8

「元気?」


 麗と織のやり取りを聞いてしまった数日後。

 麗は、普通の顔でうちにやって来た。


「……」


 俺は、眠そうな不機嫌な顔のまま、無言。


「どうしたの?寝起き?もう、お昼過ぎよ?」


「帰れ。」


「……」


 麗は玄関に立ち尽くしたまま、少し頬を膨らませた。


「何それ。何か怒ってるの?」


 …おい。

 自分が何をしたか…分かってねーのかよ!!


「もう、おまえの顔なんて見たかねーよ。二度と来んな。」


 早口にそう言うと、麗は露骨に不快な顔をした。

 俺がその顔をしたいわ!!


「この間、裏庭で織に何か言ってたな。」


「…っ…」


「何なんだよ、おまえは。おまえに、そんなこと言う権利、あんのかよ。」


 俺は麗を見下ろしながら、冷たく言い放つ。


「二度と俺に…いや、二階堂に近付くな。」


「……」


「いいな。二度とだ。ここにも二階堂にも顔を見せるな。」


 語気を強めて言いながらドアを閉める。

 すると麗の気配はすぐになくなった。



「…くそっ…」


 ずっと、口に出したくても出せなかった想いを。

 どうして、あんな形で…


 冷蔵庫からビールを取り出して、一気に飲む。

 その冷たさをもっても、俺の怒りは鎮まらない。

 すぐさま二本目を開けた。



 ♪ ♪ ♪


 二本目のビールを飲み干した所で、玄関のチャイムが鳴った。

 …まさか麗が戻って来たんじゃねーよな。

 そう思うと、再び苛立った。


 もしそうなら、もう…分からせてやるしかない。

 麗のした事が、どういう事か、を。



「…はい。」


 無愛想にドアを開けると。


「…織…?」


 織が、立ってる。


「……」


 俺がキョトンとしてる間に、織は中に入って来て。


「麗ちゃんとケンカでもしたの?」


 首を傾げて言った。


「…なんで。」


「下で見かけたんだけど、泣いてたみたいだったから…何、飲んでたの?」


 織はソファーに座って、テーブルに並んだ空き缶を見て言った。


「ああ…何か飲むか?」


「ううん、いらない。」


「…おまえさ…」


「ん?」


 俺は、織の隣に座る。


「…麗が、何か言っただろ。」


「…何かって?」


「…俺が、好きなのは…織だって。」


「ああ…もしかして、それぐらいのことでケンカしたの?」


「それぐらいのことって…」


 一瞬のうちに、頭に血が上った。


「きゃっ…」


 気が付いたら、織を押し倒してて。


 自分でも…セーブできなくなってしまってた。


「陸…」


「俺は、本気なんだ。おまえだけを…愛してるんだ。」


「……」


「それぐらいのことじゃ、ねえんだよ!!」


「陸、手が痛い。」


「織。」


「逃げないから、手を離して。」


「……」


 掴んでた織の手を離す。


「わりい…俺、どうかして………織?」


 織から離れようとすると。

 突然、織が俺に抱きついた。


「し…」


「陸、あたしもよ。」


「…え?」


「あたしも、陸を愛してる。」


「……」


 思いがけない言葉に、絶句する。

 織は今…なんて言った?


「ずっと昔から、陸だけを愛してたわ。」


「…織…」


 織の頬に触れる。


「陸が、あたしを愛してることも…気付いてた。」


「…いつから…」


「さあ…いつからかな。」


 絶対、口に出しては言えないはずの言葉だったのに。

 それを、織の口からも聞けるなんて…


「でも、あたしたちは双子だわ。」


「……」


 口唇を重ねかけて、織の言葉で制される。


「そ…うだよな…」


「あたしの中にも、いろんな想いがあったわ。誰になんて言われても陸への想いを貫くべきか…それとも、いっそ姉弟の縁を切るか…なんて。」


「…おまえ…それ…」


「本気で、そう考えてたのよ。でも現実を見るとね…」


「……」


 織は立ち上がると。


「あの子、いいカンしてる。」


 小さく笑った。


「あたしに、陸のこと好きなんでしょって。正直言って、慌てちゃった。」


 織が…俺を…


「……帰んのかよ。」


「下で、環が待ってる。」


「……」


「環、知ってるの。」


「え?」


「あたしが、陸を特別に想ってること。」


 思わず、立ち上がってしまった。


「…環が?」


「ん。」


「ど…うして。」


「あたしのことだから。」


「……」


 負けた、と思った。

 俺は…気付かなかった。


 俺に向けられてた織の気持ち…



「これで、あたしもスッキリした。」


「…織。」


「ん?」


「…幸せか?」


「幸せよ。」


 俺の問いかけに、織は即答。

 これじゃ、引き留めるわけにもいかない。


「陸、麗ちゃんと仲直りしなさい。あたし…あの子なら、あんたを任せられる。」


「…何だよ、それ。」


「女のカンよ。じゃあね。」


「……」


 ドアの閉まる音を静かに聞いて。

 俺は溜息をつく。



 …終わった…。


 もしかして、これで俺は楽になれるのか?


 そんなことを考えながら。

 俺は、三本目のビールを開けた。

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