5

「命名、いずみ。」


 しきが、女の子を出産した。

 今日は恒例の命名式。

 今年は、母さんが考えた名前を沙耶さやが引き当てた。

 親父は「ほし」をつけそこねて、唇を尖らせている。



 6月25日生まれ…蟹座。

 俺と織は七夕生まれの蟹座。

 一緒だな。


 …なんて心の中でつぶやきながら、泉の頬をツンツンと指で優しくはじく。

 騒々しい宴の場にも関わらず、閉じた目を一度も開く事なく眠り続けてる泉。

 大物になりそうだぜ…



 今年は出産ラッシュだ。

 四月に万里まりの所に双子、誠司さんの所にも男の子が生まれたし、アズさんちにも五月に男の子が。

 12月には知花と知花のおふくろさんがダブル出産予定ときたもんだ…。


 それに…

 泉が産まれた三日後。

 センと世貴子よきこさんの間に男の子が産まれた。

 一人抜け駆けしてコッソリ病院に行った俺は、その小さな赤ん坊を見て…ホッとした。


 セン、本当にちゃんと幸せになれたんだな…って。


 海はうまい具合に…って言うとおかしいが、センには似なかった。

 ぶっちゃけ、誰の子だ?って言うぐらい、目元が織か母さんか…口元が親父か…鼻筋は浅井晋じゃねーかって、俺は勝手に思ってたりする。


 …ま、誰に似ても元気でいてくれりゃ一番だよな…。



「坊ちゃん、どうぞ。」


 ビールを差し出されて、すぐそばにたまきがいた事に気付く。


「い…いつからいたんだよ。気付かなかったぜ?」


「あまりにも愛しそうな顔で見て下さっていて、感激していた所です。」


 その言葉に…少し冷や汗をかきそうになった。


「…目元は、環似かな。」


 俺が泉と環を見比べながら言うと。


「でも、全体的に織と坊っちゃん似ですよ。」


 環は静かに笑った。


「……」


『織と坊ちゃん似ですよ』


 環にしてみれば、深い意味はないはず。

 だが…

『織似』でいいだろ。って…変な苛立ちが芽生えた。



「いくちゃん、しょら、おねいちゃんになったよ?」


 ふいに俺の膝に来た空が、泉を指差して得意そうな顔で言った。


「おー、そうだな。」


 頭を撫でながら、その得意顔を愛しいと思う。


 織にとってかけがえのない存在。

 だとしたら、俺にとっても同じなはず。

 それなのに…織の子供達に対して、何とも言い難い嫉妬に似た気持ちを抱く自分が嫌になる。


 …早く…こんな気持ちから解放されたい。




 命名式と言う名の宴が終わり、今夜は泊まる事にした俺が洋館のリビングでコーヒーを飲んでると。


「えっ、コーヒー?」


 背後から織がカップを覗き込んで言った。


「…明日仕事だしな。」


「今まで仕事でも平気で浴びるほど飲んでたじゃない。体調でも悪いの?」


「……」


 図星だが、あえてわざとらしく目を細めて織を見据える。

 織はそんな俺の前に回り込んで座ると。


「そういえば、あたし…この間いいもの見ちゃった。」


 少し前のめりになって声を潜めた。


「いいもの?」


 自然と俺も前のめりになって…織との距離が近付く。


「光史がね、女の子と歩いてた。」


「光史が女と?別に珍しくも何ともねえじゃん。いつものことだろ?」


「ううん、あれはいつものとは違うな。」


「え?」


「きっと、本命よ。」


「……」


 そういえば、飲みに行こうって誘ったの…断わられたっけな。

『ちょっとまだ言えない』という、何かの理由で。

 それが…本命の女絡みの事か?


「ま、本命がいたっておかしくはねーよな。」


 正直、寂しさに似た感情が押し寄せた。

 光史は親友として、バンドメンバーとして、最高の奴だ。

 俺の良き理解者でもある。


 …もし本当に本命が現れたなら、祝ってやるのが親友だよな…

 あー、俺ってマジで器ちっせー。



「あんたも早く結婚したら?」


「あ?誰と。」


「麗ちゃんと。付き合ってるんでしょ?」


「……」


 付き合ってねーよ。


 そう思いながらも、口には出さなかった。

 子守に来てくれてる麗には、感謝の気持ちも大きい。

 だとしたら、麗が嘘をついてる。と告白するのは正解じゃない気がした。



「…結婚願望ねーんだよなー、俺。」


 コーヒーを飲み干して立ち上がる。

 カップをキッチンに持って行こうとすると…


 ガシッ


 織に腕を掴まれた。


「…は?」


 座ったままの織を見下ろす。


「…陸…」


「……」


 織は、いつになく…真顔。

 それは簡単に、俺の心をかき乱した。



 …何だよ…

 なんで、そんな目で…



「………光史の本命、どんな子か分かったら教えてね。」


 しばらく視線を絡み合わせた後、織がそう言って立ち上がった。


「…知るかっ。」


「何でよ。教えてよっ。絶対だからね。」


 そう念を押した織は、俺の腕をバンバンと叩いて二階へ上がった。



 ……何なんだ。






 おかしくなっちまうだろーがよ……。

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