第3話だまされたと思うこと

これまで私は、自分が宇宙人だと気付く前まで、

本当に、良い子、良い妻、良い母親をやってきた。

青春時代にはつっぱり全盛期だったけど、私はつっぱらなかった。

つっぱりに憧れたけど、我慢をした。

勇気がなかっただけかもしれない。

友達がシンナーを吸いなよ、とビニール袋を差し出してきて、

仲間たちはみんな、とりあえずやってみよう、と言ったけど、

私は独り、家に帰った。

やってはいけないことをやってしまったら、何かとても大事なものが、

壊れる気がしたから。

『根性ねぇな』とみんなに笑われたけど、

私は正直、吸う真似だけでもしておくべきだと思ったけど、

本当に根性がなかったのかもしれない。

シンナーの件が象徴するように、

私はいつだって、『先にある何か』のために、

その時に『正しい』選択をしたつもりなのだ。

しかし、過ぎてみればどうだ。

だまされたとしかいいようがない。

『先に何か』なんてありゃしなかった。

真面目にやった人が、不真面目に勝てるかというと

そんなことはなかった。

つまり、人より何かを真面目に頑張ったところで、

人より良い『今』がもたらされるわけじゃないということだ。

だってそうでしょう。

娘時代には親や先生の言うことを聞き、

結婚したら、夫と嫁ぎ先の言うことを聞き、

母親になったら、こうやると良いという子育てを完璧に実践した。

たとえば、おやつや、着るものを手づくりして、

二人の息子とたくさん遊んだり、本を読んだりした。

それなのに・・・。

あの時、シンナーを吸って変な踊りをしていた子は、

今、芸能プロの社長として、ばりばりやっていて、幸せそうだ。

あの時、とりあえず、吸った仲間たちも、

若い恋人と家庭をうまくバランスをとりながら、楽しくやっていたり、

一流企業の重役になって、頑張っている。

私は何?

二人の息子は、それぞれ仕事を持つ立派なキャリアウーマンと結婚をした。

着るものは仕方ないにしても、

食べるものだって全部、買ったものだけ。

息子たちは会うたびに、変な太り方をしていく。

あんなに大事に育ててきたのに。

あんなにかわいかったのに。

夫は何より仕事、そして自分の親やきょうだいが大事な人。

・・・。

子育てだけが、生きがいだった。

命がけで尽くしてきた。

だけど、子育てには、終点があった。

降りなくてはならない駅があった。

私はそこで降ろされて、一人ぽっちで泣いている。

『だまされた』と泣いているのだ。

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