捧歌(ほうか)
瞳を閉じ、胸に手を当ててから、ゆっくりと広げる。
メルの歌う直前の、決まりきった動作だ。
それを男は、固唾を飲んで見守る。
どんな歌が紡がれるかを、期待しているからだ。
やがて、すぅ、という音が聞こえる。
メルは浮かんだ言葉を、優しく、高らかに歌い上げ始めた。
雪の結晶が示す、儚さ、脆さ。それでいて備える、美しさ。
そして白き風景、しかしただ白のみに非ざる冬の森の姿。
その美しさのみを、
と、その時、メルの肌で雪が溶けた。
メルは冷たさを味わいながらも、男の為、森の為に、最後まで歌い上げたのであった。
歌が終わると、メルは静かに涙を流す。
「冷たい……」
「どうしたの?」
「この冷たさは、あの時の……。
雨と、彼の体の冷たさ……」
メルは男の言葉などどこへやら、ただ悲しみを思い出していた。
男は肯定も否定もせず、メルをそっと抱きしめる。そして、頭に手を優しく乗せた。
「主、様?」
「辛かったな」
その一言で、メルの顔に悲しみと別の何かが生まれた。
「まさか、その手と声……。騎士、様!?」
男を、かつての恋人への呼び方で呼ぶメル。
メルは男の仕草により、かつての恋人を思い出したのであった。
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