけど。」


「…そうっすか。いいお義兄さんしてますね…」


 神さんが手をあげて歩いて行く姿を見送って、俺は知花と外に出る。



「…知花。」


「ん?」


「知花んちって…家族団欒とか、ある?」


 突然、妙な質問をしてしまって、知花が目を丸くする。


「そうね…まあまあかな。」


「年頃の双子も、ちゃんと?」


 さりげなく…いや、さりげなくでもないが、チェック。


「わりとね。あー…でも、最近妹の元気がないの。」


「…え?」


「だから今日、千里が買い物に付き合う事になったの。」


「……」


「あ、ごめん。ちょっと自転車移動してくる。」


「ああ、俺がするよ。」


「ありがと。」



 俺は関係ない。

 俺はあいつの想い人じゃない。


 不特定多数の中の一人にしてくれとは言われた。

 だがそれは、俺を好きだからじゃねーよな。


 …好きだったら、不特定多数の中の一人なんかじゃ嫌だろ…普通。



 俺のせいじゃない。

 そう思いたい自分がいる。

 なのに…モヤモヤして気持ちが悪い。


 聖子と神さんに横流ししたキーホルダー。

 何だって…俺の目に付く所に…



 俺は神さんの自転車を移動させながら、麗に会う口実を考えた…。

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