第2話


 次に私が彼女にあったのは高校二年生。部活終わりの下校時間。


 「あれって……」


学校を出たばかりの交差点に彼女はいた。実に一年近くも前にあったきりだが、目立つ外見もそうだが、あのバス停での出会いは鮮烈で彼女の事をよく覚えていた。あの幻想的な彼女の笑みを忘れられない。だけども、今の彼女はどこか寂しげに空を見上げ、信号の色が青になっても渡る様子も無い。

そんな寂しげな顔が気になって自然と彼女に声を掛けていた。私は彼女の名前もちゃんと覚えている。


 「メルーー「メル・アイヴィー」さん?」

「え?」


彼女、メル・アイヴィーは驚いた様子で私に振り返った。


 「え……えと?」


メルはあの時のような笑顔は無く視線を泳がせ動揺しているように見えた。私は構わずとメルに微笑んだ。会えて嬉しいという気持ちが凄く強かったから。


 「久しぶり、元気だった? どう、今度は覚えてたよ」


メルはしばし無言で私の顔を見て片眉かたまゆを下げて申し訳なさそうに頭を下げた。


 「ごめんなさい……どこかで、あったことあるの……かな?」


思った以上に私は心に剣を突き刺されたようなショックを受けていた。


 「あ、あはは、あの時より髪も短いし制服姿だもんね」

「……ごめんね」


やはり申し訳なさそうなメルの「ごめん」はきつく胸に辛く響く。

 仕方がない、あの時の私だってメルのことは覚えていなかったし一年も前だもの、責める気なんて無い。私は一年前のメルと同じように「ううん、私もごめんね」と返した。もしかしたらメルもあの時は寂しかったのかもしれない。


 「……ぁ」


私は困った顔のメルを見たくなかった。あのバス停の笑顔が欲しいと思った。向こう側の交差点前にあるコンビニを見つけると無意識にメルの手を引いていた。


 「ちょっと来て」

「え、え?」


メルは困惑したままに私に手を引かれるままに走った。少し無理やりでメルには悪いけど私はを買おうとコンビニへと走った。




 「はい、これお返し」


買い物を終え、近くの公園のベンチに座りレジ袋からを取り出しメルへと渡した。どこにでも売っている市販のプッチンな冷凍プリンだ。


 「え、これって?」


彼女は困惑した様子で私の顔とプリンを何度も見返す。それは一年前の私をみるようでなんだかおかしかった。


 「だから、お返し。あの時のプリンの」


私がレジ袋を漁りながら言うと


「いいよ、貰えないよ。あたし、覚えてない」


メルはプリンを返そうとするが私も同じプリンを手にして、カツンとプラ容器同士を当てて押し返しプラスチックスプーンを差し出した。


 「覚えてなくてもいいから一緒に食べない? それとも実はプリンは嫌いだったとか?」

「う……ううん、大好き」


メルは白い頬を赤くしてスプーンを受け取ってくれた。私たちは一緒にプリンを食べた。


 「「あ、これ美味しい」」


同時に似たような感想をこぼし、私とメルはどちらとも無く笑った。ぎこちなさの無い自然な笑顔だ。いつも食べているただのプリンなのにいままでで一番美味しいと思った。メルの笑顔を引き出せたこのプリンは魔法のようだと思った。


 「あなた、結構強引な子ね?」


プリンを食べ終えてメルは首を傾けて笑う。


 「そう? 私はプリンをいきなり渡したあの時のメルの方が強引な子だと思ったなぁ」


私は唇を尖らせて抗議をすると


「だから、それあたしは覚えてないの」

「そうでした。私もあの日以前のメルの事は覚えてないのよね」


二人してまた可笑しくて笑った。まるでずっと昔から仲の良い親友のように違和感などない楽しくて嬉しくて暖かい、言葉になんて現せないそんな気持ちが心を包む。メルも同じようにこんな暖かな気持ちだと嬉しいなと思っているとメルは少し沈んだ影を表情に移した。


「どうしたの?」と尋ねるとメルはポツリと寂しげに言葉を紡いだ。


 「あたし、最近怖いの……目が覚めると知らない何処かにいるようで、そんな事は無いと思うんだけど、街の景色が全然違うって思うのーー」


メルの言っている事を私はまるでわからなかった。途中からは言葉さえもよくわからないと思ったけど、彼女の言葉は真剣で、私は不思議だと思いながらもしっかりと耳を傾けた。


 「ありがとう。話を聞いてくれて、心がだいぶ軽くなったよ。誰もあたしに振り向いてくれないのにあなたは優しいね。あたしなんで覚えて無いんだろう。凄く悔しい」


メルは微笑みながらも薄い唇を噛んだ。本当に悔しそうで青い瞳が悲しげに潤んでいる。メルのそんな悲しい顔も涙も私は嫌だと思った。


 「大丈夫。私も、あなたのこと忘れてたんだよ。今日たくさん話せてやっぱり覚えてないの悔しいって思ったけど、あの日から今日までメルの事を覚えてた」


私は泣きそうなメルの白い頬を優しく指で押し上げて笑顔にした。


 「だから、次に会うメルは私の事を絶対に覚えてるよ」

「ーーぅん」


メルは私の作った笑顔で一筋涙を流した。それは悲しいって涙じゃないと思った。


 「また明日、ここで会おうよ。今度はちゃんと時間を作って遊ぼうよ」

「うん、楽しみにしてる。あたし、一緒にまた美味しいもの、食べたいな」


私たちはその日を笑顔で別れた。明日の約束を楽しみに。




ーーーーけれども、私とメルが再会するのは、明日じゃなくて、ずっとずっと先の話だ。

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