第4話:体中皮下脂肪の塊

 また、夜が来た。

 一日中、魔光式銃に魔力を蓄積し続けていたため、リリアはもうぐったりだ。

 それでもまだ、満タンにならない。

 自分の魔力のなさと、燃費の悪い魔光式銃を呪った。

 キラクはと言うと、昼間リリアに言われた言葉が相当嬉しかったのか、まだ上機嫌で作業中だ。


 そろそろ火を焚かないと……。


 リリアは重い腰を上げて、辺りの小枝を集め始める。

 そんなリリアを、キラクは横目で見つめる。

 リリアに火の魔法は使えない。

 だから、せっかく溜めた魔光式銃の魔力を使うしかない。

 リリアは、できるだけ少量の魔力で済ませようと、小枝の山にギリギリまで銃口を近づける。

 そして、放った。


 キュン、ボンッ!

 リリアの作戦は成功し、小枝の山に火がついた。

 しかし……。


「何してるっ!? 火などつけるなっ!」


 ゴレアに乗ったキラクが物凄い剣幕でそれを踏み消した。


「ちょっ!? せっかくちょっとの魔光で火がついたのにっ!?」


 キラクを睨むリリア。

 同様に、リリアを睨むキラク。


「ここは森だぞっ!? 森に火は存在しないんだっ! 存在しないものを作り出すなっ!」


 キラクの言葉は、理解はできるが納得できない。


「そんなこと言ったって……。夜になったら火を焚かないと、猛獣がうようよいるんだよっ!?」


 リリアの言葉に、キラクは断固反対の意思を無言で告げる。

 リリアは大きく溜め息をつく。


「じゃあ、どうしろって言うの? あんたはその、ゴレアの中にいられるからいいだろうけど……。私はどうするの?」


 リリアの言葉に、キラクは上を指差す。


「はぁっ!? 木に登れって!?」


 呆れるリリア。


「木の上なら安全だ。昨日体験済みだろう?」


 当たり前だと言いたげなキラクの言葉に、リリアは頭を抱える。

 確かに、木の上が安全だということは知っている。

 現に昨晩、木を登り続けていたおかげで、何ものにも襲われなった。

 しかしだ、それはずっと起きていろという事にもなる。


 木の上でなんて…、寝れるわけがない。


 それに、今日は一日中魔力を蓄積していたせいで、リリアは疲れ切っている。

 とてもじゃないが、気を張りながら地面で眠ることなど到底不可能だ。

 でも……。

 キラクは意見を曲げるような柔軟な奴じゃない。

 今もリリアをじっと見つめているが……。

 その顔は、早く木に登れと言っているようにしか、リリアには思えない。

 リリアは上を見上げる。

 高く高くそびえ立つ木々。


 猛獣は襲ってこないから安全だろうが……、あそこには、小さな虫たちが沢山いる。


 虫が大の苦手というわけではないが、寝ている間に体を這い回られるのは絶対に嫌だ。

 まだ、地面で寝る方がいい。

 リリアは、腰を降ろして体育座りになり、無言のキラクに対して、自らも無言で対抗する。 


 木の上は嫌だ……、せめてここがいい……。


 じとっとした目で、恨めし気にキラクを見るリリア。

 そんなリリアを見て、さすがのキラクも、酷なことを言っているとわかったのだろうか。

 キラクは頭を掻きながら、ゴレアの中でゴソゴソと何かを探し始めた。

 そして、ゴレアの上半分を開けて、リリアにある物を手渡した。

 キラクが、自らの手でリリアに何かを渡すことは初めてだったので、リリアは少し緊張した。

 リリアに手渡されたのは、手の平サイズの四角い金属の箱だ。

 六面のうち一面に、何やら丸く出っ張った部分がある。


「そこを押してみろ」


 キラクに言われた通り、それを押してみると……。


 ボフンッ!


 箱から大量の白い煙が上がった。

 突然の出来事に、驚いて箱を落としてしまうリリア。

 そして、煙が収まると、そこには、丸みを帯びた四角の、黄色いテントのようなものが現れた。


「何っ!? 魔法っ!?」


 リリアは驚いてわたわたする。


「違う。科学だ。簡易用シェルターと言って、強度はゴレアと同じだ。そこの中なら、安全に眠れるだろう」


 キラクの言葉に、なんて優しいんだろう、と感謝したリリアだったが……。

 瞬時に、先ほどまでのキラクの言葉を思い出す。


「こんなものがあるんなら、最初から木に登れなんて言わなくていいんじゃないっ!?」


 リリアの言葉に、キラクはイラッとする。


「なっ!? 感謝しないのかっ!? 俺は、お前のために、わざわざ数少ない簡易シェルターを出してやったんだぞっ!? 俺だってまだ使ったことないのに……」


 睨み合うリリアとキラク。

 しかし、まぁ、ここは礼を言うべきか、と考え直すリリア。


「そうよね、ありがとう。けど、これからはすぐに出してよね」


 そう言って、入り口らしきものを探して、さっさと中に入ってしまった。

 キラクは、「これからは」と言ったリリアの言葉が気になって仕方がなかった。


 いったい、この女はいつまで俺と一緒にいる気なのか……。






「ねぇ、まだ起きてるの?」


 しばらくして、眠ったはずのリリアが声を掛けてきた。

 作業に没頭していたキラクは、不意に声を掛けられて少し驚く。


「あぁ」


 短く返事をして、手元に集中する。


「ねぇ、ずっとそこにいるけど……。いったい、何してんの? 葉っぱばっかりいじって」


 できれば、作業中は声を掛けてほしくないと思いながらも、キラクは返事をする。


「この植物の葉の細胞を調べているのだ。一枚一枚、作りが全く異なっている。同じものなど一つもない。その一つ一つを調べて、研究するのが俺の仕事だ」


 キラクの言葉に、細胞という言葉の意味など全くわからないリリアだが、なんとなく、途方もない作業だなと、溜め息をつく。


「いつから……。いつからこんな生活してるの? その…。森で一人っきりの生活」


 別に、興味があるわけではないが、なんとなく聞いてみたくなるリリア。


「この森に入ったのは二か月前だ」


 キラクの言葉に、自分が聞きたいこととは違うと気付くリリア。


「違う違う。この森に入っている期間じゃなくて、生物学者として、世界の森を見て回っている期間全部足してってこと」


 外見を見る限り、キラクはまだ若い。

 自分と同い年か、少し上ぐらいだろうとリリアは思っていた。

 だとしたら、この研究の仕事というのも、初めて二~三年ほどだろうし……。

 リリアはなぜか、キラクと自分の共通点を探していた。

 共通点があれば、もう少し解り合えるのではないかと考えたのだ。

 解り合う必要があるのかどうかは置いておいて……。


「十歳になる年に初めての仕事を貰って……。今十七歳だから、七年間だな。それがどうした?」


 別段面白くもなさそうなキラクの声。

 その言葉に、リリアは驚く。


「十七歳!? あんた、十七歳なのっ!?」


 見えはしないとわかっていながらも、体を起こし、キラクのいる方に向き直るリリア。


 てっきり……、同い年か年上だと思っていたのに……。


 そして、その後にくるであろうキラクの質問を、どう受け流そうか考えていると……。


「お前は三十歳か?」


 キラクの失礼な言葉がまたもや飛んできた。


「なっ!? 失礼ねっ! 私はまだ二十三歳よっ!」


 思わず大きな声で叫んでしまった言葉は、掻き消したい真実……。


「二十三歳かぁ……。二十三でその恰好はどうなんだ?」


 脈絡のないキラクの言葉に、既にキラクからこちらは見えてはいないが、穴があれば入りたい気持ちになるリリア。


 自分でもわかっている、若作りしすぎだってことは……。


 けれど、顔が極度の童顔なため、流行の大人びたファッションがあまりにも似合わないのだ。

 一度試したこともあったが、同職の仲間に笑われたことがトラウマとなり、それからというもの、露出の多い若者向けの服装ばかりしてしまっている。

 すると、リリアのお腹が鳴った。


 このタイミングで……。

 恥ずかしすぎる……。


 その音に、キラクは気付いたが、無視をする。


「ね、ねぇ……。何か、食べ物持っていたりしないよね?」


 恐る恐る尋ねるリリア。


 ここまで世話になっておきながら、さらに食べ物を要求するなんて……。

 しかも、自分より年下の人間にだなんて……。


 昨日の朝、村を出る前に食事をとったきりで、それ以降リリアは何も食べていないのだ。

 持って来ていた保存食は、水の入った小さな皮袋一つ以外は、スカッチャーから逃れようと走っている際にどこかへ落としてしまった。

 水は、そこら中に細くて清い川が流れているから問題ないが……。

 水だけでお腹を満たすことは不可能だ。

 今朝までは精神的に余裕がなく、お腹が減ったことになど気付かなかったが、少し余裕ができた今、急激にお腹が空いてきたのだった。

 しかし、キラクの返事はない。


 それもそうか…、仕方のないことだ……。


 そう自分に言い聞かせて、寝ようと横になるリリア。

 すると、シェルターの入り口が開かれて、ゴレアの金属の手がにゅっと入ってきた。

 いきなりの出来事に、リリアは「ひっ!?」と声を上げたが、ゴレアの手は何かをポンッと置いて、すぐに出ていった。

 ゴレアの手が置いていったものは、小さな丸い箱だ。

 リリアはそれを手に取って、開けてみる。

 中には、小さな豆のようなものが五粒入っている。


「……何これ?」


 まさか……、これが食べ物だと?

 確かに、豆は食べ物だけれど、これだけ渡されても……。


「栄養剤だ。人間の生命を維持するに必要なだけの栄養素が凝縮されている。それを食べれば大丈夫だ」


 キラクの言葉に、リリアは唖然とする。

 いったい何が大丈夫なのかと尋ねたかったが、せっかくキラクの機嫌がいいので、逆らうまいと、豆のような栄養剤を口へと運ぶ。


 ……ほぼ、無味無臭。


 美味しくもなんともないし、お腹も満たされない。

 いや、むしろ、少しだけ胃に物を入れたせいで、余計にお腹が減ったように感じる。

 言ってはいけないと思いつつも……。


「ねぇ……。他にはないの?」


 リリアはそう言わずにはいられなかった。


「ない」


 色のない声が返ってきて、リリアは溜め息をつく。

 しかし、キラクがゴレアの中でくちゃくちゃと何かを食べていたことを思い出す。


「ねぇ……。あんたがずっと食べている物……。あるじゃない。少しだけ、分けてくれない?」


 意地汚い、みすぼらしい、大人気ない言葉だと分かりつつも、言ってしまった。

 キラクは黙ってしまう。

 とうとう怒らせてしまったかと、リリアは身構える。


「いや、俺が食べている物は食べない方がいい。後で困るぞ」


 キラクの言葉の意味が、リリアには理解できない。


「どうして?」


 よせばいいのに、リリアは尋ねる。


「これは、炭水化物と脂質の塊だ。言っただろう? 俺の体温で、ゴレアは動いている。つまり俺は、ずっと熱を保っていなくてはならん。そうなると、俺は、常にこれを食べ続けて、熱を造り続けなくてはならなんのだ。わかるか?」


 キラクの説明は理解できた。

 しかし……。


「けど……。どうしてそれを食べて、私が困るの?」


 リリアがまた尋ねる。

 見えないキラクが、クスリと笑った気がした。


「どうしてって、お前……。体中皮下脂肪の塊なのに、それ以上体に肉がつくのは嫌だろう?」


 キラクの最低な一言が、二人の会話の終止符となった。






 夜明け前。

 リリアは空腹で目を覚ました。

 お腹が空いて目を覚ますなんて、リリアの人生では二度目のことだ。

 一度目は、王都に出たばかりで職がなく、お金もないために、彷徨い歩いていた時期に経験した。

 むくっと体を起こし、ホルダーに仕舞ってある魔光式銃を手に取る。

 魔力は、まぁ、使えるほどには溜まっている。

 しかし、問題が残る。

 この森へ入って約半日で、魔光式銃の蓄積魔力は底をついた。

 スカッチャーに出会ってしまったのが主な原因だが、この先、森の深部へ足を進めれば、スカッチャーを初めとし、凶暴な獣が増えるはずだ。

 それなのに、頼りとする魔光式銃がこんな調子じゃ心許ない。


 リリアは立ち上がり、シェルターの外に出る。

 外では、ゴレアの動きが止まっていた。

 中を覗くと、作業をしたままの状態で、キラクは眠ってしまっている。

 確かに、十七歳だと言われればそうだなと思ってしまうような、あどけない寝顔だ。

 それに、中の汚さと言ったらもう……。

 キラクがずっと口にしている食べ物のカスと空の袋で溢れ返っている。

 そして、キラクの座席の後ろには、黒いツヤツヤした袋が沢山見えるが……。

 どうやら、美しくない物が詰め込まれているということは、リリアにもわかった。

 キラクの手元にあるキーボードやマウス、そしてスクリーン画面は、リリアにとって未知の物。

 全く理解不能なゴレアクト303に対し、リリアは溜め息をつく。

 そしてリリアは、キラクが目を覚まさないうちにと、そっとその場を離れる。

 森へと入り、頭上の木々を仰いで、食べられそうな果実はないかと探す。

 見る限りでは、果実はそれなりにあるのだが……。

 リリアは、それらを採って口にすることを躊躇う。


 この森は、この地区では有名な神聖な森。

 名をグレゴロの森と名付けられ、神の住む森として人々に恐れられてきた。

 人を全く寄せ付けないこの森は、リリアの知っているような優しい森ではない。

 スカッチャーのような獰猛な獣が普通に生息しているし、人間が食べられる果物などほとんどないと聞いている。

 だけど唯一、木の根元に生える苺のような小さな赤い果物だけは害がなく、食べられるのだと知っていた。

 それは、シーラ族に伝わる伝承の中にも残っている。

      

  『神の森へと迷い込んだら、何も口にしてはいけない

   ただ、神の嫌う、足元の赤い実だけは、口にしても良い

   しかし、それ以外の物は、決して口にするでない

   口にすれば、百の災難が、その身に降りかかるであろう』  

 

 伝承の真意は恐らく、毒を持つ果実が多いため、安易に口にするなという意味を含んでいるのだろう。

 リリアは、足元に目を移す。

 そして、すぐさまその苺を発見した。

 親指の爪ほどの大きさしかないが、木の根元に密集して沢山生えている。

 おもむろにもぎ取って、口に運んでみる。

 少し酸味が強いが、食べられない事はない。

 この際、贅沢など言っていられない。

 キラクにばれれば、きっと怒られるだろう。

 生態系が崩れると言って……、ものすごく怒るはずだ。

 だけど、生態系を気にする余裕など、今のリリアにはない。

 明日の命さえ危ぶまれるほどなのだから。

 リリアは、空腹を満たすために、そこにあるほとんとの苺を食べ尽してしまった。

 そして、ふ~っと息を吐いて、これからのことを考える。


 なんとか、なんとかして、キラクと共に、森の深部へと進む方法はないだろうか?


 リリアが目的とするものは、森の深部にあるはずだ。

 しかし、そこまで自分の力だけで辿り着くには無理がある。

 考えが甘かったことは認めるが、こうせざるを得なかったのは事実だ。

 一刻も早く、目的のものを見つけなければならない。

 だとすると、ゴレアという最強の乗り物を有するキラクと共に、森の深部へ向かうのが得策だ。

 となると……。


「どんな嘘をつけばいいんだろう……?」


 頭の良いキラクを、正直なリリアが嘘をついて騙す。

 果たしてそんなことができるのか……。

 リリアに自信は全くない。

 しかし、やらなければならないという強い思いが、リリアを動かそうとしていた。

 

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