第4話


 私の住むマンションにメルを連れて帰ると、先ずは風呂に入れてあげた。お湯を張り、香りの良い入浴剤なんかも入れて冷えきった体をじっくりと暖めてもらおう。


 「着替え、ここに置いとくね」


ゆっくり湯船に浸かってるだろうメルに扉越しに声を掛けてパジャマを置いて出ようとする。


「へんなこと言っちゃってごめんね?」


バスルームに反響するメルのどこか沈んだ苦笑いが返ってくる。メルの言うヘンの意味は公園での言葉の羅列だろう。


 「へんなことって思わないよ? 私はメルを信じる」


私は短くも正直な気持ちを返した。

扉越しのメルは「やっぱり優しいね」と呟き湯船に頭を沈めるのが見えた。




 きっとお腹を空かせてるだろうメルがお風呂の間に私は夕飯の準備に取り掛かる。

冷蔵庫の残り物になるけど、工夫次第でどうにかなるだろう。ご飯を炊く暇は無いけど独り暮らしを始めてからご飯をまとめて冷凍する癖をつけている。二人だけならストックも充分。私は腕を捲り冷蔵庫を開けた。



 「わっ、すごい美味しそう」


サイズの若干合ってない私のパジャマを着た湯上がりのメルは青い瞳を輝かせ机に並ぶ残り物を混ぜたオムレツとインスタント味噌汁にご飯という簡単なメニューを凄く喜んでくれた。


 メルは私が驚く程によく食べた。ご飯のストックが全部無くなりそうなのは予想外だったけど、目の前でこんなに美味しそうにご飯を食べてくれると凄く嬉しい。自分の作ったご飯を美味しく食べて貰えるってこんなに嬉しいんだな。やっぱり、手間が掛かってもお味噌汁はちゃんと作ればよかったかなと少し後悔。


 「ん、なに?」


入れ直したインスタント味噌汁に息を吹きかけて冷ますメルの上目遣いは私を不思議そうに見つめている。


 「なんでもないよ」


私は可愛いその仕種に笑みを浮かべながら最後のご飯をよそった茶碗をメルに渡した。



 「美味しかったぁ」


満足気にほうと一息ついたメルは食器を台所へと持ってきてくれた。


 「ありがとう。あとはやっとくからテレビでも観ながらゆっくりしてて」


私に食器を渡したメルは頷いて居間へと戻る。

私はササッと洗い物を終わらせてしまおうと思った。会えなかった分メルとはいっぱい話したい。




 「ん、どうしたの?」


洗い物を終えて食後のプリンを持ってきた私は小物ラックの上を覗き込んでいるメルの後ろ姿に声を掛けた。


 「ね、このひとって?」


何度も瞬きをしながらメルが指差す先にあるのは写真立て。


 「あ~、それは」


私はこっぱずかしげに頬を掻いた。メルが指差しているのは私に腕を組まれて困惑している背の高い男の人。まぁ、隠すことでもないか。


 「彼氏……かなぁ。一応」

「そっか、彼氏……なんだ」


なにか懐かしいものをみるような不思議な表情をしてじっと写真に顔を近付けるメル。いったいどうしたんだろう?



「この彼氏さんと結婚するの?」


突然の結婚の言葉に手にしたプリンを落としてしまった。


「いやいや、結婚なんて考えるようなお付き合いじゃないから、いま遠距離恋愛だし歳も離れてるし、軽いお試しなお付き合いていうかーー」

「そっか……そうなんだ」


しどろもどろな言い訳をする私をよそにメルはひとり何かを納得したようで自然に顔を綻ばして私の手を握った。


 「あたし、わかったよ」


突然の言葉に私が「どうしたのメル?」と首を傾げるとメルは優しく私の両手を包み込みまるで祈りを捧げるように額に手を当てた。


 「幸せになってーー」


メルは呟くと静かに歌い始めた。それは雨降りのバス停で口ずさんでいた鼻唄だった。


 透明感のある歌声が紡ぐのは優しく胸に暖かさの広がる幸せを願う歌ーー私は一筋、涙を流していた。


 歌が終わるとメルは手を放して私の顔を愛しく見つめる笑顔で頬を伝った涙を拭ってくれた。


 「あたし、絶対帰ってくる。今は絡まった蔦みたいな時間の中にいるけど、絡まった蔦の先にはーーがいるって信じてるから」


メルが何を言っているのかわからない。ただ、優しく私の体を後ろに押すメルはまるで今からさよならをするようで私は慌てて手を伸ばした。


 「待ってメル!」

「大丈夫、から、悲しまないで、絶対も帰ってくるからーー」


私の手は空を切った。私の前からメルはまた消えてしまった。


 「突然すぎるよ、ひとりで納得しないでよワケわかんないよ……メル」


私は声を殺して泣いた。またメルの事を忘れてしまう気がして一晩中泣き明かした。

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