6

「…彼女?」


 八月。

 突然、光史が『彼女』を事務所に連れて来た。

 それも…


 ビックリするような美女だ。



「んー…彼女って言うか…」


「光史っ…この場合、それでいいんじゃ…」


「そっか。じゃあ、彼女で。」


 二人のコソコソとしたやり取りに首を傾げると、光史は久しぶりに見るようなハレバレとした笑顔で。


「俺の彼女。」


 さらりと…その美女を抱き寄せた。


「何だよおまえはっ!!早く言えっつーの!!」


 ポカポカと頭を殴るフリをすると、隣で美女が小さく笑った。

 いつぞや織の言った通り、光史は本命を見付けたらしい。



 俺は…高校の時、光史に告白された。

 突然の告白に驚いたけど、あいつは俺の大事な親友だ。

 だから、俺は…


「気持ちは嬉しいけど、だめだ。俺は、織しか愛せない。」


 自分の気持ちを素直に打ち明けた。

 それ以来、俺達の絆は深まった。



 そんな光史に彼女。

 紹介してくれたって事は…本気なんだな。



「はじめまして。丹野瑠歌です。」


「丹野…?」


 丹野って。


「それって、もしかして…ロビーに掲げてある丹野廉って人と関係ある丹野?」


 俺がマジマジと顔を見て問いかけると。


「…父…です。」


「え。」


 丹野 廉。

 それは―

 FACEというバンドで渡米し、軌道に乗りかけた頃に銃弾に散った、悲劇のボーカリスト。


 俺はロビーでその名前を見て、何んとなーく興味本位で丹野廉を調べた。

 今年は、その遺作が出てきたとかで、追悼セレモにーが行われる。



「そっか。じゃ、光史は責任重大だな。」


 俺がニヤニヤして言うと、光史は。


「…何が言いたいかわかってるよ。もう上の人達に散々言われてきたから。」


 って、目を細めた。

 丹野廉の娘ってことは、当時丹野さんに関係していた人たちから見れば可愛くて仕方ないはず。



 それにしても…

 スタイルもいいし顔もいい。

 さらには丹野廉の娘だなんて…


 申し分ないこの美女を、光史はどこで?



「歳聞いても?」


 つい、マジマジと美女を見つめながら問いかける。

 こりゃ、見てても飽きねーレベルだな。

 ま、人のものには興味ねーけど。



「18です。」


「18…」


 ぶっちゃけ…18には見えねーほど大人っぽい。

 つーか、麗より一つ年下……!?


 …麗は麗で可愛いんだけどな。

 でもあいつ、この美女に比べるとチビだしな。

 いや、そのチビ具合が可愛くもあるけど。


 …って。

 どうして麗の方が。って思いたがってる?俺。



「18から見たら、25っておっさんじゃね?」


「おまえも25だろ。」


「俺は永遠にティーンエイジャーのつもりだ。」


「…バカだな…」


 俺と光史のやり取りを見て、相変わらず美女はクスクス笑う。



「そうか…光史が俺の誘いを断ってたのは君のせいか…」


 腕組みをしてそう言うと、美女は照れくさそうに光史を見上げる。

 絡み合う二人の視線を見て…

 ああ、光史も幸せを見付けたんだな…と、胸の奥が熱くなった。



「こういうめでたい話は心が潤うな。」


 俺が胸に手を当てて言うと、光史は小さく鼻で笑って。


「それでもコソコソ付き合われると、めでたい話もめでたく感じないもんでね…」


 声のトーンを落として言った。


「…は?」


「人の大事な妹と、内緒で付き合ってる奴がいてさ。」


「……」


 つい、目を見開いた。


 だ…

 誰が!?

 誰が光史に…!?



「な…ななな何で…」


「何慌ててんだよ。」


「…え?」


「まこの奴、鈴亜りあと付き合ってるみたいなんだ。」


「…………まこ?」


 俺のことかと思ってしまった。

 …いや、俺は麗と付き合ってるわけじゃねーし…!!



「…な…なるほど、まこの奴…すみにおけねーな…」


「…おまえ、まこに何か聞いてた?」


「いや?何も。俺は何も知らない。」


「……」


 俺の態度がおかしいからか、光史は斜に構えて俺に近付く。


「う……」


 その威圧感に俺が一歩下がると…


「光史ー、高原さんが呼んでるぜー。」


 タイミング良く、センが光史を呼びに来た。


「…打ち合せだ。また、あとでな。」


 トン…と、胸を押される。

 俺は笑顔になって。


「おう。打ち合わせ頑張れ。」


 そう言って光史と美女に手を振った。



 さて…スタジオに入るか。


 ギターを手にしてエレベーターに乗る。

 八階についてドアが開いた所で…


「あっ、陸ちゃん。光史君見なかった?」


 鉢合わせそうになったまこに聞かれた。


「…まこ。」


 俺は声を潜める。


「?」


「健全なつきあいをしろよ?光史は、あれで結構シスコンだぜ。」


「!!!!」


 驚きで見開かれる目。


 おー……


 本当だったか。

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