3

「おまえ、学校は。」


 四月。

 仕事がオフで家でゴロゴロしていると、突然麗がうららやってきた。


「…あたしは卒業したから休みだけど、ちまたも春休みよ。」


「ああ…そっか。」


 趣味が仕事になって、しかも休みは不定期。

 そうすると当然曜日感覚はおかしくなるし、一人暮らしなんてしてると学生の休日なんて知る由もない。


 確かこいつ…桜花の短大に進むんだっけな。



 麗は捻挫が治った後、休日は二階堂に通い詰め。

 俺もオフなら監視に行きたかったが、そうもいかなかった。


 結局冬休みは正月以外…ほぼ子守のために二階堂に通った麗は。

 すっかり、万里達を味方につけている。



「いいな、長い春休みで。」


「まあね。」



 一月の下旬、突然麗がやって来た。

 俺の、城へ。


 そして。


「ね、この映画観た?」


 なんて言いながら、カバンからビデオを取り出した。

 暇だったし、まあいいか…ってビデオ二本、ビールを飲みながら付き合って観た。

 絶対自分からは観ない映画だったし、選ばない休日の過ごし方。

 それはそれで新鮮だったが…麗とはあれ以来、会う事はなかった。

 …二階堂には通ってたらしいが。



「で?今日は何だ?」


「えー?たまにはどこか行かないかなと思って。」


「何だよ、まるで恋人同士のデートだな。」


「恋人同士でしょ?」


「……」


 勝手に恋人同士にされて、当の本人とは二ヶ月以上会わなかったと言うのに。

 何だろなー。

 このマイペースぶり。


 俺が目を細めて怠そうな顔をすると。


「もう。いいじゃない。プラトニックな彼女が一人くらいいても。」


 麗は、威張ったようにそう言った。


 ぶっちゃけ…

 プラトニックな彼女なんて…いらねーよ。

 でもまあ…海たちの面倒を見てもらってることもあるし…礼も兼ねて…出掛けるぐらいはいいか。



「どこ行きたいんだ?」


 俺が怠そうに問いかけると。


「そうだなー…水族館。」


「水族館…。」


 意外な選択な気がして繰り返した。

 前回持って来た映画が、古い名作だったからか…勝手に落ち着いた場所を選ぶと思った。


 確か、先月18になったばかりだよな。

 今時の18にしては気持ちがいいほど礼儀正しい。

 …俺以外に対しては、だが。


 けど、妙に大人ぶってるけど、ガキにしか思えねー。

 俺の女になるには、まずスタイルが全然……



「だめ?」


「…いや、そうじゃない。いいぜ。」


 うっすらと裸を想像しかけて止める。

 知花の妹だぜ?

 間違いは起こさない。

 これはー…単なる礼だ。



「着替えるから待ってな。」


「うん。」


 素直に笑顔で頷く麗。

 …こういうとこは、可愛いよな。


 今までは割り切った関係ばかりだったからか、ちゃんとしたデートを楽しむ相手はいなかった。

 まあ、行ったとしても…飯食いに行ってホテル。

 もしくは、飲みに行って…ホテル。


 光史は『いつか天罰がくだるぞ』なんて言ってたけど、俺にくだるくらいなら、とっくに光史にもくだってる。



「よし、出かけるか。」


「車?バイク?電車?」


「何がいい?」


「んー…車。」


「おし。」


 俺は車のキーをもって玄関を出る。


 ふと、麗のカバンに目をやると。


「…ちゃんと可愛いがってんだろうな。」


「もちろん。」


 俺から奪い取ったフラミンゴのキーホルダーが揺れてた。



 * * *



「すっごーい!!ねえ見て。あのペンギン、陸さんに似てるっ。」


「…バカ。」


「だってほら。あの目付き。」


「俺みたいにイケてるペンギンがいたら、世界的ニュースだっつーの。」


「うっわ。すごい自信。」



 水族館にたどりついて、ゆっくりと園内を見て回るも…麗はいつになくハイテンション。

 いつも突拍子もない事を言ったりはするが、今日は声のトーンも高いし…


 無理がある。



「おまえさ。」


「んー?」


「何かあったのかよ。」


「…何で?」


「はしゃぎすぎじゃねーか?」


「どうして?楽しいだけよ。」


 ハイテンションの違和感を口にすると、案の定…麗は俺から視線を外した。

 …分かりやすい奴だなー。



と何かあったのか?」


何もないわよ。」


 誓とは、な。


「じゃ、家で何か面白くねー事が?」


 俺がそう言うと、図星だったのか…麗は首をすくめた。


「神さんと姉さんがね…ギクシャクしてるから。なんとなく、家の中の空気重くって。」


「ああ…なるほどな。」


 確かに、最近神さんと知花はギクシャクしている。

 せっかく復縁したのに、これじゃあまた別れた方がマシだって言うほどの険悪な雰囲気。



「それよか、おまえー…まだって呼んでんのかよ。」


「うん。」


「いい加減、義兄さんって呼べよ。」


「だって、まだダメなんだもん。」


「何が。」


「姉さんをあんな気持ちにさせたままなんだもん。まだ、義兄さんとは呼べない。」


「……」


 こいつ、意外に家族思いだな。

 あまり人の事で熱くなるタイプには思ってなかった。



「あっ、そんなことより聞きたいことがあったの。」


「何。」


 麗は俺の腕を取って近くのベンチに座ると、俺の顔を覗き込むようにして言った。


「陸さんの名前、どうして陸なの?」


 …あー、なんだこいつ。

 可愛いな。


「さあ…何でかな。」


「聞いてないの?」


「うちは昔からくじ引きで名前を決めてるからなあ。誰が考えたのが当たるか、わかんねんだ。」


「…何それ、すごい家ね。」


 麗は、何度目かの二階堂訪問の時。

 環から説明を受けたらしい。


『二階堂はヤクザ』だ、と。


 そして、それでも子守に来続ける勇気があるのか、と。

 ま…黒服って事以外では、ガラの悪い奴がいるわけでもねーし。

 洋館に通うだけなら、会うのは万里と沙耶ぐらいだしな。


 ニセの家業を聞いても、麗は何も動じず二階堂に通っている。



「だから、俺と織は双子でもバラバラなんだ。」


「あたしと誓だって、何の共通点もないよ?」


「おまえの麗って、何で?」


「あたし?あたしのはー…」


 ふいに、麗がうつむく。


「何だよ。」


「…名前負けしてるなと思って。」


「何で。」


「…麗かな子に育ちますようにって…」


「ピッタリじゃん。」


「嫌み?」


「そう。」


「もう!!」


 今日は麗の色んな顔を見た気がする。

 家に居辛くて俺を誘ったんだとしても、まあ…それはこの可愛さに免じて許してやってもいい。


 それに、しつこいようだが…

 これは、いつも子守りをしてくれてる礼だ。



 ぷう、と頬を膨らませて立ち上がった麗の頭を鷲掴みにする。


「や…っ!!もうっ!!何よっ!!」


「あははは、おまえにそっくり、あのペンギン。」


 俺がペンギンを指差して言うと。


「すっごくかわいいペンギンだね。」


 麗はそう言って、俺の脇腹をくすぐった。

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