第5話 11月10日(土)2 救急車から市民病院
帰宅して、時間は少し遅くなっていたが長男を昼寝させるために全員で寝室に入った。
ほどなくして、長男は寝息を立て始めた。
しばらく次男はぐずぐずとしていたが、授乳をすると落ち着き始めた。
さすがに疲れたなぁ、と、わたしも旦那も少し横になったとき、また、起きた。
「ひっ」
声とともに、あの動きだ。両手をバンザイし、足をひきあげ、目が寄る。そして少し、不快そうに泣いた。
旦那も飛び起きる。幸い、長男を起こしてしまうことはなかった。
発作が続く。二分。三分。ーー長い。
「どうする、救急車呼ぶ?」
先ほどの紙で、けいれんがまた起きるようなら救急車を、とあった。
手元のスマホで、Q助という救急車を呼ぶべきかどうかのアプリで調べてみても、けいれんは呼ぶこと、になっている。
念の為、#8000という小児救急相談窓口にかけてみたのだが、時間があわなくてやっていなかった。
ーー呼ぼう。
旦那と決断した。迷惑かもしれないけれど、呼ぼう。
「えと、救急車って何番だ」
「落ち着け」
119。思ったよりも、わたしは動揺していたらしい。すぐにその番号が出てこなかった。それでもなんとかかけて、住所、それから現状を説明した。
話している途中に発作は少し落ち着いてきた。
長男はよく眠っていたので、旦那に長男を任せて。母子手帳ケース一式と、おむつと財布とスマホをもって、やって来た救急車に乗りこんだ。
救急車に乗った頃には、ぐったりした次男が少しだけ泣いていた。やがてそのぐずぐずもおさまり、寝入った。ただ、わたしの目にはいつもの眠り方とは違って、力尽きた、と言った様子に見えた。
「けいれんですか?」
「ちょっと、普通じゃない感じで」
救急隊員の方に説明する。動画を再度見せてみると、救急隊員の方は困惑したように首を傾げた。
「たしかにちょっと変ですね」
ただ、いわゆる「けいれん」とは様子が違うため戸惑っているようだ。
「熱は?」
「熱はないんです」
「無熱性?」
「そうですね。熱性けいれんなら、分かるんですけど……」
熱性けいれんは乳幼児に起きる、発熱時に見られるけいれんだ。基本的には一回のみ、たまに癖のように何度も起こしてしまう子がいるらしいが、予後は良好だといわれている。
おそらく乳幼児を家庭で育てているなら、周りで話を聞く機会が最も多い「けいれん」だ。わたしも数人話を聞いたことがある。実際、それで救急車を呼ぶ親御さんも多いだろうから、今回も救急隊員の方はそれを想定していたようだ。
だが、それではない。
この病気は、実際あまり知られてはいない。救急隊の方もおそらく知らなかったのだろう。
それでも、なにかおかしい動作、というのは分かってもらえたらしい。
市民病院に搬送された。
市民病院は親切だった。
まず、おかあさんびっくりしたでしょう。と、声をかけてくださった。それだけで少しほっとした。
ちびぐまをベッドに寝かせて、ひと通りの検査をしてくださった。
酸素飽和度、血液検査、なにかのウイルス性検査もしたように記憶している。
そのどれらも陰性、問題なしだったが、動画を撮っていたのはやはりよかったようだ。
「おかあさんよく撮れたね」
診てくれたお医者さんはそう言って、動画をじっと見てくれた。
何度か頷き、顔を上げてわたしにこう聞いた。
「おかあさん、モロー反射は分かるよね」
「はい。モローぽくなくて」
「うん」
もう一度頷き、お医者さんは一旦出ていった。搬送された場所は大きな部屋をカーテンでいくつかに区切っているような場所だったのだが、そのカーテンの向こうでお医者さんの声がした。
「脳神経の先生っていま誰か手あいてる? 脳波関係は?」
このとき、かなり気が緩んだ。
ああ、こっちの言っていることにちゃんと向き合ってくれている。
おかしいという訴えを、ちゃんと受け止めてくれている。
その間に起きて泣いていたちびぐまは、看護師さんにあやされていた。
看護師さんも動画見せて? と言ってきてくださり、やっぱりちょっと不思議な動きだよね。心配だったね、と声をかけてくださった。
しばらくして、お医者さんが戻ってきた。
もう一度動画見せて、と言い、動画をじっと見つめる。
見終わってスマホをわたしに返し、お医者さんは口を開いた。
「おかあさん、よく気づきました。動画だけだからまだ確定は出来ないけど、おそらく、点頭てんかん、という病気です」
あぁ、お医者さんからその病名がやはり出た。
はい、とわたしは頷く。
「乳児期に発症する、あんまりよくない病気です。確定には脳波検査が必須なんだけど、今確認してみたら脳波検査がうちだとかなり後にしか空かなくてね。近くに、この手の病気を得意とする専門病院があるんだけど、そっちと連携していいかな」
願ったり叶ったりでしかなかった。
「お願いします」
お医者さんはすぐに電話やパソコン操作をして、その専門病院につないでくださった。
月曜日のお昼。
専門病院へいくことが決まった。
「一応、月曜日の朝こっちに一回来て。脳波検査がこっちで出来そうなら撮って、専門病院に送るかも。どっちで撮るかはちょっとこのあと調整します」
「あと、どんどんどんどん発作がひどくなって止まらなくなって……みたいな病気ではないから、そこは安心して」
こっちの気持ちに寄り添ってくださってるのがよく分かった。
「発作のときって、抱っこしても大丈夫ですか?」
熱性けいれんでは抱っこはしないほうがいいと言われている。
このけいれんはどうなのか、とわたしの質問に、ちょっと微笑んでくださった。
「大丈夫。抱っこしてあげてください」
よかった。
たぶん、わたしが相当あからさまにホッとしたのだと思う。
お医者さんは続けててこう言った。
「たぶん、すぐ入院になると思う。ただ、土日も心配かな。うちでは何も出来ることはないけど、心配なら入院で様子見ることも出来るよ、どうする?」
これには少し悩んだが、NOと言った。
こぐまのこともあるし、とりあえず先の見通しもついたから、すぐ入院せずとも大丈夫だと考えたからだ。
結局月曜日の予約をして、その場をあとにした。
旦那とこぐまが迎えに来たとき、外はすっかり夜になっていた。
ちびぐまは、今のところ発作はなく、ぽーっとわたしを見上げていた。
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