7

うらら来てるか。」


 実家に帰って、庭の掃除をしてる万里まりに問いかけると。


「あ、坊ちゃん。はい。麗ちゃん、いらしてます。」


 笑顔。


 …完全に、みんな誤解してるよな。

 まあ、そう思われても仕方ない。

 麗はそういう素振りをするし、俺は否定しない。

 …はあ。


「うちの子達までお世話になって…本当にありがとうございます。」


 万里が深々と頭を下げる。


「…そういうのは俺じゃなくて麗に。」


「でも、お二人の時間が減ってしまう分、坊ちゃんには謝罪を。すみません。」


「……」


 最近、麗の子守の範囲が広がった。


 と、いうのも。

 元々は海と空の子守をするはずだった麗。

 そこへ、まずは沙耶さやの息子の志麻しまが加わった。


 そして今では…万里の双子の息子、瞬平しゅんぺい薫平くんぺいも加わった。

 瞬平たちは、まだ四ヶ月。

 そのうえ、生後二ヶ月の泉もいる。


 いくら織と二人でとは言え、これだけの面倒を見るのは大変なはずなのに。


「結構楽しいよ。」


 なんて言いながら、麗は二階堂に通っている。



「…お?」


 リビングに入ると、なぜか海と空が難しい顔をして座っていて。

 俺の登場にすかさず…


「しー…」


 二人して、唇の前に指を立てた。


「……」


 そこに織と麗の姿はない。


 瞬平と薫平、泉と志麻は微動だにせず寝てる。


 俺は海の耳元に顔を近付けて。


「母さんと麗ちゃんはどこに行った?」


 小声で問いかけた。


 すると隣にいた空が、自分も!!と言わんばかりに俺に耳を近付ける。


「…母さんと、麗ちゃんはどこに行った?」


 空にも同じように問いかけると、二人は顔を見合わせた後。


「……(あっち)」


 同時に、口パクをしながら裏庭を指差した。



「……」


 嫌な予感がした。

 和館の廊下からかすかに聞こえて来る風鈴の音が、早く行かないと間に合わないぞと急かしている気がした。


 俺は静かに立ち上がると、キッチンの勝手口から音を立てないように裏庭へ出た。


 裏庭には、池と蔵がある。

 塀に囲まれて薄暗いその場所は、子供達には人気がない。




「…ですよ?」


「…るの。」


 ……


 蔵の陰から、会話が聞き取れる場所に移動する。

 二人の口調は、世間話のそれとは思えなかった。



「とにかく…陸さんが好きなのは、あたしじゃないんです。」


 やがて聞こえて来たセリフに、俺は息を飲んだ。


「…それは、陸があなたに言ったの?」


「言わなくても…わかる。陸さんが好きなのは……」


 っ…


 飛び出して行こうと思った。

 だが、後々の事を考えると足が止まった。


 …今、麗はハッキリ名前を言ったわけじゃない。

 だが…分かる。


 麗は、織を見つめて言ったはずだから。



「…ごめんなさい…」


 突然、麗の沈んだ声。


「…疲れてるんじゃないの?今日は…もう、いいから。」


「……」


 織の声も、いつになく険しい。


 しばらく沈黙が続いて。


「…失礼します。」


 麗が帰って行った。


 あいつ…


 俺は沸き上がる怒りを押えながら。

 立ち上がると、織に会わずに家に帰った…。

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