第4話 11月10日(土)1 急患センター
結局、夜通し調べものをし、次男を見続けたまま夜が明けた。ほとんど眠れなかったように思う。
次男はおかしな様子は見せなかった。ただ、反応が薄く、ぼーっとしている。
夜通し調べて得た情報は頭に刻み込んでいた。
次があればまずは動画を撮ろう。そして、すぐに病院に行こう。
点頭てんかんは、発症からできるだけ早く診断を受け治療にいたるのがベストだ。すぐに病院へ、と書いてある記事が多かった。
この病気の怖いところは、発達の退行、停滞が見られることだ。
つまり、首が座っていたはずなのにグラグラするようになる。笑えていたはずなのに笑えなくなる。そういう症状が出てきて、なおかつ、治療が遅れるとその症状は非可逆ーー発作が収まっても、発達が戻らないことがあるというのだ。
違うはずだ。そう思う気持ちと、でもなにか嫌な予感がする、という勘。
ふたつがないまぜになったまま、当初の予定だった耳鼻科をこなした。
(完全に余談だが、このとき次男坊の耳からはものすごい耳垢が取れたので、たまりやすい子は定期的に耳鼻科に行くべきかもしれない……)
そしてそのまま買い物をして、土曜午前診療の終わる時間をすぎても、次男にあのおかしな様子は出なかった。
気のせいだったのかな。ほんの少し気が緩んだ午後二時直前、それはまた、起きてしまった。
買い物をしていたショッピングセンターで、授乳をした。
一生懸命吸っていた次男も満足したのかうとうとしながら口を放す。
ちょうどその赤ちゃん休憩室ーー子連れの人用に授乳スペースやおむつ替えスペースのある部屋で、ショッピングセンターなどには大概あるーーに他の人はいなかった。
ゲップをさせながら授乳室のカーテンを開けて外に出る。
こぐまが、さっき買ってもらったばかりのトミカを早く開けてくれと泣きわめいているのを、旦那がなだめている。その様子に苦笑していたとき、肩口でひっ、と声がした。同時に、ぎゅうっとわたしにしがみつくような動き。
来た。
「来たかも」
「え?」
まだいまいち状況を飲み込めていない旦那にひとことだけ告げ、旦那の座っていたソファに次男を寝かせた。
「ひっ」
声を上げながら、次男がバンザイをする。よく見ると、足も持ち上がっていた。
やっぱり、おかしい。普通じゃない。
スマートフォンを取り出し、撮影する。少しだけ手が震えた。
その間も、同じ動きを彼は間欠的に繰り返す。
一度「ひっ」とバンザイしたあと、少し時間があく。十秒から二十秒。そのあいている間は指をしゃぶり、わりと普通に見えるのだが、次にまた、まったく同じ動きをするのだ。それも、自らの意思ではなく、何かに操られているかのように。
「やっぱりなんか変だよ」
「んー?」
旦那はこの時点ではまだよく分かっていなかったようだ。わたしは続けて言った。
「目が寄るでしょ」
その言葉に旦那が表情を険しくする。
ひっ、と声を上げるとき、次男は目をぐいっと中央に寄せていたのだ。
そして、長い。昨日はすぐに終わったのに、終わらない。
スマホの時計を見る。午前診療は終わっている。と、すれば、市の行っている急患センターしかない。あそこなら、たしか土曜は二時からだ。
まだ発作が止まらないままの次男を抱いて、ショッピングセンターをあとにした。
車に乗ったときには次男の発作も収まり、急患センターには二時ほぼ丁度にたどり着いた。
問診表を書く。
『けいれん様動作。機嫌が悪い』
そして、少し迷ったあとこう書いた。
『点頭てんかんを心配しています』
診察室にはいった。女医だった。
事情を説明し、先ほど撮影したばかりの動画を見せる。
『ひっ』と声を上げて両手を上げる次男。
急患センターの担当女医は、あろうことか、鼻で笑った。
「これですか? 赤ちゃんのふつうの反応ですよ」
正直、カチンと来た。
反射的に言い募っていた。
「何度も続くんです!」
「えー」
へー、とも、えー、とも言えるような曖昧な音でうなずき、女医は続けて動画を見た。が、曖昧に笑ったまま首を傾げるだけだ。
「まぁ、そういう感じですけど」
「点頭てんかんを心配してます」
素人がいきなり調べただけの病名を言うべきではないのかもしれない。ただ、埒が明かないと思ってその時はそう口にした。
が、それでも女医の反応は微妙だった。
「点頭てんかん〜? どっから出てきたんですかそれ」
素人が何を聞きかじってきたんだ、とでも言いたげなーーというか実際まぁそう思っていたのだろうけれどーー口調で言う。
「ぐぐりましたっ」
……正直、その反応に腹が立っていたのとテンパっていたのとで、わたしも落ち着いていなかった。うっかり口をついて出たネットスラングに、旦那が慌てて「検索です」と言い換えてくれた。
女医は面倒臭そうに次男を診察台に転がし、一通り診察をした。
「首もすわってますし大丈夫だと思いますけどねぇ」
女医は相変わらずの様子で、こう続けた。
「そうだったとしても、ま、ここに来られても何もできませんし。
心配でしたら、月曜日にでもかかりつけ医にいって、脳波とれるところを紹介してもらってください」
じゃあそういうことで。と。
あからさまに面倒臭そうに対応されて、診察室を追い出された。
会計を待ちながら、頭の中でネットでみた記事がぐるぐるしていた。
早期発見早期治療が命。すぐに、病院へ。
だというのに、動けないのが辛かった。
まぁ実際のところ、急患センターで出来ることなんてこんなものだったのだろうと思う。
ただ、正直なところこの急患センターに関してはあまりいい記憶はない。
今回のこともそうだが、過去に二回塩対応されていたので。
一度目は次男の発熱。三ヶ月未満のときだった。
三ヶ月未満の発熱は、医師によっては即入院になることもある。その知識はあったので、発熱した次男をここに連れてきたときには入院や各種検査も覚悟していたのだが、そのときはこの人は別の担当医が『風邪じゃないですかねー?』で終わらせた。
実際風邪だったようで翌日には下がったが、かかりつけ医は三ヶ月未満は重症化する恐れもあるので、とRSウイルスの検査などもしていた。
二度目は長男の怪我。実はこの次男の病気騒動の直前の10月半ば、長男は目の横を切っている。おもちゃ箱の角で顔を強打したのだ。
血がなかなか止まらず、なんとか絆創膏だけ貼ってここに来たのだが、ちゃんと絆創膏はれたんなら大丈夫じゃないですか? と、傷口が深くて、凹んでて、という私達の説明はほぼスルーされ、医師にも会えずに看護師に追い返されていたのだった。
このときは翌日まで出血が止まっておらず、朝イチで眼科にいったところ各種検査をしてくれ、総合病院の形成外科に紹介状を出され、結局三針縫っている。
まぁそんなこともあったので、わたしは正直かなりここの診察に対して疑念を持っていた。良くないことだとは思うが。
もやもやしたまま会計を済ませたとき、受付の人に一枚の紙を渡された。
『診察後に、体調が急変することもあります。
急に具合が悪くなる、頭痛がひどくなる、けいれんが収まらないなどがありましたら、即救急車を呼んでください』
けいれん。
その文字を確認して、次男を抱いて帰宅した。
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