第3話:ゴレアクト303

 目の前で倒れたリリアを見て、キラクはその細い目を真ん丸にする。

 死んでしまったのかと、驚いたのだ。

 しかし、リリアの背が微かに上下している様を見て、ホッと安心する。

 そして、ホッとした自分に腹を立てる。


 なぜ俺がこの女の生き死にを気にしてホッとしなければならんのだ……。


 キラクは、横目でリリアを睨みながら、受け取った試験管を大事そうに仕舞う。


 それにしても、並外れた体力と意志の持ち主だな……。


 作業に戻ろうとするも、キラクはリリアが気になって仕方がない。

 この森に入って約二か月。

 森の中で人間を見ることなどなかったキラクにとって、突然のリリアの出現はかなりの衝撃だった。

 あの時無表情だったのは(普段も無表情だから違いはわからないが)、あまりの出来事に驚いて、全く何も動かすことができなかったからだ。

 スカッチャーなど見慣れたもので、襲われてもなんとも思わなかったが……。

 まさか、人間の、それも女に、こんな場所で出会うとは、思ってもみない出来事だった。

 しかも、その女は自分と一緒にいたいと言う。

 まぁ、理由が明確だっただけに、それに関してはそこまで驚いたりはしなかったが……。


 作業をしようにも、リリアが気になって仕方ないキラクは、ゴソゴソと周りを探る。

 キラクの周りには、空になったスナック菓子の袋が、ゴミとなって溢れかえっている。

 そろそろ掃除をしなければ、とも思うが、面倒臭くてやる気が起きないらしい。

 そして、そのゴミに埋もれるようにしてあった、もうずっと使っていない毛布のような…、毛布だったであろうものを持ち出し、球体の上部を開いて、金属の腕に持たせ、リリアにそっと掛けた。

 そうしたことで、ようやくリリアから興味が逸れたキラクは、またもとの作業に戻った。






 リリアは、何やら酷い臭いを感じ取り、目を覚ました。

 木々の葉の間から見える太陽が、頭上で眩しく輝いている。


 いつの間にか、眠ってしまっていたのか……。


 目を擦り、息を吸い込んで……。


「臭いっ!?」


 いっきに起き上がった。

 リリアは、自分に掛けられているぼろきれに気付き、青褪める。

 リリアがぼろきれと認識するのも無理はない。

 ところどころが虫に喰われているし、青カビが広範囲に繁殖しているからだ。

 わなわなと震えるリリア。

 キラクがわざわざ掛けた毛布は、無残にも、リリアに投げ捨てられてしまった。

 幸い、作業に没頭しているキラクは気付いていない。

 リリアは立ち上がり、自分の体に青カビが移ってないかと、手で払いまくる。

 深呼吸して、気持ちを落ち着かせるリリア。

 目の前には、昨日と変わらない位置で、変わらず何やら作業をしている金属体。

 中には……、悪魔のようなキラク。

 リリアは、ごそごそと自分の服を探る。


 ……試験管がないっ!


 慌てるリリア。

 多少パニックになりながらも、記憶を辿り……。

 キラクに手渡したことを思い出した。


 そっか、そうだった……。

 私、やりきったんだ。


 そう思うと、なぜか達成感で心が満たされて、自然と顔がほころんでいく。

 その様子を、こっそり見ていたキラクと、リリアの目が合った。


「そんなところで、よくもまぁぐーすかと眠れるもんだ」


 寝起き早々、悪態をつかれるリリア。

 カチンときたが、すぐに持ち直す。


「あんたとは育ちが違うのよ! 私は強くて丈夫だから、そんな物に頼らなくてもいいの!」


 腕を組み、できるだけ偉そうな雰囲気でそう言った。

 そんなリリアを、キラクはしばらくじ~っと見て……。


「ならもうどこかへ行けばいいじゃないか。ご苦労さん、さよなら」


 キラクの言葉に、リリアは「しまった!」と慌て出す。


「そういう意味で言ったんじゃないっ! それに、花粉をとって来れば一緒にいてもいいって言ったのはそっちよねっ!?」


 できるだけ強気で、でも、キラクの機嫌を損ねないように気を付ける。

 冷ややかな目でリリアを見るキラク。


「言ったが……。三本分も採ってこいとは言ってない」


 キラクの言葉に、さらにリリアはカチンとくる。

 しかし、グッと我慢する。


「それはまぁ……。ついでよ」


 キラクから目を逸らし、あらぬ方向に目を向けるリリア。


「ふん……。どうせ、俺を見返してやろうと思ってやったのだろうが……。生憎さま。俺は必要以上のものは望まない性格なんでね」


 鼻で笑うようにそう言ったキラクに、さすがのリリアも堪忍袋の緒が切れた。


「さっきから聞いてりゃぐだぐだと……。人が下手に出てるからって調子に乗りやがって……」


 リリアの薄紫色の目が光を帯び、銀色の髪が逆立っていく。

 見たことのない現象に、キラクは驚き、作業する手が止まる。

 リリアは、自分でも気づかないうちに、魔光式銃をホルダーから抜き取り、魔力の蓄積を始めていた。

 そして……。


「あんまり舐めんじゃねぇぞっ! 糞餓鬼がぁっ!!」


 汚い言葉と共に、二丁の魔光式銃を構える。

 危険を感知したキラクは、瞬時に手元のバリアボタンを押した。

 迷いなく、引き金は引かれて……。


 キュイキュイーン、パパンッ!


 キラクの乗り込んでいる金属の球体にリリアの魔光が命中した……が、バリアを張っていたために魔光ははじかれた。

 しかし、魔光の一部はバリアを貫通して、球体の上半分の透明な部分に、少しだけ焦げ目がついた。 

 リリアは驚いた。

 魔光をはじく物体など、初めて見たのだ。

 同様に、キラクも驚いていた。

 バリアを貫通するものなど、今までなかったからだ。

 お互いがお互いを見て、呟き合った。


「あんた、いったい何者?」

「お前、いったい何者だ?」






 リリアは、体育座りで地面に腰を降ろす。

 キラクは、金属の足を折り曲げて、球体ごと腰を降ろす。

 この広い森で、偶然出会ってしまった二人は、困惑していた。


 リリアは、両手で魔光式銃を握りしめ、魔力の蓄積をしながら考える。

 リリアの中で、魔光式銃は絶対の武器だった。

 この銃で、王都の警備をし、人々を悪から守っていたのだ。

 それが、目の前の金属の球体には効かなかった。

 この国の人間ではないと思ってはいたが、魔光の効かないものがこの世にあるだなんて、思ってもみなかった。 

 それとも、やはり自分の魔力が弱いせいだろうか……。

 それにしても、見る限りでは相当若いくせに、生物学者だと名乗っているこの男。

 全く得体が知れない……。


 恨めしそうにキラクを見るリリアの隣で、キラクも考えていた。

 普段なら何があっても止まりはしない作業を中断してまで、考えていた。

 先ほどのリリアの身に起きた現象と、バリアを貫通した魔光の威力と、その理由と原因など……。

 その他にも、複数のことを一度に考えているようだ。

 ただ、キラクの頭の中で起きている事、思考回路は、全てが複雑すぎて、一様に説明できそうにもない。

 先に口を開いたのはリリアだった。


「あんた……。どこの国から来たの?」


 先ほどのことが応えたのだろうか、キラクは質問に答えようと口を開く。


「…未来」


「はぁっ!? 未来から来たのっ!?」


 リリアは驚いて立ち上がる。

 そんなリリアを横目で見て、明らかに嫌そうな表情になるキラク。


「違う。未来科学共和大国リタデーンという国から来た」


 キラクの言葉に、「なんだ」と腰を降ろすリリア。


「そんな国、聞いたこと無い。遠いの?」


「…遠い。お前が知り得ないような場所にある国だ」


 キラクは悪気なくそう言った。

 普通ならカチンとくるような物言いだが、リリアは知らずに慣れていた。

 カチンとすることもない。


「どうしてそんな遠いところから……。何しに来たの? 生物学者って言っていたけど」


「…研究のためだ。俺の国では科学が発達していて、この世界のありとあらゆる生物の遺伝子を採取し、日夜研究がおこなわれている。俺はその科学者の一人だ。世界中に点在する、深い森を見て回っている。この森は、太古から続く世界有数の自然遺産だ。新種の生物を見つけるには打ってつけの場所なんだ」


 キラクの説明に、リリアは首を傾げる。


「科学って……。あんたの国は、まだそんな迷信を信じているの?」


 魔法使いのリリアにとって、科学とは、遠い昔に滅んだ術だという認識しかない。

 リリアの言葉に、キラクは面倒くさそうな顔になる。


「お前も魔法を使う一族だからわからんだろうが……。科学はこの世に存在する立派な学問だ。俺の国では魔法なぞ存在せず、全てが科学によって成り立っている。この世界には、あまりに科学がなさすぎる。それもまぁ、仕方のないことだとは思うが……。一つ言えることは、魔法以外にも高等な術は存在する。それが科学だ」


 リリアは、信じられないといった顔になる。

 そして、ハッとした様子でこう言った。


「あなた、まさか……。ビプシーなの?」


 リリアの言葉に、キラクは一瞬の間をおいて、頷いた。

 ビプシーとは、魔力を持たない生き物のことを言う。

 厳密には、魔力を持たない人型の生き物のことだ。

 この世界の人間は、少なくとも、その七割以上が魔力を持つ種族だ。

 しかし、キラクはそうではない。

 キラクは、魔力を一切持たない人間、ビプシーなのだ。


「その、ビプシーという言葉には、差別的な意味合いもあるのか?」


 キラクの問い掛けに、リリアは押し黙る。

 確かに、自分たちのような魔力を持っている者を尊ぶ考えは、この国に住んでいる者なら誰もが持っている。

 だから、生まれつき魔力の少ないリリアのような者は、生きることに苦労する者も少なくない。

 実際リリアも、今となっては王都の保安官だが、そこに至るまでは幾多の困難があった。

 魔力が少ないというだけで、いくつもの職を断られ、馬鹿にされてきたのだから。


「なるほどな……。しかしまぁ、俺に言わせてみれば、魔法ほど不確かなものはない。個人の能力に左右されるエネルギーなど、頼りにならん」


 キラクの言葉に、リリアはなんとなく、優しさを感じた。

 なぜだかはわからないが、なんとなく、励まされたように感じたのだ。

 しかし、まぁ裏切られたな、とリリアは思った。

 てっきり、キラクはどこぞの有名な大魔法使いか何かで、お偉いさんだとばかり思っていたからだ。

 こんなに大きくて、複雑な金属体を長時間操れる魔力を持っているなんて、凄いっ! と、思っていたのだから。


「え……。でも、あんた……。じゃあ、どうやってその…。動かしているの? その、金属の乗り物」


 リリアは、キラクの乗り込んでいる金属体を指差す。

 足も手もついている、何かの動物のような金属体。

 細やかな動きもできるそれの動力源が何なのか、魔法使いのリリアにはわからないのだ。


「これは、電気エネルギーで動いている」


 キラクの言葉に、リリアはまたしても首を傾げる。

 生まれてこの方、電気エネルギーなどという言葉は聞いたことがない。


「俺が座っている場所に、熱探知機が設置されていて、俺の体温を電気に変換して動力源としている。だから、俺が生きている限り、熱を発している限りは動く。それに、金属の乗り物じゃない。名前がある」


 そう言って、金属の腕で、本体の底の方にある文字を指差す。


「ゴレアクト303。通称ゴレア。俺の造った超新型探索機だ」


 少し、自慢げにそう言ったキラク。

 するとリリアは……。


「嘘っ!? あんたが作ったのっ!? えっ!? どこから? 全部っ!?」


 大きな声を上げて、驚いた。

 魔法使いたちは、その魔力によって物を加工し、作り上げる。

 生活のほとんどが魔力によって行われているため、魔力のないビプシーの生活は不便で仕方なく、全く発達していない、というのがリリアたち魔法使いの常識なのだ。

 それなのに、スカッチャーの牙も、爪も、物ともせず、魔光式銃ですら歯が立たなかった目の前の金属体、ゴレアクト303を、ビプシーであるキラクが自ら作ったと言う。

 動力の説明はさっぱりわからなかったが、「俺が造った」というキラクの言葉に、その真実に、リリアは驚きを隠せないのだ。

 リリアの、予想以上の反応に、キラクは少し顔が赤くなる。

 そんなキラクを見て、リリアは、ん? となるが……。


「そ、そうだ。最初から全部、俺が造ったっ! 金属版を加工してボディーを造り、シ、システムも全部、俺が作りあげたっ!」


 なかなか恥ずかしそうに、けれど、今までで一番大きな声で、キラクはそう言った。


「……凄い。人間が、魔法なしで、こんなものを造れるんだ……。凄いっ! キラク、あんた、凄い奴だったんだね! 思っていたのとは違ったけど、凄い奴だよっ!」


 リリアの、嘘のない褒めように、キラクの顔は真っ赤になった。

 そして、それを見られないようにと、いきなりゴレアを起動させ、立ち上がらせて、背を向けた。

 リリアは、また怒らせてしまったのかと、ドキリとする。

 しかし……。


「ま、魔法式銃に、ま、まりょっ、魔力を溜めるんだろ? さっさっさっと…。さっさとすればいいじゃないか……」


 キラクの言葉が、途切れ途切れに聞こえてきた。

 リリアは立ち上がり、背伸びして、ゴレアの中のキラクを見る。

 するとキラクは、耳まで真っ赤にして、リリアが見たことのない、どこか嬉しそうな顔をしていた。

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